★閑話2−2話『選んだ少女の罪』
※デオブルグ帝国 星記録局 書記官視点
私は自室の卓上に、灰の中からかき集めた紙の束を広げ眺める。
本来はこういう資料を自宅に持ち帰る事は厳禁である。
しかし今の軍部は、今代のマーガの星の扱いに夢中だからな……。
この程度の小細工を弄する事は、さほど難しい事では無い。
確か、今代のマーガの星は……『ショーネ・マーガ』だったか。
まあ良い、私は私の為すべき事を済ませるだけだ。
◇ ◇ ◇
今日もまた、私はその焼け焦げた日記の破片を一枚ずつ、繋ぎ合わせる様に、確かめるように読んでいる。ふと、あるページで手が止まった。
『知り、唱え、祈る。ただそれだけのこと。
私が戦場に出たことは、一度もない』
それは短い言葉だった。
だが、紙面に滲むようなその一文は、私の胸に不気味な余韻を残した。
ヴァルテリア・アミューゼ――
記録によれば、彼女は「五十六年前のマーガ戦役」において現れた、テオブルグ帝国に於けるマーガの星の民。
56年前、世界中に降り立った世界中のマーガの星の民の中で、最も謎に包まれた存在だった。
彼女は剣を持たなかった。
ただ、座っていただけだった。
では、彼女は何をしたのか。
――『椅子に座った殺戮者』
この一語に、答えは集約される。
◇ ◇ ◇
また一枚、灰の匂いを帯びた紙をめくる。
「戦場も剣も私にはなかった。
ただ、名前を知り、唱え、祈るだけ。
そうすれば星が導く。それだけのこと」
彼女がいたのは、テオブルグ帝国軍の作戦室の一角。
彼女の前に置かれるのは軍部が選び抜いた人物の資料。
机に広げられたのは、顔写真、星の素養、出生、任地、そして推定される星の種類。
彼女の行動は極めて明確。
軍が選定した『二人分の名簿』を手に取り、まず『その名を知る』
次に『口に出して唱える』
そして『出会ってほしいと祈る』
それだけで星が動きだす。
ヴィエル・マーガの力は運命の因果を編み直し、祈られた二人が必然的に交差する状況を、世界のどこかに強制的に作り出す。
数日後、あるいは数週間、もしくは数か月後ののちに軍に報告が入る。
「接触、交戦、確認」
「戦死、片方」
「双方戦死、戦果あり」
彼女の手で祈られ、唱えられた者たちは、そのほとんどが星の力を発動させ殺し合った。
「私は戦術家ではなかった。
ただ名を選び、そして願う祈祷者だった」
この一節を読んだとき、私の中に冷たいものが落ちた。
◇ ◇ ◇
その瞬間、私は記録官ではなく一人の人間として紙を見つめていた。
彼女は、決して気まぐれに名を選んだわけではない。
祈りの対象は、すべて軍から選別され命じられた者たち。
彼女の意思はそこに入る余地さえなかった。
彼女が行ったのは、ただの「最終確認」だ。
だが、その最終工程こそが命を奪うトリガーとなる。
「これは闘争じゃない。
これは……殺人祈願だ」
その言葉が頭に浮かんだとき、私は筆を止めていた。
56年前の、テオブルグに降り立った英雄ヴァルテリアが祈った回数。
与えられた名を選び、祈り、そしてその結果として命が消えた回数。
一枚、また一枚と名簿の山が減り、戦況報告の山が増えていった。
仮に百人いれば、その半数が死に、また半数が死に、
最後には――ヴァルテリア以外、誰も残らなかった。
記録上は、合理的な作戦成果。失敗なし・損耗なし。
星同士の殺し合いにおいて、最も高効率な手段。
故に『最強の星』
だが――誰よりもその意味を理解していたのは、他ならぬヴァルテリア本人だった。
彼女は何も知らなかったわけではない。
彼女は何も考えていなかったわけではない。
◇ ◇ ◇
日記の中、とある一枚にそれは書かれていた。
『誰か助けて』
たったそれだけの言葉。
けれど私は、その文字の震えた筆跡から、彼女が最後に「名を選ぶこと」をやめられなかった痛みを感じとる。
知り、唱え、祈る。
ヴィエル・マーガの星の元、その行為がいかに残酷でいかに人を蝕むか。
私はその場に座り込み、静かに筆を置いた。
これは記録ではない。
これは懺悔であり、叫びであり、断罪であり――
もしかしたら、まだ序章なのかもしれない。
この灰の中には、まだ語られていない物語がある。
だから私は、もう一度、ページをめくる。
我が帝国に於ける、56年前の戦いにおいての英雄。
ヴァルテリア・アミューゼ。
知り、唱え、祈る少女の声を、もう少しだけ――聞いてみたいと思った。




