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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 四章 激闘
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第四章7『ラベンダーの鍵』

 ※マリー視点――レスタリア聖域帝国、とある村はずれ。

 教会の地下へ降りる階段を静かに下り、長い廊下を抜けた突き当たりの扉の前に立つ。

 その扉の横には小さな小窓と、その足元に動物用の小さな扉が並んでいた。

 油も軋みもなく滑らかに動くはずなのに、今日はなぜか胸の奥がざわついた。


 私はその扉の横、小窓の留め具を外し右手をそっと中へ入れる。

 胸元から取り出したラベンダーの香草を、指先でそっとしごく。


 その香りを、小窓の隙間から静かに差し入れた。


 ――待つ。


 数秒、十数秒。だが、沈黙。


 いつも聞こえるはずのかんぬきの音が、今日はない。


「……ありえない」


 私は即座に小窓の中を覗き込む。

 そこにいたのは部屋の上部の小さな小窓からの明かりに照らされたまま、床に座り込んだまま、呻き声を上げるあの方。


 ラディセ家、オルディーヌお嬢様


 そのお嬢様の頭の上、そこで誇らしげにあぐらをかく――銀色の猫。


「――この銀ネコぉぉぉ!!

 どきなさいっ! お嬢様の頭から降りろぉぉぉぉ!!」


 私の叫びに、か細い声が返ってくる。


「ふ、ふかふかさん……重いぃ……耳栓が、奥にぃ……」



 ◇ ◇ ◇

 ようやく銀猫が跳ねて退いたあと、お嬢様が内側より鍵を外し扉が開く。

 中に入った私は背を向ける。それが合図。



 この仮面は、生死に関わる――



 内側に仕込まれた刃と針のため、正しい手順でしか外せない。

 その手順を知る事を許されたのは、お嬢様自身と旦那様のみ。


 もしも……この手順を無視して無理やりに仮面を取ろうとすれば、その仕込まれた刃と針が即座に起動し、お嬢様の命を奪う。


 私は、ただその手順を見ないことを選ぶ。


 忠義ではなく、彼女の願いを守るための距離感。


 金属の擦れる音。机に置かれる仮面の音。

 それを合図に私は振り返る。


「いつもお疲れ様、マリー。

 ……外は何もなかった?」


 柔らかく、それでいてどこか不安げな声。

 でもその表情は美しく、冷たく、少し幼さを残していた。


 誰の名も呼ばず、誰とも視線を交えず――


 この地下でただ静かに過ごす彼女。

 不器用で、寂しげで、それでも優しい。

 私は膝を折りながら、深く頭を垂れる。


「異常ありません。

 ……今日も問題なしです」


 それは報告であり、祈りの儀式のようだった。



 ◇ ◇ ◇

 食器を片づけた後、私は清拭の準備を整える。

 お嬢様がは椅子に腰を下ろし、無言で私へ視線を向け、静かに頷く。

 私は手を消毒し、蒸し布を温めて膝をつく。


 手の甲から、首筋、肩口、背中、胸元――そして足元。


 驚くほど整ったその身体は、想像よりもずっと柔らかい。


 そして、髪を梳かし、整え――



 ――ドゴォ!


 「ふぎいっ!」


 不意にお嬢様の叫び声。

 それは急にお嬢様の後頭部に飛びついてきた、あのクソ銀猫のせいで、お嬢様がテーブルに顔面を打ち付けてしまったのだ。


「……ふかふかさん、今日はそっちから……ふふ」


 さっき整えたばかりの髪に、また銀猫が鎮座していた。


「このッ馬鹿ネコ! お嬢様の頭をなんだと思ってるのよっ!」


「……ふかふかさん、なぜ今日だけ、こんなに」


「重いですよね!? 私もそう思います!!

 引き裂きましょう、安心してください、外のラベンダー畑の肥料になります」


「おでこ、ひりひりする……。

 でも……あったかい……」


 私は氷嚢を取り出し、そっとお嬢様の額に当てた。


「……少し冷えますよ」


「うん……ありがとう」


 そのときの彼女の微笑みが、何故かまぶしすぎて見ていられなかった。



 ◇ ◇ ◇

 朝の支度が終わると、お嬢様は再び仮面へと手を伸ばす。


 つまり、それを――戻す。


 私はまた背を向ける。

 仮面を戻す際にもまた、外す時と同様に正しい手順でしか装着できない。

 それは彼女自身が願った『星の制限』だった。



 ヴィエル・マーガの星。



 名を知り、唱え、祈ることで星の民を戦わせる、その性質。


 だからお嬢様は誰の名も知ることなく、聞くこと無く、呼ぶこと無く、祈ることも無い。

 誰も、無作為に決して巻き込まぬように。


 私の背後で仮面がかえる音が響く。


「……ご準備整いました」


 私の声はほんのわずか震えている。

 でもきっとこの言葉は届かないままに、お嬢様は今日も、明日もまた繰り返す。


『誰の名も耳にせず』

『誰の名も口にせず』

『誰の名も心に思わず』


 この世界の名も知らぬ誰かの為に、その命を、魂を燃やす。

 仮面の奥でただ一人静かに。


 ここに有るのは、誰に知られず、誰に感謝されず、ただ一人戦い続ける一つの星。


「……えっと、マリー……そこに居るかしら。

 駄目ね……あなたはマーガの星の民でないから関係無いのに、なぜかこの星を得てから、人の名を呟くのも聞くのも怖いの。

 そして貴女の名前を呼ぶのも身構えてしまうわ……何も関係ない筈なのにね」


「……マリー。何時もありがとう」


 その言葉を聞いた瞬間。

 私はお嬢様の元へ走り寄り、そしてその両手を取り名を叫ぶ。


「オルディーヌお嬢様!

 何で、何でそんな生き方を選ぶのですか! いいじゃないですか!

 手当たり次第、焼き尽くしてしまえば良い! 争わせてしまえばいい!」


 私の震える両手が、オルディーヌお嬢様の両手に伝わる。


「……ごめんなさいマリー、やっぱり何も聞こえないの。

 でも伝わるわ、この両手を包む貴女の手から。

 何時もありがとう。マリーが傍にいてくれて本当に良かった」


 いいえ、オルディーヌお嬢様。

 優しくなんてありません。


 私は、貴女の為なら……貴女の幸せの為なら最早、誰の『不幸』も顧みぬのです。

 ※参考までに

 ◇ ◇ ◇

 名前:オルディーヌ・ラディセ

 所属国:レスタリア聖域帝国

 年齢:17歳

 身長:163cm 

 髪の色:紫がかったウェーブロング

 瞳の色:紫銀色

 星の名:ヴィエル・マーガ

 備考:前回、56年前のマーガの戦いにおける勝者の星。しかし今代の彼女は情報を意図的に遮断する為、目隠しと耳栓機能付きの仮面をして暗闇で暮らしている。

 ※ヴィエル・マーガ詳細

 恩恵内容:本名を知り、言葉にし、祈るだけで二人の星の民をめぐり合わせることができる。

 発動条件:本人が「両者の本名を知る、声に出す、祈る」ことで可能。

 効果範囲:一度に二人/解除不可 何度でも使用可能。世界中のどこに潜んでも名前さえ知ることが出来れば……いずれ巡り合う運命となる。


マリー・コーベル

 所属国:レスタリア聖域帝国

 年齢:20歳

 身長:162cm

 髪の色:肩より下までの黒(三つ編み、ヘッドドレス)

 瞳の色:黒色

 体型:細身だが筋肉質。常に背筋を伸ばし凛とした雰囲気

 ファッション:レスタリア家のメイド服

 一人称:私

 星:一般人


 性格:冷静沈着だが、己の主であり、ヴィエル・マーガの星の持ち主オルディーヌの事となると途端に妄信的となりピーキー化する。


 備考:レスタリア聖域帝国、軍所属の経歴有り、オルディーヌの父、クロヴィスよりスカウトされ、護衛を兼ねてオルディーヌの侍女となる。その経歴に相応しく、戦いのスキルは一級品、細突剣を駆使するが、状況に応じ短刀の投擲や、格闘術にも通じている。

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