第四章4 『星の下での宣言』
※シルバー視点――マクガイア王城屋根、夜時。
赤い銀糸を一本一本、慎重に剥がしていく。
その細い線は、夜風に揺られながら、かすかに軌跡を描いていた。
近衛の兵たちが距離を取りながら、恐る恐る回収作業を進める。
手袋越しにさえ慎重すぎるほどの動き。
その様子に俺は内心で苦笑した。
知らぬ者には飾り紐にも、処刑具にも見える。
どちらにせよ、俺以外にはただの厄介な呪物だ。
「ここにも……! 夜じゃ見えねえ……」
「まさか全部、最初から張られてたのか……?」
「……これが舞台設計」
皆が呆然と立ち尽くす中、マクレーン教官だけが低く言葉を零した。
「即時制止されるべきだった。
だが――止められなかった。それが星同士の運命なのだろうか」
言葉にしてしまえば簡単だ。
だが、この場にいた全員が思い知っていた。
『止められなかった』のではなく『止まらなかった』のだ、と。
宿命。
その言葉がようやく現実味を帯びていく。
――そんな重苦しい空気の中、ナディアの姉御だけは気兼ねなく笑っていた。
「ぶふっ……も、もみゅって……ぷははは!!
誰か記録係、ちゃんと書いといて! シリアスモード解除条件が、もみゅ、って! わ、笑いすぎて肺が……」
「ナディアさん! 記録にはこう残しておいてください!
シルバー様がルーシェさんの所へ行ったのは、たまたまです!
たまたま、ルーシェさんのほうが近かったと、たまたま近かっただけなんです!」
……おぉぅ、相変わらずラスティーナ王女はぶっ飛んでるぜぇ。
「ちょっと! そんな事記録しないでくださいよ!
ナディアさんも笑い過ぎです!」
そして顔を真っ赤にしつつ、二人に怒鳴るルーシェ。
……うん、何かあのエリア、怖いから近づかないでおこう。
◇ ◇ ◇
夜風が少しだけ涼しくなった頃、俺はゆっくりと立ち上がった。
焼けた空気、裂けた石、赤い糸の残骸。
そのすべての中で、俺はただ、前を見据える。
足元の瓦礫を踏みしめる音が、夜の静寂に溶ける。
全身の筋肉が軋み、傷の痛みが脈打つ。だがそんなものはどうでもよかった。
「――殺さない」
俺は自分に言い聞かせるように、けれどはっきりと言葉にする。
「誰も死なせてない。星と神が望む形にしてやるかっての。
あのハゲ神の思い通りになんざ……クソくらえって事だ」
沈黙が広がる。誰も言葉を返さない。
その場にいた騎士たちの視線が、息を潜めるようにこちらに集まる。
ルーシェは静かに息をのみ、王女は軽く瞳を伏せた。
だから、もう一度だけ。
「ディオン、俺はお前に勝った……とは思ってない。
……でも負けなかった」
その自戒の後に、俺は小さく息を吐く。
「宿命に……星に……そして自分自身に。
俺は勝ったんだ」
月光が崩れた石畳と裂けた地面を静かに洗っていく。
それはまるで、何もなかったかのように。
だが確かにここには戦いの証が残ったまま。
俺は無言のまま、夜空を見上げる。
雲の切れ間から、星が一つだけ瞬いていた。
星はまだ黙っている。
だが、今はそれで充分だった。
そしてルーシェと王女は静かに、こちらを見つめながら立っている。
月光が降り注ぐ中、誰もが言葉を失ったまま。
目の前には勝者も敗者もなく、ただ無意味に壊れた大地だけが残されていた。
◇ ◇ ◇
足音。
ディオン・バルザスが、ゆっくりとこちらを向く。
拘束の解けかけた腕をわずかに動かしながら、口を開いた。
「……後悔せんのか? 殺すなら今じゃぞ?
また日を改めて襲いかかるかもじゃぞ?」
「それでも殺さない」
「……あの連中が叫んだ通り、儂とお主の星は『最悪』に相性が悪い。
儂がまた本気を出したら――今度こそお主は死ぬやもしれんぞ」
マーガの戦いは最後の一人まで続く。
それはこの戦いの中にある、紛れもない大きな理だ。
その言葉に、再度静寂が戻る。
遠くで虫の声だけがかすかに聞こえる。
騎士たちの緊張が空気を裂く。
ルーシェが微かに揺れ、王女が何かを言いかけて黙った。
沈黙。
剣士と俺の視線が静かに絡む。
俺は、ほんの少しだけ口の端を上げた。
「それもまた……銀月の導きよ」
そしてまた、俺は夜空を見上げる。
やはり星は何も表情も、位置も変えぬまま。それでも今は、それで充分だった。




