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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第一部 四章 激闘
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第四章3 『その名を、今ここに刻む』

 ※シルバー視点――マクガイア王城屋根、夜時。 

 月が雲に呑まれた。

 影が濃くなり戦場は闇に沈む。


 王城の裏庭――いや、今となっては領域ステージと呼ぶべきその場所で、

 俺とディオン・バルザスは剣と糸を交わし続けていた。


 空気は張り詰め地形はもはや意味をなさない。

 割れた石、裂けた木、崩れた壁。


 すべてが無言で、この戦いの異常さを物語る。


 すべてを破壊し、断ち斬る剣に対し、

 俺は後退しながら、片腕だけで静かに糸を張っていく。


 ディオンの斬撃が大地を裂き、瓦礫と砂塵が舞い上がる。

 その混沌の中、わずかな隙を縫うように俺の糸が地と空へと延びていく。


 ――仕掛けは、あと一手。


 けれどその『一手』を置く隙を今の俺には見い出せなかった。

 息が荒れ、傷は疼き、片手の指すら揺れている。


 惑いの最中、ディオンは更に剣圧を増していく。

 そして俺はこの全身を駆け巡る痛みに、歯を食いしばり耐えながら逃げ惑う。


 そして周囲の音や声、叫びも俺には既に届かなくなっていた。


 だがそのとき――視界に彼女が入った。


 ルーシェ。


 光の残滓すらかき消すような闇の中。

 彼女の瞳だけが、灯のように浮かんでいた。


 真っ直ぐこちらを見ている。

 そんな彼女の目に、迷いはない。


 涙も、怒りもない。

 そこにはただ、まっすぐな意志だけがあった。


「ルーシェ!!」


 俺は何時の間にか、彼女へ声をあげていた。


「シルバー!!」


 俺の言葉に身を乗り出し、応える様に叫ぶルーシェ。

 それが俺の耳に届いた唯一の叫びだった。


 互いの声のあと、すべてが静かになる。

 視線が絡み合い、世界が止まったかのように。


 そして彼女が手を伸ばしてくる。


 助けるためでも導くためでもない。

 ただ隣にいると、伝える為だけのように彼女の手が、迷いなく俺へ向け、差し出された。


 選ぶべき道はひとつ。

 星が『今、お前は何を求む』と問いかけるなら、答えは最初から決まっていた。



 俺は彼女へ向けて走りだしていた。



 壊れた瓦礫を踏み越え、ディオンの剣圧の残滓ざんしをすり抜ける。

 片腕でバランスを取りながら、腕の痛みと砕けそうな足の感覚に唇を噛みしめながら。

 けれど止まれない。止まるわけにはいかない。


 彼女はそこにいた。

 闇の中で、ただひとり俺を待っている。


 震える手を伸ばしながらも、一歩も退かずに立つ。


「……シルバー……っ!」


 その紫の瞳は涙で濡れ震えていた。

 細く掠れた声が夜に溶ける。

 悲しみでも、恐怖でもない。


 決意。そして俺への信頼が入り混じった、たったひとつの名。


 助けを求めているのではない。

 救いを求めてもいない。


 信じている――ただ、それだけ。

 俺の力を、俺の意志を、俺の生き様を……そして俺の『魂』を。


 思いが痛いほど伝わる。

 そんな彼女の思いだけが、この混沌の中で俺を導いてくれる。


 星の力も、糸の技も、剣の理も超えた先にある、

 たったひとつの想い。


 必ずお前の元へ行く。


 言葉にはせず、ただそう誓った。


 瓦礫を蹴り、影を裂き、

 胸を焼くような痛みに耐えながら俺は進む。


 その差し出された手が近づく。

 遠いようで、すぐそこにある、その向こうにある目標。


 あと一歩。

 その距離は永遠にも思えた。

 それでも、足は止まらなかった。


 彼女の元へ、俺のすべてをかけて。

 俺は迷いなく跳んだ。


 そして――








 もみゅっ♪


 俺はそのまま――彼女の胸に、顔から突っ込んだ。



 ◇ ◇ ◇

 ――沈黙が場を満たす。


 柔らかい感触が額と頬に沈む。

 ぬくもりは確かにあった。

 温かく、やわらかく、どこまでも優しく――。

 それでいて、抗いがたい引力を孕んでいた。


 ……狙い通り。


 これは偶然ではない。運命でもない。

 あらゆる可能性を捨てた末、選び抜いた銀月の旅路の果ての双丘たわわ


 癒しを得るための、唯一の月の光。

 胸元へ向かって突き進んだ俺の意志に、迷いなど存在しない。


 ぱわわん……。

 そんな不条理たわわな擬音が現実に響く。


 戦場にあるまじき柔らかさが、俺の顔面を包み込む。

 敵の剣を掻い潜り、死線を踏み越えた先にあったのは、この世で最も柔らかく最も反則的な――救済ぱわわんだった。


(フッ……なかなかにぱわわん……やるじゃないか)


 微かに香る彼女の髪。首筋を撫でる呼吸。

 すべてが戦場の喧騒を忘れさせた。


 そこへ音が走る。


 ――ぷしゅううううっ!!


 俺の左肩の断面から、激しく蒸気が噴き上がる。


 再生開始。


 ギグ・マーガの星がようやく理解する。

 俺は……『癒す価値がある美男子』だと。


 俺はゆっくりと立ち上がる。


「……フッ……俺の星は知略と再生の星。

 人呼んで、マクガイアの銀の静謐なる記憶メモリー


 完璧だ。すべては計算通り。

 すべては俺の勝ち筋だ。


 その瞬間、背後から野太い男の声が響く。


「……な、なんじゃあぁぁ!?」


 低く、だが困惑と焦燥が滲んだ声。

 振り返らずともわかる。


 剣士――ディオン・バルザス。


「今……何を……? 腕が、生え……!?」


 理解が追いつかないか、まあ無理もないな。

 そもそも切れたはずの腕が、再度生えるなんて……普通に考えたらおっかないよなぁ。


 しかし、これこそが誰も考えつかぬ『ギグ・マーガの治癒の条件』


 奇跡と知略と――ついでに、少しばかりの欲望の産物。

 だが集中の切れたディオンを尻目に、俺は回復しきったその全身を一気に爆ぜさせ、最後の起点への場所へ移動する。


「え? おい! ちょ、お前どこへ行くのじゃ」



 俺は指先に銀の意志を宿しつつ、その生えた左手で紅の銀糸を弾く。


「悪いな。これが……俺の切り札だ」


 瞬時に弾いた銀糸が、王女の紅銀糸と共に夜を駆け抜ける。

 瓦礫、石、倒木。すべてが銀糸の支点・力点・作用点となり銀の線を描いていく。


 紅――赤の銀糸。


 黒よりも夜に溶け、決して視認できぬ銀月の刃。

 四方八方からディオンを包囲し締め上げる。


「グッ……き、貴様ぁぁぁあ!」


 足が止まり、ディオンの大剣がわずかに揺らぐ。

 既に互いに走っていた『シリアスモード』は消えている。

 すなわち目の前の剛剣は、ただの巨大な剣士。


「――発動完了。

 言ったはずだ……ここは既に『俺の領域ステージ』とな」


 冷静に、だが確かな自信を持って宣言する。


 すべては計算通り。

 すべては俺の掌中。


 俺は天を仰ぐ。夜空の雲の切れ間から、わずかに星が瞬いた。

 もしギグ・マーガの星が意志を持つなら――こう呟くに違いない。



『お前の星……まっこと『女難』の星ぞ?』



 苦笑しか返せない。

 否定などとてもできはしない。


 その瞬間――俺の肩に強烈な圧迫感が走る。


 ぐ、と食い込む感覚に、振り返らずとも正体がわかる。

 間違いなく、鬼の異名を持つ者――ルーシェ。


 さらに微かに獣じみた気配までもが背後に加わった。

 これは確実に、追撃の予兆。


 だがその気配よりも恐ろしいものを、俺は横目に捉えた。

 それはほんのわずか前まで、涙に濡れていたはずの王女の瞳。


 今その表情が……何かこう、言い知れぬ怒りと冷ややかさ、そして安堵とか、複雑さを混ぜて割った挙句に、最終的にこんな無表情になりました、的な表情をしている。


 これが王家の威厳というやつなら、あまりにも過剰ではないか。


 ちなみに。ナディアの姉御は向こうで腹を抱えて笑っている。

 あの人のああいう表情は、そう何度も見られるものではない。


「……シルバーちょっと後で、裏庭に来なさい」


 俺はゆっくりと肩を落とす。

 考えるまでもなかった。


(……ちなみに今いるここが裏庭だと思うんだ、という事は、ここで、かな?)


 そっと息を吐きながら、最後にもう一度だけ星を仰いだ。

 遠くでマクレーン教官の声が聞こえる。


「……適度にふざけろとは言ったが。

 いや、あの……あれ? いいのか?」


 ちなみに、ナディアの姉御は、未だ向こうで腹を抱えて、涙を流して笑っている。

あとがき


ここまで読んで下さってありがとうございます。

良かったらコメント、フォローしてくれたら、星の恩恵により、作者が泣きながら笑います。

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