第四章2 『戦いは止まらず、星は黙していた』
※シルバー視点――マクガイア王城屋根、夜時。
「戦っちゃダメ!!」
ラスティーナ王女の叫びが夜の空気を裂いた。
それでも俺たちは止まれない。
剣が、糸が、星が。既に動き出している。
その流れを止めるには、もう……誰かの叫びでは足りない。
「シルバー様っ、やめて……!」
縁から飛び出そうとするラスティーナ王女の腕を護衛が掴む。
細い手は震え、藍色の瞳には涙が今にも溢れそうに揺れていた。
遅れて現れたルーシェはこの情景に、更に押さえつけられるラスティーナ王女に気づき、息を呑む。
「い、いや……逃げて、逃げてシルバー!!」
夜風が鋭く頬を撫でる。
空を裂く糸、地を砕く剣、そのすべての音に彼女たちの叫びは消えていく。
俺たちは更に深く一歩を踏み出す。
最早、後戻りの許されぬ戦場へ。
◇ ◇ ◇
ディオン・バルザス。ギ・ガ・マーガの星を持つ男。
その剛剣はただ振るわれるだけではない。
振り抜くたび夜そのものにひびが入り、黒い静けさが断ち切られていく。
空気が裂け風が逃げ惑う。
圧倒的な存在感を放ちながら、彼は静かに歩を進める。
俺は銀糸を張り巡らせ、一太刀を交わし、絡め、弾こうとする。
だが速すぎた。
剣閃が空気を裂き、風が夜空へ逃げ惑う。
剣が空を割り、空が剣に屈する。
動いた瞬間にはすでに攻撃が完了している。異次元の速さ。
「――くっ!」
左肩をかすめた斬撃。
髪が裂け耳元を熱が駆け抜けていく。
皮膚の焼ける匂いが鼻腔を刺す。
即座に俺は銀糸を走らせ空中で束ね、指先で結び、複雑な軌道を描きながら操る。
「……舞えっ!」
紅の銀糸が夜風に乗り、絡み合うように広がる。
視線と気配を撹乱する走り。
しかし、ディオンの剛剣はその上を行く。
剣風が銀糸を散らし、さらに斬撃のたび地が割れ、石畳が爆ぜた。
剣圧だけで大地が変形していく。
裂けた地面からは砂塵が舞い上がり、月と星明りも霞ませる。
一歩、また一歩。
響く足音が、重く夜の空気すら圧倒する。
そのたびに鋭さと速さを増し続ける。
それこそがギ・ガ・マーガの真骨頂か。
戦いの中で自らを強化し続ける星。
対峙するだけで全身の神経が焼かれるような錯覚を覚えた。
『夜』そのものが息を呑み、沈黙したかのよう。
(……やばい)
追いつけない。俺の糸では彼の剣を捉えきれない。
それでも手と足はもう止まらない。
「止まれねぇんだよ、こっちも!」
低く呟き、糸を張り詰める。
円を描く紅の糸。その瞬間――
「シルバーを援護――!」
周囲のマクガイアの兵士たちが駆け出す。だが俺はその前に糸を弾く。
薄く張った糸が紅く光を帯び、兵士たちの前に幕となって現れた。
「っ……シルバー! お前!」
ナディアの声が制止を叫ぶ。
越えてはならない線。この戦いは俺とディオンだけのもの。
構えを崩さぬまま立つディオン。だが感じる。
この男はまだ『星の本気に辿り着いていない』
一太刀ごとに変わる剣の質。力、速さ、呼吸、殺意。
すべてが瞬時に進化し続け、わずかな遅れが命取りになると直感的に理解した。
(次が――来る)
そしてその一撃は、確実にさっきより強い。
糸を撚り、指先に意志を込める。月の光が肌を滑る。
防げない、ならば必要なのは――斬られる覚悟。
次の瞬間、剛剣が閃いた。俺の左肩から先が切り落とされた。
その腕が宙を舞いながら鈍く冷たい音を立てながら石畳に落ちる。
「シルバーッ! いやあああああ!」
ルーシェの絶叫が夜に響き渡る。
赤く染まった視界。膝が崩れ血が激しく噴き出す。
遠くで誰かが息を呑んだ気配。
(……癒えろ! 応えろ、ギグ・マーガ!)
俺は心で、自分のマーガの星へ叫ぶ。
だが蒸気も傷の再生も、何も起こらずただ血だけが止まらず流れ続ける。
――ギグ・マーガの星が黙して応えなかった。
◇ ◇ ◇
「拙い……シルバーの再生が止まってる!」
ナディアの姉御の緊迫した声が響く。
「――シリアスモードだ!」
ギグ・マーガの星、癒しを捨てる星。
それは……死に直結する恩恵であり、星の選択。
俺の血は止まらず、熱が肩を焼き、呼吸が浅く細くなっていく。
意識が遠のくたび、かろうじて踏みとどまった。
「……まだ、いける」
震える声と裏腹に、紅の糸を撚る俺の指は揺るがない。
この銀糸は王女がくれたもの。この紅は俺に託されたものだ。
失った左手に仕込まれていた糸先を、転げる様に回収する。
そして……深く、息を吸う。夜の空気が肺を満たす。
全身を駆け巡る、焼け付く痛みの奥、微かな安堵が灯った。
そっと風が耳を撫でた。
静かに構え直す。だがまだ俺の内には確かな炎が残っている。
「ディオン・バルザス……いや、ギ・ガ・マーガの星よ。
貴様は、確かに速く、重く、そして強い」
視線は外さない。すでに指先では次の糸を張っていた。
「……聴け、夜風よ」
俺は静かに右腕を掲げる。
その指先は夜の帳を貫き、星の頂を指し示す。
「そして……天の星々よ。
――ここは既に、俺の領域だ」
わずかな音と共に、俺の指先から紅の糸が走り闇を斬った。
空間に張り巡らせた糸が光を帯び、地にも空にも交差線を描く。
風が再び吹き、熱と静寂がせめぎ合う。
夜が――俺の側へと傾いた。
そして戦いは、静かに再開の時を迎えようとしていた。




