第三章4 『もし逃げるなら、ふたりで』
※シルバー視点――マクガイア王城警備塔、夜時。
夜の風が、思っていたより冷たかった。
石造りの塔の最上階、警備塔フロア。
昼間に滲んだ汗の熱は、もうどこにもなかった。
静かな夜。体に沁みる空気だけがまだ俺が生きていることを教えてくれる。
ただ誰に会うでもなく、ただ風に吹かれに来たはずだった。
……なのに。
自分の不安さをあえて偉そうに歩くかのような、そんな足音を耳にする。
気付いてはいたが、敢えてその方向に背を向けたまま俺は空を眺めていた。
「……いた」
背後から届いたルーシェの声に、俺は振り返らずに応じる。
「足音、もうちょい消したらどうだ?」
「夜風の音に、ちゃんと紛れてたと思ったけど?」
ルーシェのそんな声に、ふふと小さく吐くような小さな笑いが混じる。
やがて、ルーシェが俺の隣に腰を下ろした。
近すぎず、遠すぎず。でも風よりも確かな体温がふわりと寄り添っていた。
互いに暫く、そこから言葉はなかった。
ただ、ふたりして夜空を見上げる。
風のざわめきも、遠くで消える足音も、
ここには届かない別の世界のものみたいだった。
この場所には、風と夜。
それから――俺たちしかいなかった。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、シルバー」
ルーシェがそっと、言葉を紡ぐ。
「もし――あなたがこの先、誰かを殺すことになるのなら」
言葉が、夜にほどけていく。
「私、一緒に逃げてもいいと思ってる」
風が一段と強くなり、髪を揺らした。
「……意外だな。お前さんがそんなこと言うとは」
「こんなこと自分でも言うつもりじゃなかった。
でも……言わずにはいられなかったの、なんとなく」
ルーシェは夜空を仰ぎながら、どこか遠くを眺めるような目のままに。
「訓練のことも王様との話も、ずっと見てたから……。
あなたが『逃げたい』って言ったら、あたしはそれを否定できない」
そんな小さなルーシェの声。
けれど、どこまでも真っ直ぐな響きだった。
「だったら、あなたが迷う前に私の方から言いたかった。
――あなたを、戦わせたくないって」
その想いは夜風にも月光にも溶けずに、まっすぐに俺の胸に届いた。
◇ ◇ ◇
しばらく、風の音だけが世界を埋めた。
俺たちは、黙っていたわけじゃない。
ただ、次に口にすべき言葉を探していた。
「……そっちから逃げるって言うとはな」
そんな言葉を苦笑しながら、俺は言った。
「でも一緒に逃げるなら、選択肢としては悪くないかもな」
「……でしょ?」
ルーシェもかすかに笑った。
その笑顔は月よりもか細く、でも確かにあたたかかった。
ほんの少しだけ、肩が触れた。
でも、どちらも何も言わなかった。
そのまま、また夜の静寂に身を委ねたまま、静かに時は流れていく。
◇ ◇ ◇
――でも。
俺は何となく感じ取っている。
この世界から逃げ切れないことを。
この体が、この星が、この魂が――
すべてがそれを許してくれない。
そしてその事実を、誰かに言われた訳でも無い。
でもその事実を己の理とでも、もしくは呪いの様に刻まれたかのようなこの感覚。
理屈じゃない。
覚悟の問題でもない。
ただ俺に与えられた、たった一つの選択肢、それが。
『生きるために戦え』と、最初から決められていたかのように。
きっとあの日、この星を宿した瞬間からもう物語の形は定まったまま。
逃げ道なんて、最初からどこにも用意されないままに。
ならば……俺は。
たとえ戦うしかない道でも、たとえ痛みしかない未来でも。
俺の肩とルーシェの肩が、またふわりと触れ合った。
ただそれだけで夜の冷たさが少しだけ和らいだ気がする。
互いに、何も言わずに同じ夜空を見上げる。
銀色の月が、夜を渡っていく。
高く、高く、頼りなさげに浮かびながら――それでも確かに、そこに在った。
まるで誰かを信じたくなる夜に、そっと灯された小さな光のように。
隣にルーシェがいる。
逃げられなくても誰かと並んでいられることは――
思った以上に救いになっている。
流石に直接言葉にするのは、少し恥ずかしいけどな。
あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
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※参考までに
◇ ◇ ◇
ルーシェ・カランディール
年齢:16歳
身長:165cm
髪型:明るい茶色、上げ目のハーフアップ、
瞳の色:茶色(太陽のような明るさ)
体型:グラマーな女性らしさを強調した体格
備考:シルバーの幼馴染であり、お世話係ポジション。内心では好意あり。だけど基本的に素直じゃない為、本人もなかなか認めない。




