第三章3 『たまに時間が止まる王女と、赤い糸』
※シルバー視点――マクガイア王城、裏庭庭園
今日は何時もの、王女と月に一度のお茶会の日。
陽が本格的に傾き、色を変える少し前の時間帯。
今日は珍しく、ラスティーナ王女が早く来ている。
王城の裏庭の庭園。
木漏れ日が縁側の木板に斜めの模様を描き、
その端に立つラスティーナ王女は胸の前で両手をそわそわと組みながら、こちらを見ていた。
足元には籐のバスケット。
王女の私物にしては、少し擦れた蓋がついている。
中に入れたものを何度も確認しては閉じたような、そんな跡。
紅茶を淹れて、お菓子を並べてほんの少しだけ、訓練も任務も忘れて休む時間――
……の、はずだったのだけれど。
なぜか彼女は、手に何かを隠すように持っていた。
「これを……お渡ししたかったのです」
差し出されたのは、細い銀糸巻き。
……けれど、普通の銀糸とは色見が違っていた。
「紅?」
「はい、紅の銀糸。とても希少なのだそうです。
その……えっと、たまたま私の髪の色と同じ、で……たまたまです」
二度言った。
しかも顔を赤くしながら。
「へえ……これは、確かに珍しい」
手の中で巻きを転がす。
その手触りに銀糸特有の冷たさと柔らかさ。
それなのに、芯にほんの小さな反発を宿している。
指に巻きつけ、空へと軽く引く。
ふわり。
紅の細線が風に舞い光をすくい上げて、空に紅を走らせる。
「この紅、きっと闇に溶けるな」
意外に思うかもしれないが案外、夜という『黒』に馴染むのは同色の『黒』ではなく『赤』だったり『紅』だったりする。
それはただ見えなくなるのではなく闇に寄り添い、静かに溶け込むような――そんな気配だ。
指先に絡んだ糸は思ったより素直……かと思えば勝手に別の意図を持って動く。
それでも、不思議と――可愛げのある癖を持っていた。
素直だけれど不器用。
柔らかいけれど、譲らないところもある。
だからこそ――悪くない。
むしろ手放すのが惜しくなる。
◇ ◇ ◇
縁側に座り、少しだけ糸を伸ばしてみる。
紅の銀糸を、ゆっくりと舞わせながら引き出す。
両指の先、空で自由を纏い、舞うように遊ぶ紅。
絡まぬように、張りすぎず、緩ませすぎず。
風の音と糸のかすかな震えだけが耳に残る。
今夜にでも、思い切り舞いながら伸ばしてみようか。
「……」
視線を感じる。
顔を上げると、王女はじっとこちらを見つめていた。
木漏れ日が頬を撫でても、微笑みを浮かべながらまばたきすら忘れている科のように。
そのうち、頬がゆっくりと――ほのかな紅に染まっていく。
(……あー。来たな)
心の中で呟く。
こういう時、決まってラスティーナは一切動かなくなる。
瞬きもしないし、息すら浅い。
時間が止まっているというより、本人が止めている感じだ。
下手に声をかけると、なぜか『劇的な台詞』を引き出そうとしてくる罠がある。
そう、それはまるで舞台の幕間。演者待ちのあの間のように。
「ほんっと、たまーに俺と話してるときに、王女は時間が止まるんだよなぁ……」
風が止んだように感じた。
木漏れ日も、どこか色を失った気がした。
◇ ◇ ◇
王女は、遠くを見るような目をしていた。
焦点は合っていない。
けれどその頬にはほのかな紅が差し、口元は誰にも気づかれないほど小さく、そしてやわらかく緩んでいた。
まるで――何かを想像しているように。
現実から半歩だけ抜け出して、夢の続きを一人で見ているような。
風に揺れる髪にも気づかず、紅の銀糸の先。
その先にある何かを見つめている、そんな視線。
言葉にしないぶんだけ、想いが濃い。
そういう表情を、ラスティーナはするときがある。
というか、随分と今日は長い事止まってるなぁ、時間。
「……シルティーナ」
その時、王女の口から小さく囁くような声が漏れる。
風が運んできたその言葉に、俺の手が止まる。
……いや、誰それ?
いや、もしも『シルバー様とラスティーナの二人の名を取りました!』とか言われたら、間違いなく俺は国王にボコられる訳だが。
「でも、もし……もしも、そういう運命だったら……あなたは、どうします?」
おぉう……今日もラスティーナ王女は絶好調だな。
そんな唐突な問いかけに、俺の指先が止まる。
「えっと、何の話だ?」
とりあえず俺は、なるべく平常心を装って問い返す。
けれど、王女はほんの一瞬だけ言葉に詰まり――
「いえ、あの……えっと、糸が、綺麗だっただけです」
噛み合ってない。
それなのに、妙に満足そうに見えるのがなんか悔しい。
「それだけ?」
「それだけ、です」
やけにきっぱり言われた。
そんな微笑みをそのままに王女はスカートの裾を翻し、縁側の影をふわりと歩いていく。
振り返ることはなくても、あの背中からは不思議と優しい気配だけが残っていた。
何かを伝えたがっているのか、あるいは隠したいのか。
その両方に揺れてるような歩き方だった。
深追いするほどのことじゃないかな、たぶん。
何も言わず、ただその背を、俺は静かに見送る。
「……ま、楽しそうなら、いいか」
指に巻いた紅色の銀糸が風に乗って、静かに揺れていた。
……不器用で、伝えきれなかった何かのように。
あとがき
ここまで読んで下さってありがとうございます。
良かったらコメント、フォローしてくれたら、星の恩恵により静かに揺れます。
※参考までに
◇ ◇ ◇
ラスティーナ・マクガイア
年齢:16歳
身長:160cm
髪型:紅(肩甲骨くらいまでのロングヘア、後部で編み込み)
瞳の色:藤色・藍色
体型:細身
主人公への呼び方:幼少期:シルバーさん、現在シルバー様
備考:初対面時、銀糸の舞に心を打たれる、マーガの星の件でシルバーを王都へ招いた。想いはゆるやかに暴走中。




