第三章2 『王は剣より、娘が気がかり』
※シルバー視点――マクガイア王城、執務室
王の前で、笑うタイミングってのは難しい。
下手に笑えば軽い。
真面目すぎても可愛げがない。
なのに、俺の目の前の王――アラン・マクガイアって男は、口元に笑みを浮かべながらも、目だけは一切揺れてなかった。
「模擬戦の成果確認した。
思った以上に糸が使えるようだな」
「ありがとうございます。
……でも、まだ未熟です」
自分でも驚くくらい自然と口調が丁寧になっている。
「未熟、という自覚は重要だ」
王は椅子に深く腰を下ろし、視線を後方へ向ける。
何時の間にか、背後には星管理官が控えていた。
この空間は、謁見というより確認の場。
ここから先、自分がどう扱われるかが決まる。
そんな空気が張り詰めていた。
◇ ◇ ◇
「まず、いまの情勢を話そう」
王の声が執務室に低く、響く。
星管理官が手元の書類を一枚、卓上に差し出してきた。
「大陸の向こう、海を越えたグレイジア諸侯連合にて『スポ・マーガの星の民』の存在とされる者の情報が確認された。
一部の観測記録と現地の間者からの報告だ」
「……別大陸ですよね? そこまで?」
「距離は関係ない、ただ各国へ無作為に世界にバラまかれる」
王は一呼吸置いて続けた。
「星の持ち主が実際強いかどうかは、当人の名前がはっきりせん内は判断が難しい。
だが名が知れ、過去の歴史書から内容が見えた時、真っ先に動く国もある」
「どう動くんですか?」
「囲う、利用する。
あるいは手に余ると判断すれば、他国に贈ることすらある」
「贈る……!?」
「強い国に貸しを作るためにな。
マーガの星の民は、祝福ではなく交渉の道具にもなる」
星管理官が口を挟む。
「そして最初に標的にされやすいのは『力の弱い星』とされる星。
自国で守りきれなければ、どう扱うかを決めねばならない。
その時、星の民がどう生きるかは……国の都合次第になる」
言葉の温度は冷たく、重かった。
◇ ◇ ◇
「シルバー。お前は王国にとって貴重な戦力であると同時に、国境の鍵でもある」
「……鍵、ですか」
「戦争を望まぬが備えねばならん。
その一翼を担うのが君だ」
視線がぶつかった。
怖いとかじゃない。ただ相手が本気だという理解。
「星の民同士の接触は本人の意図はどうあれ、現実は当人の意思に理解を待たない」
星管理官が静かに続ける。
「今後グレイジアのように、星を持つ者が現れた持ち主や地域と、予期せぬ形で接触する可能性は高まる。
本来は避けるべきだが、状況によっては他の星を預かる国との協議の必要も出てくるだろう」
「つまりこの近くで、何かしらの星の動きがあれば、こちらも動くこともあるってことか」
「そういうことだ」
俺の言葉に、王が頷く。
「その判断をするために、お前の存在や力量の情報は必要になる。
一応こちらの動きは慎重に進める。
そして情報が入り分析後、優先的に共有する」
「わかりました」
俺は一礼した。
国家の戦略。星の接触。
その中心にいるってことは、こういうことなんだろう。
◇ ◇ ◇
「……それと」
マクガイア王の口調が、ふっと柔らかくなる。
「個人的な忠告だが」
「はい?」
「ラスティーナとあまり親しくなりすぎるな」
「……そっち!?」
「そっちだ」
「え、でも……俺まったくその気は――」
「それは貴様が決めることではない。娘がどう思っているかが問題だ。
あの子は……誰にでもああではない。だからこそ、父としては少しばかり、気がかりでな」
「……二メートル以上の安全距離を確保します」
「桁が違う」
「マジで!?」
「王命である」
まーたズボンでも爆ぜたろうか……ったく、この親父は本当に。
ルーシェがいたら間違いなく笑い転げてる展開だった。
まあ、とりあえず俺は、場の空気を和ませるべく立ち上がる。
――いや、正確には、いつもの『やつ』を出そうとした。
「フッ……万民を魅了する銀糸の――!」
指に糸を絡め地を払うように、俺は力を込めて引き絞る。
とたんに銀糸の弧が、空に舞う――はずだった。
「ぐあっ!」
不意に何故か俺の右足に絡んだ糸が引きつれて、バランスが崩れた。
そのまま、窓際の敷居に足を取られて――
「ちょっ――あああああああああああっ!!」
窓から落下。
数秒後、植木に絡まって動けなくなる銀糸付きの俺。
「……星の民とはいえ、アレでよく生きているな」
「逆に不死だから、扱いが雑になってるんですよね……」
「……あの者との付き合いも四年か……出来ればこのまま健やかな、適度にどこぞから落ちたり、爆破したりする程度の時間が過ぎるだけなら良いのだが」
「……ですね。いや、爆破は流石に頻繁にされると困りものですがね」
窓辺で、王と管理官の声が響いていた。
風がやけに心地よかった。
だが、窓から放り投げられる事に、慣れてしまっている周囲と自分に、何だか不思議な感じになるのだった。
――だが、今日の星の瞬きは、まだ終わらない。
◇ ◇ ◇
※シルバー視点――マクガイア王城、樹上
(……あれ? この高さ……)
顔を建物側へ向けると、目の前に一枚の窓。
少しだけ開いたその窓の奥、レースのカーテンがふわりと揺れ――
その隙間から白い背中。外されたドレス。
その中心に、紅の髪をかき上げる指が――
「わあああああああああ!? ちょっ、うそ、えっ、えぇっ!?」
反射的に目を背けようとするが、体が動かない。
更に俺の『顔自体』も銀糸の絡みで固定されている。
――マーガの災厄……俺の顔固定。
王女の着替え・ガン見モード。
「くそっ、動け……いや、なんでこんな……ってうわ、足も……!」
焦れば焦るほど糸が軋み、体が木に巻き付くように縛られていく。
その時だった。
再度、ふわりとカーテンが開かれ真正面から、視線が合った。
重なる視線。ラスティーナ王女の瞳が、瞬時に見開かれる。
その顔が、みるみる紅潮していく。
「きゃあああああああああああああああっっっ!!!!!」
「ぎ、銀月が導いてしまって、ああくそっ絡まって外れないっ!」
「今は昼ですっ!! なんですか貴方はぁぁぁっっ!!!」
「ごめんって! いやごめんじゃ済まないけどごめんってぇぇぇ!!」
「ああああ、謝るくらいなら顔くらい背けてくださいっ!」
――マーガの災厄、俺の顔固定。
王女の着替えガン見モード『継続』
ほんっと、お前いい加減にしろよ、な?
銀糸が枝に締まり、体がギチギチと木に巻き付いていく。
俺は動けず、ただ枝の一部と化していた。
そのとき――
俺が飛び出し落ちて来た上階の窓に、一つの影が走る。
冷たい風が吹き下ろす。
その風に乗って重く、低く、恐ろしいほどに響く声が落ちてくる。
「……シィィィルゥゥゥバァァァァ……」
(ひぃ!?)
「貴様、何をしでかしてくれているんだ、あぁん?」
窓辺に立つ王の顔はあまりにも強烈。
それでいて怒気をすべて内に込めた父の顔だった。
――マーガの災厄、俺の顔固定。
王女の着替えガン見モード『更に継続』
「貴様この期に及んで、まだ娘の着替えを見つめるか!
この……バカ星がぁぁああ!」
「顔がっ! 顔が動かないんですよぅ!」
逃げ場はない。今度は下部から何か、上昇気流に乗った冷たい炎を思わせる何かが俺の頬を撫でる。
今度は地面側にも、居た。
真っ黒な鋼鉄製メイスを片手にぶら下げたルーシェが、この樹の真下で仁王立ちしている。
表情は笑顔だけど瞳が笑ってない、むしろ光すら消えている。
「おほほほ、おい……エロ銀」
声が平坦すぎて逆に怖い。
「ねぇ……あんた何してるの? ねぇ、ねぇってば」
「ち、違うんだこれは事故であって不可抗力であって!」
――マーガの導き、俺の顔固定。
王女の着替えガン見モード『更に更に継続』
バゴッ。
木が、揺れた。
「ねぇってば」ゴスッ。
「聞こえてる?」ゴゴンッ。
「全然答えてくれないよねぇ?」ゴバッ。
「っていうか……明らかにこの状況で、まだガン見してるねぇ!」ドゴォ!
枝がミシミシ言い出して、銀糸が悲鳴のように軋みだす。
俺はすでに枝に貼り付けられたまま、観葉植物どころか処刑待ちの生きた標本と化していた。
「……フッ……か、かなり俺の星はお茶目さん、かな?」
乾いた笑みとともに、命の灯が半分ほど瞬いた。
ちなみにこの木は十五分後に、ルーシェの手により倒れた。
その間、俺は無数の視線と銀糸に絡まりながら、己の星の呪いと向き合っていた。
……次は、せめて王女の居ない方向に落ちたい。
あとがき
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