◆第三章1 『糸で戦う者は、傷を恐れねばならぬ』
※シルバー視点――マクガイア王城、王城訓練棟
マクガイア王城、王城訓練棟。戦技演習場。
石畳が朝の光を鋭く返し、吸い込んだ空気は冷えきって肺を刺す。
訓練場は静かに選別の刻を告げていた。
広々とした戦技演習場の中央に立たされた俺の前で、訓練教官が腕を組んでいる。
マクレーン・グラント教官――
短く刈った黒髪に焼けた肌。
分厚い胸板と無駄のない動き。
一見すれば武骨な兵士だが笑うと意外と優しげな顔をする、そんな男。
けれど今はその顔に険しい皺を刻み、俺を真っ直ぐに見据えていた。
「――武器はどうする?」
「銀糸でやる」
間を置かずに俺が答えると、周囲の空気が少しざわついた。
銀糸。
それは俺が持つ糸繰りの力と、自分の技術をかけ合わせて編み出した戦術。
マクレーン教官はわずかに目を細めた。
「……そうか」
教官の視線が鋭さを増す。
「甘えは捨てろ。
星の力で命が繋がるのは相手が普通の人間ならの話だ」
教官の言葉に、俺の胸の奥がじわりと締めつけられる。
「マーガの星を持つ者同士であれば、いずれお前の再生は止まる。
傷は癒えず命は削られる……知って居るだろうがな」
横で見ていたルーシェが、眉を寄せたまま無言で俺のほうへ視線を向けている。
「……了解」
俺の答える声が少しだけ乾いていた。
◇ ◇ ◇
対戦相手は槍を携えた、重装の訓練兵。
分厚い鎧に身を包み、両脚を広げて構える姿はまるで鉄壁の門のようだ。
視界を遮らぬ面頬、間合いを読んで詰め寄り槍の一撃で勝負を決める――。
質実剛健の騎士の型は見てわかる。
「準備整え!」
マクレーン教官の低い声が演習場に響く。
俺は深く息を吐き、銀糸を指に絡めていく。
視えない糸。けれど俺の周囲には既に銀糸による陣を描いている。
それは誰にも見えぬ、まるで光の罠が、張り巡らされているように。
「――始め!」
掛け声と同時に地が鳴った。
訓練兵が猛然と俺へと突っ込み始める。
鋼鉄の脚が石床を叩き槍が風を割る。
だが俺はその音が届くよりも先に一歩――舞うように後退した。
踏み出しは音すらない。
まるで風が軌道を変えるように、糸が宙に弧を描く。
見えない糸が空気の中で舞い、流れ、回転する。
足首、膝、肘、肩――。
相手の騎士の要点だけ俺は寸分違わず縫い止める。
動きの流線が見えない壁に絡まり、空間ごと折れたように相手の身体が崩れた。
「なっ……!?」
前のめりに崩れ落ちる訓練兵。
踏み込みは空振りとなり、膝がつき腕から力が抜けて落ちた。
その場にいた騎士たちの間に、どよめきが走る。
「……合理的だ。殺すでも守るでもない……いわば『崩す』だな」
マクレーン教官の静かな言葉が、その場の空気を鎮めた。
◇ ◇ ◇
完璧だった、はずだった。
けれど――糸を緩めかけた、そのわずかな瞬間。
訓練兵の身体が、驚くほど強引に起き上がる。
理屈を超えた気迫の踏み込み。
その槍が、引かれる糸の軌道を狂わせる。
「くっ――!」
細く開いた隙間を、切っ先が滑り込んだ。
俺の左肩に、焼けるような衝撃。
鋼が皮を裂き、布を裂き、浅く肉を掠めていた。
鈍い痛み。流れる血。
けれど、すぐに肩口から白い蒸気が立ち上る。
星が応えた。
白煙とともに、裂けた皮膚が縫い寄せられ肉が音もなく閉じていく。
まるで痛みごと巻き戻すかのように――。
俺は肩を押さえ、黙って目を伏せた。
「今は治るが――」
教官が俺の肩を見る。
「次は止まらんかもしれんぞ。
お前のギグ・マーガは」
「ああ、知ってる……ほんっと酷いハンデみたいなもんさ」
「なら、その傷――命綱の最後の一枚だと思え」
それは――心臓を掴まれるような重みだった。
◇ ◇ ◇
訓練は終了した。
観察記録を取る者たちが去り、見学していた騎士たちも戻っていく。
俺は銀糸を指から巻き戻しながら、空を仰いだ。
その横を、マクレーン教官が通り過ぎる。
「……適度にふざけろ。その方が、生きる可能性は高まる」
間が空いた。
「真顔で何言ってんスか教官!」
「説得力だけはあるけど!」
次々と周囲から飛ぶツッコミに、マクレーン教官がドヤ顔で去っていく。
場が緩み笑い声が弾けた。
「相手が美女なら……イケる!」
俺がぽつりと呟いた瞬間、横からこつんと頭をこづかれる。
「どこが適度なのよ」
「今のは適度なおふざけの範囲では?」
ルーシェが溜め息をつく。
「はぁ。少しは真面目にやったかと思えば、これよ……」
それでも、笑いの中で訓練は終わっていった。
◇ ◇ ◇
『治る傷』の先に『治らない戦い』があること。
俺の戦いは、治る間に終わらせなきゃいけない。
まったく、これで美人の神ならやりがいもあるんだがな。
中身はただの禿げたジジイってのがな。
それでも、俺は戦う。
糸を巻く手に、少しだけ力が入った。




