★閑話2-1 『静かなる記録拒絶者』
※テオブルグ帝国 星記録局 書記官視点
帝国星記録局 第四分室所属、書記官として――
私は一冊の帳面と、簡素な指示書だけを携え、東離宮の門をくぐった。
『ヴァルテリア・アミューゼ』
前回――今からおよそ五十六年前のマーガの戦いにおいて、我がテオブルグ帝国に勝利をもたらしながら、ほとんど語られることのなかった英雄。
老衰により、先日死去。
享年七十三。遺体は既に埋葬済み。
埋葬、供養後、星局上層部から下された指示は、こうだった。
「検証は最小限でよい。
記録は控えめに。公開は……未定だ」
だが現場には、それ以上に強い違和感があった。
名誉なき勝者。記録されぬ星の民。
いったい彼女は何を守り、何を拒んだのか――
その答えを、私は探していた。
◇ ◇ ◇
屋敷の中は静かだった。
いや、正確には――沈黙していた。
居室の暖炉には、つい最近まで火が入っていた痕跡。
その灰の中で、私は焦げた紙束を見つけた。
黒く焼け焦げたそれは、見た目こそ廃棄物のようだが、内部の紙はほとんど無傷だった。
めくれたページのすき間から、手書きの文字がわずかにのぞいている。
それは、彼女が残した私的な記録――おそらく日記であり、その断片だった。
「書かないために燃やしたのか。
残すために、あえて焦がしたのか……」
私は小さく一人呟く。
テオブルグ帝国では星の民が遺した記録は、すべて管理局の手で保管される。
だがこの記録は――まるで『誰にも読まれないこと』を願いの残骸の様だった。
◇ ◇ ◇
私は一人、白紙の紙束を開き、口述と筆記による記録を開始する。
「先代ヴィエル・マーガの星の民、ヴァルテリア・アミューゼ。
前回の戦い後、ヴィエル・マーガの恩恵はすべて消失したとされている」
「ヴィエル・マーガの星は、マーガの星の中で、特殊な恩恵を持つ。
本名を知った星の民同士を、選定という形で強制的に戦わせる力だ。
相手の本名を『知り、唱え、祈る』ことで、ふたりは否応なく導かれ、出会う様に仕向けられる」
「この力により、テオブルグ帝国は数多の勝利を手にする。
ヴァルテリアの選定により、他のマーガの星の民たちは、互いに出会いを強制され、ぶつかり合い、そして消えていった」
だが――
「戦後、彼女は帝国が与えようとしたあらゆる称号や褒章を拒んだ。
記録への名記載も辞退し、式典への出席も拒絶。
栄誉を求めず、ただ沈黙の中に身を置き続けた」
「彼女にとってマーガの星は、力などではなかったのではないか。
それは誰かを殺すために、誰かの名前を選ぶという重すぎる責任だった」
この離宮の静謐さ、そしてこれまでの沈黙。
もしや彼女は『選ぶことが許された者』として、選び続けた――。
その罪とともに生きていたのか。
◇ ◇ ◇
――私は手元の資料を開き、記録された彼女の人物像を再確認する。
彼女は、外見だけを見れば、間違いなく『美しかった』とされる。
凛とした佇まい、静かな瞳、整った顔立ち。
それらは長く帝都でも噂になり、ある時期にはテオブルグ帝国の幹部、若しくは貴族家から幾度となく縁談の話も持ち上がったという。
だが彼女はそれをすべて、やんわりと――けれど、決して揺らぐことなく拒んだとされている。
仮説だが一人を選ぶことは、また『誰かを選定する』という行為に繋がりかねない。その可能性を、彼女自身が何よりも恐れていたのか。
そして彼女は、己の星がどれほど多くの命の在り方を歪めてしまったかを、深く理解していた。
だからこそ――
彼女は『出産』という選択肢すら取らなかった。
新たな命をこの世に生み出すという行為。
それは……女性にとって命を賭けた行為になりかねない。
つまり『少しでも次のマーガの戦いが始まる事を、引き延ばすという判断の為、出産リスクを切り捨てた』可能性がある。
それは決して祝福だけで済まされることではなかった。
彼女は知っていた。
己の死が『次のマーガの戦い』の引き金となることを――確かに。




