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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 七章 星の落ちる夜
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第二部 七章5『触れ合う心』

 ※カイル視点――ノバル・ハン国港


「いやああああああ!」


 リアナの悲鳴が夜の港に響いた。

 その直後、俺の左目に熱い衝撃が走る。


 帝国の剣士の指が容赦なく、俺の眼窩にめり込み、視界が灼けるような痛みで塗りつぶされる。

 息が詰まるほどの恐怖と痛み――その全てを、瞼の裏で人の指の感触と体温を感じていた。


「があっ! はあっ、はぁっ! てめえ……ふざけるなっ!」


 自分でも驚くほど荒い声が喉から飛び出す。

 シ・ジョ・マーガの視線拘束、それが強引に『切断』された。


 俺は反射的に差し込まれた指、そして手を振り払い、痛む左目を押さえたまま地面に転がり、呼吸を必死に整える。

 だが、戦いはまだ終わらない――いや、終わらせてたまるものか。

 震える手で剣を握り直し、なんとかまた顔を上げる。


 だが帝国の剣士は、俺にトドメを刺そうと、その様な動きをしていない。

 あの帝国の少年の様な剣士は、怒りと焦りに満ちた表情を向けていた。


 だが、その表情と視線は俺にではなく、港に停泊した軍船の方を睨みつけていた。


 その指に残る、俺の血にさえ気にせず、獣のような眼差しだけが、自分の味方である筈の、自国の軍船に向かい、瞳は闇に光っている。


 目から零れ落ち、頬を伝う俺の血を拭う間もなく、そのままつられるように俺も軍船へ目を向ける。

 だがそこにあったのは、まるで想像もしない異様な光景だった。


 軍の重装な上官が、船の足元、港の岸壁の上で堂々と立ちはだかる。

 その足元には、縄で縛られ、目隠しと猿ぐつわをされた幼い子供が二人、恐らく男の子と女の子か。


 無抵抗で怯えきったままの子どもたちが、静かに震えている。


「……な、何だ、これは」


 思わず呻くような声が、俺の口から漏れる。


 まさか、この帝国の剣士――この少年の家族で、もしや人質なのか?

 だとしたら、何故このタイミングで――人質の存在を全面に出す? その行いに何の意味があるのだ?


 混乱が自分の頭を埋め尽くす中、帝国の剣士の叫び声が港に響いた。


「止めろ! そんなことしなくても、僕はこいつに勝てる!」


「能力を更に向上させ、そのシ・ジョ・マーガの星を確実に刈り取るためだ!

 小僧は黙ってそこで見ていろ!」


 上官の声は冷酷で、何の躊躇いもない。

 抜き放った軍剣を迷いなく、幼い男の子のほうへ向け、そして無言で掲げる。


 ……次の瞬間、剣が振り下ろされ、幼子の首筋に迫る――

 そのとき、ひとりの何者かの影が、甲板を蹴って駆け出す姿が目に入る。


 長い髪が夜風に舞う。

 その女性は叫ぶ間もなく、幼い子どもたちの上に飛び込んだ。

 刃は無情にも振りぬかれ、そしてその女性の背中から血飛沫が上がる。


「マリス!」


 帝国の剣士――少年が、喉を裂くような声で女性の名を叫ぶ。


 ◇ ◇ ◇


 その女性は、幼子二人を抱きしめたまま、そして地面を血で赤く染めながら、静かに言葉を放つ。


「クッ……司令官、これは……これが軍の仕事だと、言うおつもりですか!」


 どうやらまだ傷は浅いように思える。

 だがあの出血量、時間をおいて良いものでは無い。

 だが治療に走る事も無く、その司令官と呼ばれた者は、ただ声を荒げる。


「今の貴様では、まだあの小僧のトリガーとしては足りぬ!

 能天気のマリスめが、いいからそこを退け!」


 そんな言葉を意に介さず、その女性は静かに微笑みを携えたまま、子供へ語り掛ける。



「もう少し我慢してね、もう少しで、貴方たちのお兄ちゃんが『きっと、勝つわ』」



 そんな静かな、何者かを愛おしく思う言葉に俺は身を凍らせる。

 居てもたってもいられない、妙な感覚に苛まれて、ただ俺は静かにリアナへと視線を送った。



「リアナ……もう少しだけ待っていてくれ。終わらせるから」


 震えるように、涙を流しながら、両の手で口元を押えながら頷くリアナ。

 リアナもきっとこの『異常な世界』を感じ取っているのだろう。


 気が付くと、あの剣士は俺のほうへ体勢を変え、視線は俺とまた、交わし合わないように、ただ己の足元を見つめている。

 そしていつの間にか、己の剣を鞘に納め、そして静かに抜刀の構えを取っている。



 己への運命への怒り、そしてこの環境への絶望。

 それでも尚、生き残る、生き残らねばならないという選択。

 彼もまた、何かの為に戦い、そして絶望し、それでも尚剣を取り、俺へ向かう。



 ――皮肉なものだ。

 互いに殺しあう事で、俺とこの帝国の剣士は互いに理解しあってしまった。



 この剣士の顔の下、視線は床に向けたまま、その床に水滴が数滴、落ちる。

 恐らく、彼は……ただ殺意を込めながら、泣いている。


 そして彼と俺、互いに感じ取ってしまってもいる。

 これが……きっと最終局面だと。


 名も知らぬ剣士よ、きっと君は……本当は優しい男なのだろう。

 だが、俺もここで朽ちる訳にはいかない。


 かつての誓い、星断ちの剣、そしてリアナと生き残る事への誓い。

 俺もまた、剣を構え最後の一太刀に、魂を込める。



 ――カチン。



 剣と鞘のぶつかる音の後、強烈に地面を蹴る音。

 そんな爆ぜる音が港に響く。


 それは神を呪う、嘆きの叫びのように。

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