第一章5 『動き出す星々:ショーネ・マーガの星』
※リヒト・フリード視点――テオブルグ帝国。
――テオブルグ帝国軍 星管理局・地下処理施設
足が床につかない。
背もたれのない鋼鉄製の椅子に括りつけられて、僕はただ沈んでいくような感覚だけを味わっていた。
重力が命の重さとなり、下へ下へ僕を追いやっていく。
手首に食い込んだ革ベルトが血を止める。
足も、胸も。
すべてが締められてもはや呼吸すら重苦しくなっていく。
分厚いガラスと鋼鉄の檻の向こうに、僕の母が縛られたまま立っている。
母は真っ白な服に身を包み、表情一つ変えず乱れひとつない髪。
凛と背筋を伸ばして、まるでこれからキッチンに立つ様な穏やかさで、そこにいた。
まるで、これから死ぬ人間ではないように。
「……やめてくれ」
僕の口から洩れたかすれた声は、地面に落ちてかすれて消えていく。
それでも、例え僕の喉が引きちぎれようとも、もはや叫ぶしか出来なかった。
「やめてくれっ! 母さんを殺さないでくれっ!」
「僕、何でもやる! 訓練でも戦場でもお前らの命令通りに動く! だから……!」
「何人でも何十人でも殺す! お前らのために全部やるから!
だから……母さんだけは……お願いだから……!」
もはや嗚咽すら出なかった。
母はそんな僕を見て、ただ悲しそうに微笑んでいた。
揺れも震えもない。
その目は、まっすぐに僕へ視線を向けたまま。
そんな母の口元が、ふるりと動きだす。
『ごめんね』でも『大丈夫』でもない。
それはすべての言葉を呑み込んだ、誰にも届かない優しさのようで。
ガラスと檻の向こう。母の横に控えた衛兵が剣を鞘から引き抜き、掲げていく。
周囲の軍官たちは、誰一人として眉一つ動かさない。
刃が静かに振り上げられる。
僕は声をさらに張り上げた。
「母さ――!」
その瞬間、母の口が無音で言葉を紡いだ。
『――愛してるわ、リヒト』
ガラス越しの風景、何も僕に、声も音も届かなかった。
それでも、確かに『見えた』
そして剣が、振り下ろされた。
◇ ◇ ◇
その瞬間、僕の中で何かが切れた。
意識が崩壊し別の何かが立ち上がる。
母の死――その一撃が僕の星『ショーネ・マーガ』を覚醒させる。
僕を固定していた椅子の鋼が軋み、手首の革ベルトが弾けて裂ける。
吹き飛んだ椅子の残骸のなかに、僕はただ無言で立ち尽くしていた。
◇ ◇ ◇
軍官の一人が記録を開き、淡々と呟きながら手元の紙に何かを書いている。
「リヒト・フリード。
発現時の状態、視覚確認」
「身長、推定157センチ。年齢に比して小柄で細身。
発現前、体重は軽度の栄養失調症状あり。
発現後、特に変化無し」
「髪は藍銀寄りの淡青色、直毛。変化無し」
「顔立ち整っている。女児と見紛う印象もあるが骨格は小柄ながら男子。
睫毛長め、目元は落ち着きがあり……否――。
――今は、目に変化有り」
もう一人の軍官が割って入る。
「瞳、変色確認。元は灰に近い茶。星覚醒時、赤へ変化。
現在は虹彩全体が赤く、反射光に対して強い収束性を示す。
一部血走り反応有。涙腺反応は……無し」
「――発現時の『赤』は、継続か一時的なものか。
今後も観察が必要だな」
「すでに『人間』の顔じゃない。感情を切って、視線だけが残ってる。
まるで……人の形をした『剣』だな」
周囲の人たちの言葉に感情は無い。
ただ、それは確かに人ではなく『兵器』としての観察だった。
◇ ◇ ◇
『ショーネ・マーガの星』
それが僕の星の名。
己の大事な人が目の前で失われる度に身体能力の上がる、マーガの星。
母の死――それが初めての覚醒。
そしてこれからもまた、大切な誰かを失うたびに俺の身体は力を増すらしい。
感情が剥がれて、記憶が冷たくなる。
代わりに身体が異様なほど冴えていく。
誰よりも痛くて、誰よりも冷たい力。
だけどそれは、僕が欲しかった力ではなかった。
ただ、得させられてしまっただけの力だった。
◇ ◇ ◇
「……確か、残りは妹に弟だったな」
母の処刑、そして僕の身体検査が終わった直後に軍官の一人が、何の感情もなく言った言葉。
「あと二回は強化できるな」
誰も笑わなかった。誰も驚かなかった。
それはもはやただの数字だった。
人間じゃなかった。命でもなかった。
ただの資源であり消耗品。
母を斬った血の付いた剣を、無表情のまま拭う衛兵。
書類を閉じる軍官。無言で退出する記録官。
僕はただその場に立ち尽くしていた。
顔を上げることもなく、声を出すこともなく。
笑わないように。
怒らないように。
誰のことも、大切にしないように。
これ以上、大切なものを作らないように。
それだけが、俺にできた家族の守り方だった。
◇ ◇ ◇
あの日から、僕の心は死んだ。
笑わない目。
怒らない目。
泣かない目。
それは強くなったんじゃない。
『もう誰かに何も奪わせないように』凍っただけだ。
帝国が作った、ただの剣として。
――リヒト・フリード。
それが僕の名、だったもの。
※参考までに。
◇ ◇ ◇
リヒト・フリード(ショーネ・マーガの星の民)
所属国:デオブルグ帝国
年齢:16歳前後
身長:162cm
髪の色:青(短髪)
瞳の色:灰色(死んだような光)
星:ショーネ・マーガ
備考:家族を人質にされ、帝国の戦力強化実験の被験者として扱われている。
※ショーネ・マーガ詳細
恩恵内容:大切な人を目の前で失う度に、能力・肉体が強化される。
発動条件:喪失という極端な感情トリガー




