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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 六章 お前に会いたかった
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第二部 六章3『星流れ、雷撃ち』

 ※リヒト視点――テオブルグ帝国戦船上


 戦船の甲板に、火薬と潮の匂いが満ちている。


 重く響く砲撃音が夜の港を揺らし、静寂を無残に切り裂いていく。

 だが、その砲弾が狙っているのは、港に立ち並ぶ建物ではなかった。

 放たれた弾丸は、的確に倉庫と船着き場の合間――港の平場、石畳の広場ばかりをえぐっている。


 理由は明白。


 帝国の大砲で「マーガの星」を殺すことは許されていない。

 最終的には、この僕の剣、もしくは向こうのアカジャの手で『マーガの星の民』は討たねばならない。


 この大砲の雨はただ脅しとして、港を囲い込み、マーガの民をあぶり出す為の雨。

 同時に、ハン国に向けた帝国の力の見せつけでもある。

 星の民に、港の者たちに『お前たちは包囲された』と、そう告げるための光景。


 甲板の上、マリスはじっと遠くの砲火を見つめていた。

 声はない。だが目元の陰が、夜の光と炎の揺れの中で微かに震えている。

 悲しみを抱えているのが、何も言わなくても分かる。


 ――お人好しだな。


 そう思う。

 無駄な優しさ。だが、この人が傍にいるから、僕はまだ『人』に留まってしまうのか。

 彼女の存在がなければ、僕はとうに感情の死んだ『剣』になれたのではないか。


 くだらない、と自戒し首を振る。

 目の前には何も考えずに放たれる大砲の雨、甲板に伝わる振動だけが現実。


 その時だった。

 自分の『内』に、なにか微かな揺らぎが走る。

 直感――というより、もっともどかしさを伴う、違和感に近い感覚。


 何かが近づいてくる。


 ああ、これまで何度も感じたこの違和感。

 マーガの星同士は引かれ合う。この言葉の示す感覚。


 何か――説明できない同種の存在が、港の向こうからこちらへ進んでいる。

 言葉にするのは難しい。ただ、身体のどこか深いところで、確かに感じる感覚。


 甲板を伝い、隣の戦船の先端に立つ影。

 あのアカジャも同じものを感じ取ったのか、体の向きをぴたりと港へと変える。

 三つ編みの髪が、夜風に揺れている。


 僕は司令官のほうを向いた。


「司令官、砲撃を止めたほうが良い。

 接岸し、僕を下ろす準備を。マーガの星が、こちらへ向かっている」


 司令官は低く息を吐き零す。


「ふん、便利なもんだな」


 皮肉っぽく呟きながらも、すぐさま旗手に合図を送る。

 周辺の帝国船が次々と砲撃を止め、波の合間をぬって接岸の動きを始める。


 夜の静けさが戻りつつある甲板の上で、アカジャの唇がにたりと歪む。

 その顔は、これから始まる『祭り』を待ちわびるような、ぞっとする笑み。


 港の向こうで何かが動く。

 星の民が星の民を引き寄せ、今、戦いが始まろうとしている。



 ◇ ◇ ◇

 ※カイル視点――ノバル・ハン国港


「……逃げるかと思っていたのだがな」


 俺とバラッドに剣と槍を渡しながら、仮面の女がぽつりと呟いた。

 その言葉は不思議と刺々しくない。むしろ、どこか感心したような響きが混じっている。


 確かに、普通ならそうなのかもしれない。

 混乱の中で、自分たちの命の危険と引き換えに、他人を助ける理由などない。

 ましてやリアナもバラッドも、こんな危険の渦に巻き込まれなくてもいいはずだった。


 でも、俺は思う。

 この星の運命が俺一人で背負いきれるものなら、何度でも逃げてやる。


 だけど、現実は違う。


 俺がただ何も考えずに逃げれば、きっとまた同じことが別の場所で起こる。

 新しい土地、新しい人々――誰もが、俺の星の運命に無理やり巻き込まれてしまう。それは、俺にはどうしても許せなかった。


「……すまない、リアナ、バラッド」


 気付けば、そんな言葉が自然とこぼれていた。


 リアナは静かに微笑んで首を振る。

 その顔は不安を隠して、何もかも包み込むような優しさを纏う。


 バラッドは、じっと無言のまま。

 見えぬはずの目で、何か遠くを見透かすように、わずかに虚空を見つめている。


 何か皮肉めいたことでも言われるのかと思ったが、一言も返さなかった。


 拍子抜け、というよりは――

 どこか、違う空を見つめて居るような……。


 俺は雑念を払う様に首を振り、そして改めて、隣に立つ豪華版仮面の女に顔を向ける。


「そこの女、すまないな。俺たちのせいで、港がこんなことになってしまった」


 仮面の女は小さく鼻で笑った。


「ふん、そもそも最初、我々が貴様らを捕らえ、挙句には子種を頂こうとして捕らえた果ての話だ」


「子種はやらんぞ、豪華仮面」


 少し棘を込めて返すと、仮面の下でうっすら笑みが浮かんだのが分かった。


「……生きて帰ってきたら、改めて私の名を教えてやる」


 どうやら彼女なりに冗談のつもりらしい。

 緊張と危機のど真ん中で、思わず少しだけ肩の力が抜けた。


 その時、港のざわめきが一段階強くなった。


 船の進みが変わる。

 砲弾の音が止み、戦船が徐々に港へと接岸しようとしている気配。


 胸の奥に、急激な何かが走った。

 視線を上げずとも分かる――あの船の中に、間違いなくマーガの星の民がいる。


 自分と同じ『引き合う』何か。

 あの夜の恐ろしい直感が、今また全身に染み渡る。

 ふと、先程からずっと黙っていたバラッドに目をやる。


 不意に違和感を覚えた。


 近くにいるだけで、熱気が伝わってくる。

 普段の静けさからは考えられないほど、バラッドの体温が異様に高くなっている。


 歯を食いしばる様に、そして息もわずかに荒い。

 その様子は、何かを必死に堪えているようにも見えた。

 俺は戸惑いながらも、決意を込めて口を開く。


「ここからは、俺一人で行く。リアナとバラッドはここで待っててくれ」


 その言葉に、リアナが驚いたような声を上げる。


「えっ? カイル、どういうこと?」


 しかし、俺とリアナの会話に割り込む様に、バラッドの気配が一瞬ぴくりと動いた。


 その瞬間――鈴の音が響いた。

 耳の奥に突き刺さるような、強い音。


 バラッドが前に出る。

 杖ではなく、槍の柄を何度も何度も地面に叩きつけ、そのたびに鈴の音が強く、鋭く、速くなっていく。


「おい、バラッド、何をしてるんだ。あまり前に出な――」


 言いかけた俺の声を遮るように、バラッドが叫ぶ。




「貴様そこに居るのだな! アカジャアアアアアアアア!」




 叫び声と共に、バラッドは急に突き動かされるように走り出した。


 港を睨むように、戦船の方へ。

 その先端――艦首の上に、何者かの影。


 夜風に三つ編みを靡かせ、褐色の肌に独特の装飾を纏った――

 バラッドとよく似た出で立ちの女が、向こう側でこちらを待っていた。


 以前、バラッドの会いたい者の名……確か『アカジャ・ウブロングロ』


 ――ドージ・マーガの星の民。つまりそういう事か

 船と船の間を繋ぐ板の上を、バラッドの足音だけが鋭く響く。

 リアナが小さく息を呑む気配。


 俺もまた、何もできず、その背中をただ見送るしかなかった。


 すべてが、今この瞬間に向けて収束していく。

 夜の闇を切り裂くバラッドの咆哮が、港にこだまする。


 覚悟と共に、歩んだ港への道。

 しかし、ここで先に動いたのは俺ではなく、サ・ヴァル・マーガの星。

 紅い咆哮を携えた、バラッドが夜を駆けていく。

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