第一章4 『動き出す星々:ヴィエル・マーガの星』
※オルディーヌ・ラディセ視点――レスタリア聖域帝国。
――レスタリア聖域帝国。
神への感謝と花に囲まれたこの国。
そんな国の公爵家に生まれた私は、この光のない部屋に一人、今日も生きている。
私の世界は金属製の仮面、目隠しと耳栓でできている。
仮面で視界と聴覚を塞ぎ、外のすべてを拒むことで――ようやく、私は自分でもここに居て良いと許せるのだ。
本当は喉も潰そうとしていた。
誰の名前を、口にすることすら許されぬように。
だがそれを知った父に止められた。
あのときの涙まじりの父の震える声と、抱きしめる腕の温度だけは今も忘れられない。
鋲打ちされた金属の仮面が私の顔にひやりと触れる。
貴族であるラディセ家の娘として『誰にも見られず、誰も見ない』よう作られた仮面。
聴覚も塞いだこの仮面。
最早、自分の鼓動だけが体の中で静かに反響していた。
息の音すらこの世界では大きすぎる。
まるで私という存在が、世界にとって『異物』のように思えて――自然と自分の呼吸を浅くする。
私が名前を知り、唱え、祈る事で……戦わせてしまう。
だから誰も知らない。私も知らない。
それが、私に与えられた、望んだ『生き方』だ。
◇ ◇ ◇
私が授かったのは『ヴィエル・マーガの星』
前回、56年前のマーガの戦いにおいて唯一の生き残り。
テオブルグ帝国に勝利をもたらしたマーガの星。
歴史家曰く『最強の星』ヴィエル・マーガ。
その恩恵は特異。
マーガの星の民――『二人の本名』を知り、それを唱え、祈るだけで運命はそのふたりを戦場に導く。
望まなくても、抗える事も無く、名前を知り、唱え、祈るだけで二人は出会う。
そして……その私に祈られ、唱えられた、二人のマーガの星の民は、自動的に戦う運命へ誘われる。
私はその星を十二の誕生日に得た。
洗礼の際、光に包まれ、そこから生まれた白い火に胸に触れたその瞬間、何かが私の中に入ってきた。
……あれは祝福なんかじゃなかった。
癒す力でも、支える力、戦う力でもなかった。
それは運命の調停を行う力、だった。
◇ ◇ ◇
「悪意がなくても発動する。
ただそれだけで戦いになる」
私の父がそう言った。
それが呪いを伝える人としての覚悟だったのだと、今なら思える。
私がその時感じたのは恐怖と共に『絶望』
『知ること』が、罪になる。
『口にすること』が、戦い強制する。
『祈ること』が、誰かの死を招く。
だから私は、この金属製の仮面を被る事を選んだ。
◇ ◇ ◇
あれから五年、私の世界は地下室だけとなる。
食事が一日三度届く。それが時間のすべて。
着替えと全身の清拭も日課のひとつ。
定期的に父と限られた側女の手により髪の毛を切られ、爪も整えられる。
貴族の娘として、最低限の体面だけは今も保たれている。
紙も筆もない。
名が浮かんでしまいそうだから何も書かない。
誰にも会わず、誰も知らず――それが唯一のやさしさだと信じて。
「誰にも会わない。誰も知らない。そうすれば私は誰も殺さないで済む」
そうやって、ただ生き延びてきた。
◇ ◇ ◇
けれど、その夜は違った。
目隠しの奥。胸の奥。星が何故か熱を帯び始める。
それは痛みではない。
でも確かに『怖い』と感じた。
脈が速い。心が何かに応じている。
静寂の中で異物のような震えが、私の中で蠢いていた。
胸の星が震えている。
まるで、遠くにある何かに――誰かに、呼応して。
「誰かが……いえ、何かが空へ?」
それは名前でも言葉でもなく、もっと深く、身体を貫く感覚。
私の名を知っているはずがない。私を知っている者など、誰もいないはずなのに。
それでも。この震えは私だけのものじゃなかった。
それはまるで、遠くで誰かが――。
私のマーガの星は、それに応じて震えていた。
誰の名も呼んでいない。それなのにもう、何かが始まってしまっている。
(お願い、やめて……)
私は誰にも触れたくなかった。
何も壊したくなかった。
誰にも選ばれたくなかった。
「私は、誰でもない。だから、私は……関係ない」
けれど――星だけは、そう思っていなかった。
その日、私は仮面の奥で静かに泣いた。
ここは暗い地下室。けれどその夜だけは何よりも世界が怖かった。
誰にも知られていないはずの私が、世界のどこかに呼ばれている。
名を持たぬまま、声も持たず、ただ震える私の胸の内に、誰にも届かぬ涙がひとつ――落ちていった。
その夜、私は生まれて初めて、星に嘆く誰かの声を夢に見た。
名前を知らない誰かの悲鳴が、私の胸に――焼き付いた。
※参考までに。
◇ ◇ ◇
名前:オルディーヌ・ラディセ
所属国:レスタリア聖域帝国
年齢:17歳
身長:163cm
髪の色:紫がかったウェーブロング
瞳の色:紫銀色
星の名:ヴィエル・マーガ
備考:前回、56年前のマーガの戦いにおける勝者の星。しかし今代の彼女は情報を意図的に遮断する為、目隠しと耳栓機能付きの仮面をして暗闇で暮らしている。
※ヴィエル・マーガ詳細
恩恵内容:本名を知り、言葉にし、祈るだけで二人の星の民をめぐり合わせることができる。
発動条件:本人が「両者の本名を知る、声に出す、祈る」ことで可能。
効果範囲:一度に二人/解除不可 何度でも使用可能。世界中のどこに潜んでも名前さえ知ることが出来れば……いずれ巡り合う運命となる。




