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ギグ・マーガの星に捧ぐ唄  作者: 改易庇護之介
第二部 五章 ノバル・ハン国
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◆第二部 五章1『そして星同士は導かれる』

 ※リヒト視点――駐屯地


 軍部の仮設会議棟から、抑えきれない怒号が漏れていた。


「……出航の記録が無い? どこの間抜けが見落とした!」


「証拠はないが、実際に船を使った形跡があると情報班が……!」


 声だけで誰が言っているのか、大体察しがついた。

 詰めが甘いくせに、声だけは無駄に大きい将校たち。

 その集団が今、行方不明になった『星の民』について喧々囂々《けんけんがくがく》している。


 現時点、この大陸内に於いて、残りの四名と思われる資料。

 この手元の資料には、各々の名前と星の種類が明記されている。


 シ・ジョ・マーガの星 :カイル・ノルデイン

 セーネ・マーガの星  :リアナ・フィーネス

 サ・ヴァル・マーガの星:バラッド・ザカリ・ロ

 ナロー・マーガの星  :エディオル・グレイフ


 この四人の星の民が姿を消し、どこかへ向けて出航したらしい。

 そして、その『どこか』が今、誰にも分かっていないのが焦りの理由だろう。


 それにしても、こういう話は本来、絶対に外へ漏らすべきじゃないと思うのだがな。


 それが、こんなにもはっきり仮設とはいえ、テントの外まで聞こえてくるあたり、緊張感の欠如もここまで来ると情けなく思う。


 僕は会議の声を背にしながら、あてもなく駐屯地の敷地を歩き始めた。

 いつの間にか、足は自然と奥の区画へ向かっていた。


 柵。厳重な封鎖がなされた一角。子どもたちが保護され、隔離されている空間。

 そしてその奥、見慣れた背中が見えた。

 長身の女性。銀髪を風に遊ばせ、黒い制服の裾がわずかに揺れる。


 『マリス・ハイデン』

 帝国軍属特設監視官。


 僕の弟と妹の隣で、小さくしゃがみ込み、出来るだけ視線の高さを合わせる様に、そして何かを差し出していた。

 おそらく本かおもちゃか、もしくは菓子のようなものか。


 幼い妹が顔を綻ばせ、何か話しかけているのが見える。

 弟は、控えめにうなずいている。

 その様子に、マリスが柔らかく笑う、ただそれだけの風景。


 ――でも、僕はその場面を遠巻きに見つめながら動けない。

 柵が、目に見えない檻のように思えた。


 あの空間に、僕はもう入れない。何の資格もない。

 どんな理由を作ったところで、今の自分には――ただ遠くから、見つめるだけ。

 笑い声が響くたびに、心臓が軋む。


 家族の声なのに、どこか異国の音のように聞こえた。



 ◇ ◇ ◇


 背後、あの会議を行っていた仮設テントの方向へ足音が向かっていくのを耳にする。急ぎの伝令だろうか、何かまた一つ『動き』があったのか。


「報告いたします!」


 予想どおり、会議用のテントへ飛び込む声。

 その直後、テントの中の空気が明らかに変わるのを感じる。


「サ・ヴァル・マーガの星の潜伏先とされていた灯台付近の森にて――

 トルネア王国所属、ナロー・マーガの星の持ち主と思われる遺体を発見!」


 僕は足を止め、何気ないふうを装いながら耳を澄ませた。


『ナロー・マーガ』確か恩恵を複製する能力の持ち主だったはず。

 あの傲慢な選民思想で有名な、トルネアの貴族だ。


「矢による多重貫通傷あり。矢尻の形状、角度、貫通力から推定。

 サ・ヴァル・マーガの星によるものと判断されます!」


 そして『サ・ヴァル・マーガの星』という言葉。


 この星は、自分で仕掛けた罠により星の命を奪うと、自動的にマーガの戦いに『勝った』とカウントされるという星。


 どちらも何だかんだ面倒な星、そして対峙し、勝ち残ったのは……『サ・ヴァル・マーガの星』という事か。

 テント内の静かだった空気に、またひとつ重石が乗せられたような気配が広がる。


「さらに、周囲の状況から、サ・ヴァル・マーガの星の者は、自身の設置した罠をすべて解除し、灯台を離脱。現在の居場所は不明です」


 つまりそのマーガの星の民は、こちらの動きを既に把握し、そして自分の罠を捨て、姿を消した可能性があるという事。

 そんな決断が出来るほど、冷静に状況を判断し。決断出来る者、ということだ。


「……して、行き先は」


 会議室の奥、聞き覚えのある幹部の声が低く響いた。


「かく乱を狙って何度も進路を変えた痕跡がありますが、一時、我がテオブルグ帝国本国の港に寄港し、物資の補給を行った形跡が報告されています」


 その瞬間、誰かが机を叩く音が響いた。


「ふざけおって……部族の棄民風情が、我が帝国の本国にまで踏み込むとは!」


 怒鳴り声のあとも、テント内はざわめきが止まらなかった。

 帝国の本拠地にまで入られ、物資を買われて、まんまと逃げられた?

 恥ずかしげもなく怒っている場合では無いと思うが。


「なお、その逃亡の際『シ・ジョ・マーガの星』と『セーネ・マーガの星』の資料と一致する出で立ちの二人も確認されたと」


 ……つまり、この大陸で現在行方が知れない三つの星、三人共が手を組み、逃亡しているという事か。


「ただ補給された物資の内容と量から、そして逃亡が三人と想定するに、二週間から三週間の航海を見越していた可能性が高いと」


 そう付け加えた伝令の声が、外にいる俺の耳にもはっきり届いた。

 中で誰かが言った。


「帝国からその日数で寄港可能な候補地をすべてリストアップは済んでいるか?」


「はっ、その日数内で、この国以外で挙げるならば……『ノバル・ハン国』かと」


「……あの引き籠りどもか。良い、急ぎそちらへ向かう手筈を整えろ」



 ◇ ◇ ◇

 ※カイル視点――海上


「つまり、次の目的地か……ふむ」


 リアナが紙の上で指を滑らせながら、難しい顔をしている。

 その表情のまま、静かに言葉を零す。


「昨晩の海路は、正直混乱しっぱなしだったから。

 あくまで想定だけど……この海域にいるはずだよ」


 広げられた地図の端を押さえながら、リアナは指をある一点に差し込む。

 そこは、いくつかの島が点在する、曖昧な水域。


 風が強かった。星も出ていなかったし、舵を握った手もぶれがちだった。

 それでも、目印になった潮流と、風向きと、灯台の記憶。

 全部重ねて、リアナはそこが『ほぼ間違いない』という視線を俺に向ける。


 バラッドは、というと、少し離れた場所で空を見上げていた。


「……そして、残りの資材。積載量、消費速度。日数を逆算していくと――」


 リアナは地図上に、現在位置を指し示す一点を中心に、さっと円を描きだす。


「……現在の物資から、移動できるのはこの半径内、となるわけか」


 リアナは頷く。そしてその指先は円の内側の、ある国へぴたりと指を当てはめる。

 半径内に、ただ一点のみ存在する国。


「……うん。ここしかないと思う」


 リアナがそう告げた先、海図の上に浮かび上がる小さな国の名前。


 ――ノバル・ハン王国。


 円内の群島水域、その国は独自の文化と信仰体系を維持しながら、近年は強硬な鎖国政策を敷いている。


 マーガの星のことも、外の世界も、ほとんどを閉ざすようになった国。

 でも今、俺たちの行き先は、どうやらそこしか残されていないらしい。

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