第二章 第三幕 下 真の友情は
いじめはエスカレートした。私はだんだんと己に対する嫌悪感と金子に対するに怒りの感情を抱き始めた。ここで金子――みのりんと向き合わないと、私が後悔する。その思いを胸にいじめを耐えてきた。だが、もう違う。彼女が私にしてきたことをいい加減報いる時が来たのだ。......。私は今までいじめに耐えられた。陰口を言われても、教科書を隠されても、ノートに悪口を書かれても、下駄箱に悪戯されても、私は耐えた。耐えてきた。しょうがないことだと思っていた。ただそれは、私が今まで受けたいじめの中で、一番許しがたいことだった。
それは11月の出来事だった。私の祖母の形見が紛失していた。茜色の万年筆。いつも祖母が見守ってくれているような気がしたから使っていた万年筆が無くなっていた。最初はどこかに置き忘れたのだと思っていた。机の中を探した。鞄の中を探した。ノートの間も、ロッカーの間も、必死に汗を垂らして探した。床にはプリントが散乱し、私の手は砂やほこりで汚れた。
ない。
翌日になっても、その翌日になっても見つからなかった。胸の奥に、嫌な予感が広がっていった。私は、誰にも言えなかった。祖母の形見だから。大切なものだから。そんなことを口にすれば、また笑われる気がした。だから私は、ただ「万年筆をなくした」とだけ周囲に伝えた。
「ねえ、それってこれのこと?」
そう言ったのは、金子だった。放課後の教室。数人の女子に囲まれながら、彼女は私の机の前に立っていた。その手に握られていたものを見た瞬間、息が止まった。茜色。見間違えるはずがない。祖母の万年筆だった。
「……それ、わたしの......」
「ああ、これ?」
金子はにやりとわざとらしく首を傾けこちらに微笑んだ。
「落ちてたから拾ったんだけど。もしかして、探してた?」
「嘘、盗んだでしょ、返して」
自分でも驚くほど、低い声が出た。金子は笑った。
「なんで?」
「それは、私の……」
「私の?」
彼女は万年筆を指先でくるくると回した。
「これ、おばあちゃんの形見なんだっけ?」
時間が止まったような気がした。
「……なんで、知ってるの」
「前に言ってたじゃん」
金子は笑っていた。楽しそうに。まるで、私がどんな顔をするのか確かめているように。
「大事にしてたよね。毎日使ってたし」
そこで、ようやく理解した。偶然じゃない。落としたんじゃない。誰かが持っていったのだ。そして、その誰かは――。
「……返して」
もう一度言った。今度は声が震えていた。
「嫌」
即答だった。
「だって、面白いんだもん」
金子はそう言って、万年筆を机の上に置いた。そして、わざと床へ落とした。乾いた音が教室に響いた。拾おうとした私より先に、彼女の靴が万年筆を踏みつけた。
「やめて……!」
思わず叫んだ。けれど金子は足をどけなかった。
「そんなに大事なら、ちゃんと守ればよかったじゃん」
その言葉を聞いた瞬間。私の中で、何かが切れた。今までなら耐えていた。陰口も。教科書を隠されることも。ノートに悪口を書かれることも。下駄箱を荒らされることも。全部、耐えた。いつか終わると思っていた。私が我慢すれば、それで済むと思っていた。でも、これは違う。祖母が最後に私へ残してくれたもの。辛いとき、悲しいとき、それを見るだけで「大丈夫」と言ってくれているような気がしたもの。それを、踏みにじられた。私はゆっくりと顔を上げた。金子が笑っている。私はその顔を見つめながら、初めて思った。
――このままでは終わらせない。
怖かった。手も震えていた。それでも、もう逃げるつもりはなかった。私は床に落ちた万年筆を拾い上げる。そして、静かに言った。
「……金子」
「なに?」
「あなたが私にしたこと、全部覚えてるから」
笑顔が、ほんの少しだけ消えた。
「……だから?」
私は万年筆を強く握りしめた。
「私も、もう忘れない」




