第二章 星を喰らう影
森は夜になると獣たちすら息を潜め、ただ冷たい風だけが枝葉を揺らしていた。
リアナは震える足を叱咤しながら、竜の棲むとされる黒き山を目指して進んでいた。
「……怖くなんて、ない」
小さく呟いた声は、かすかに震えていた。
村を出る前に聞いた親友ミラの言葉が、耳の奥で蘇る。
――“竜を信じるなんておかしい。みんなを裏切る気なの?”
裏切り。嘘つき。夢見がちな子ども。
そう言われるたび、胸が痛んだ。
それでもリアナは止まらなかった。
やがて木々が途切れ、視界が開ける。
月明かりに照らされた山肌は黒々と裂け、そこから熱を帯びた風が吹き下ろしてくる。
その瞬間、空気が変わった。
ゴウッ……。
頭上を覆い尽くすほどの巨大な影が、夜空を横切った。
星がひとつ、瞬きの途中で掻き消える。
――竜。
リアナは思わず息を呑んだ。
それは伝承の怪物ではなく、闇を纏う威厳そのものだった。
漆黒の鱗は月明かりを拒み、紅玉のような瞳だけが暗闇の中で輝いていた。
次の瞬間、竜の視線が少女を捕らえた。
まるで心臓を掴まれたような圧迫感に、リアナは立ちすくむ。
けれど――恐怖よりも先に胸に広がったのは、不思議な安堵だった。
(あの目……やっぱり優しい)
声はなかった。
だが、熱のような囁きが彼女の心に直接響いた。
――なぜ、私を追う。
――人の子よ、何を求めてここに来た。
リアナは唇を噛み、両手を握りしめて叫んだ。
「知りたいの! あなたは本当に星を“喰らってる”の?
それとも――みんなを守ってるの!?」
竜の瞳がゆるやかに細まり、空気が震える。
やがて、重く深い声が心の奥で響いた。
――星は墜ちる。やがて大地を焼き、人を滅ぼす。
――私はその炎を呑み、闇に封じている。
リアナの目から、涙が零れ落ちた。
村人たちが恐れていた竜は、滅びを退ける守護者だったのだ。
「やっぱり……そうなんだ」
声は震えたが、胸には確かな確信が宿っていた。
だが竜は最後にこう告げ、翼を広げて夜空へ舞い上がっていった。
――だが、人の欲が炎を呼ぶ。
――いずれ私の力も及ばぬ時が来よう。
消えていく影を見上げながら、リアナは胸に誓った。
「私が、必ずこの真実を伝える……」
少女の想いは夜空に溶け、暗闇の中で一際強く輝いた。




