第30話 とある戦略原潜で
「艦長、集まりました」
「今行く」
ロシアの原潜、原子力潜水艦の中です。
原潜が大きいと言っても、船員みんなが集まれるのは食堂くらいです。分厚い船殻、原子炉、動力室、弾道ミサイルに巡航ミサイル、魚雷、そして核弾頭管理室。ブリーフィングルームのような気の利いた物はありません。
その食堂にどうしても持ち場を離れられない船員以外が集まっています。食事も交代で取りますからね、士官以外は立っています。
「良く集まってくれた。上からの命令を伝える」
『気を付け』が掛かっているわけでもありませんからね、衣ずれ何かは聞こえますが、無駄口を叩く人はいません。
全てが極秘任務の核弾頭搭載原潜で、みんな集めて上からの命令を伝える何て、前代未聞、空前絶後のことです。まあ、今世界中の核弾頭搭載原潜で似たような状況にあるでしょうが。
何ってたって肝心要の核弾頭が無くなっちゃいましたからね。
「我々は、弾道ミサイル打ち上げ体制、受信体制を維持したまま、津軽海峡を東進、アリューシャン列島南方に至る。手の空いている者から順次動画を見てもらう。ここと娯楽室に準備させた。それを見た者から順次、ダンジョンを探れ。以上だ。特別に質問を認める」
ザワつく中で、明白に顔を歪め下を向く参謀とスパイ(GRU)達。わけが分からんとばかりに口火を切ったのは機関長でした。
「どう言うことですか」
「正直に言うと分からん」
「それじゃあ話になりません」
「分からん物は分からんのだが。状況を説明させよう。参謀」
「……はあ」
押し付け相に負けた下っ端が立ちました。
「アメリカ大統領が核兵器の喪失を認めました」
「「「「「「「「何だと!?」」」」」」」」
静謐を求められる潜水艦で怒号が飛び交う何て前代未聞ではないですか?
ようやく抑えたところで追撃です。
「全世界の核兵器の喪失を祝ったそうです」
「「「「「「「「バカな!?」」」」」」」」
またしても怒号が飛び交います。
「それじゃあ俺達の存在意義は無くなったのか」
「全てでは無いですが、大戦略的には無価値です」
今度はみんなで言葉を交わしています。
「ダンジョンとは何だ」
割って入ったのは、艦橋に残っている副艦長です。当然、艦橋とか機関室とか、通信回線はオープンです。
「核弾頭を飲み込んで居座っているあれです」
「あれは日本の神門ではないのか」
「日本の陰謀か! どうやったんだ!」
「少なくとも、日本政府の陰謀ではない。それなら、奴らはサハリンとクリルを奪っている」
「クソ、北海道だってロシアの物なのに」
無茶苦茶言ってますが、核弾頭搭載原潜何て大ロシア主義の巣窟ですからね。
「それで、ダンジョンは日本が作ったのか」
副艦長の冷静な問いに、若い参謀は首を振ります。
「……分からない。少なくとも私には、あんな事が人間に出来るとは思えない」
「どう言う事だ」
「大統領の犬がダンジョンに喰われた」
「「「「「「「「何だと!?」」」」」」」」
「静かに!!」
艦長の叱責です。そして続けます。
「国営テレビの映像を見せやれ」
何人かを移動させて映写線を確保、映写機をスイッチONして、ノートパソコンで上が送って来た映像を再生させます。
光と伴にマリウポリの製鉄所を飲み込んで出現した巨大なゲート。泡を吹きながら攻撃を命令するチェチェン共和国首長。首長の私兵団による一斉攻撃。全く無傷の巨大ゲート。辺り一面が淡い光に包まれ、空中に出現した無数の極小さなゲート。そのゲートから溢れ出るピコピコ動く銀色の小さな人形達。その人形に集られ溶ける様に消えて行く首長と私兵団。ついでとばかりにに消えて行く軍装備。ゲートに消えて行く人形達。人形が消えると共に消えて行く小さなゲート。残され、唯々神に許しを請うテレビ局リポーターの泣き声。
誰も何も言いません。固まっていると言うのが正解ですが。何とか口火を切るのは機関長です。
「艦長、何の冗談だ」
「事実だ。今の巨大ゲートが赤の広場に立っている。我々は核弾頭を奪われた。現実だ」
沈黙が支配する、と言うのはこの事ですね。重い、重いです。
次は魚雷部門のトップです。
「他に映像があるのか」
「ある。参考と言う宇宙ステーションからの映像と、国営テレビが撮った各国の巨大ゲート。そして、本命だと言う『女神降臨す』と題された映像だ。これは長いので、我々もまだ見ていない」
「見ろと言うんだ、このまま見てはどうか」
機関長、素早い提案です。
「良いだろう。始めは短編を流す。その間にトイレを済ませておけ。本命は四時間だ」
即決した艦長が、副官に合図して直ぐに始めます。
原潜を支配しているのは、戸惑い、でしょうかね。まあ、あんな物見せられても現実感は湧きません。
艦内に居座るあの忌々しいゲートが無ければですが。
口火を切ったのは機関長です。
「それで艦長、これはどう言う事だ」
「分からん。分からんが一つ分かった事もある」
「それは何だ」
「今回の任務の表側だ。フン。我等が大統領は核兵器喪失を認めない。アメリカ合衆国西岸で核危機を演出しろと言う事だな」
「出来るのか」
「我々がそれを演じる事は出来る。それをどう取るかはあちら次第だし、大統領次第だ」
まあそうですよね。
「とりあえず通常シフトに戻す。新しいシフトを早急に作れ。厨房は、今日の所は早く準備出来る物にメニューを変更しろ。ダンジョンは俺と副艦長で先に入る。映像を信じるならば、六階まで降りるだけなら問題無い。各長は残れ。解散!」
そうして、今、艦長と副艦長、スパイ頭がダンジョンに入ります。スパイ、要するに共産党政治局員から姿を変えた情報部員ですよ。
さて、三人して入ります。
マリンリゾート。サーフィンしたくなるビーチに珊瑚礁、おまけにヨットハーバー。
スノーリゾート。スキー場は当たり前、スケートリンクにジャンプ台とハーフパイプ、さらにはリフト設備。
ハイキングコースinアンデスandシェムリアップ(カンボジア)。ウォーターリゾートに山岳鉄道。
ハイキングコースinここどこ? ベリーの林にリンゴ園、イチゴ畑にスイカ畑だってあります。
リゾート開発出来そうな草地with湖沼。まあ、スイスみたいなとこです。ご丁寧にコテージが建っています。
嫌な感じがしますね。
『ダンジョンは我々を堕落させようとしている』
失礼ですね。過酷な閉鎖空間で生活する人々を全力でもてなしているだけですよ。
「率直に聞く。ここに入れて大丈夫か」
「ダメだろう」
「正気を保っていられるとは思えない」
まあ、ロシア人は辛いことへの耐性は高いですが、楽しいことへの耐性は低いからね。だから刹那的とか言われるんですが。
「入れないのか。ダンジョン探索も命令されているが」
スパイ頭が頭をかきます。
「まずは6階まで降りましょう」
「良いだろう」
三人して6階に降ります。
そこは『あれ、5階か』と言う感じの草地ですが、大きな湖はありませんし、コテージもありません。そこら中にいるのはヒツジです。子連れの雌がほとんどですが、雄もわずかに見えます。あれは牧羊犬、ボーダーコリーですかね。
「あれを5階に連れて行ったらどうなる?」
「おお、私も興味がありますな」
「大丈夫ですかね?」
「スパイは見ていろ」
近づくと襲って来た雌を抑え込んで二人で持ち上げると、仔ヒツジが頭突きして来ます。でも、カワイイって抱きしめたくなる事はあっても、痛くも痒くもありません。そのまま5階へ連れて行き解き放つと、こちらに構う事なく草を食みます。
「これ犬ならどうなりますかね」
「やってみよう。スパイ、ベルトを貸せ」
訳が分からず嫌がるスパイ頭からベルトを取り上げ6階に降ります。
副艦長が上手く釣って来て、入れ変わり様、それ『輪』だけ通したベルトで口を封じます。そしてそのまま前脚を縛ります。おお、どこのカウボーイでしょうか。鮮やか!
ケイケリして来る後脚を副艦長が持って5階に運びます。そして、解放です。
クウーン
お腹を出してボーダーコリーが甘えます。まさかの甘えん坊さん、思わず撫でくり回す艦長と副艦長です。
それ行ってこいとワンコを送り出してから、
「「餌あるよな」」
と目を合わせて、ネズミってどこにいるんだ、とスパイ頭を見ます。
「スロープの上です」
スパイ頭に導かれ、6階へのスロープの上でウジャっといるネズミを見て、これなら大丈夫と安心する艦長と副艦長、苦虫をかみ潰すスパイ頭。
それで本題です。
『彼奴ら入れて大丈夫か』
まあ、初めから答えは決まってるんですけどね。
『大丈夫な訳がない。だが、命令はダンジョン探索だ。大体、もう公表した以上、ダンジョン進入を禁止など出来ない』
三人の共通認識です。
「武器らしい武器がほとんどないが」
「整備工具でしのげば良いだろう。そのうち、ダンジョンスマホで買えば良い」
「そのスマホですが、ここは過酷辺地ダンジョンだそうで、物価が安いです」
「良いではないか」
「サーフボードが一万DPで買えてもですか。スキー板はもう少し安い」
「手頃な目標だな」
「ダンジョンの中でRPGが成立します。それも生身で」
「……どれだけ残ると思う?」
「三割が良い所でしょう」
「ダンジョンから引きずり出せばどうなると思う?」
「さあ、ただ私はやりたくありませんね」
「…シフトに戻れと命じても大丈夫だが、引きずり出すのはまずいか」
「おそらく」
「ここだけの話だぞ。特別軍事作戦はどうなる」
「ミサイル攻撃や航空爆撃は出来なくなると思います。女神が紛争地には小さいダンジョンをばらまくと言っています。下手すると、戦車砲も使えないかもしれません」
「小銃で撃ち合う位しか出来ないか」
「少なくとも一時的にはそうなると思います」
「…まずいな。巻き込まれない様に立ち回らんとな…」
二人もうなづきます。
「よし、こうなったら、津軽海峡以降、浮上航行しよう。様は危機を演出したいんだ、派手に目立ってやろう。そして、熱りが冷めた頃に戻れば良い」
「さすがにそれはどうかと」
「おそらくはそう大した事にはならんだろう。ダンジョンスマホと指令部を繋がんとな」
「それは興味がありますね」
「ダンジョンを探れと言うんだ、探ってやろう。ダンジョン優先のシフトに変更しよう」
「大丈夫ですかね」
「命令は守っている。それに、最悪ダンジョンに籠もれば良い。情報収集だけはしっかりとな」
艦長は二人を見ます。
副艦長は、よしそうしよう、と言う感じ。
スパイ頭は、良いのかな、と消極的支持と言った感じ。
「バカンスモードで行くぞ!」
「「おお!」」
以外とノリが良い。
しかしこれは、最初にダンジョンにやられたのは艦長、と言う事ではないでしょうか!




