第53話 マイティガールズ・フロントライン
スラムの北側。市街地に程近い地域に、その酒場はある。
翌日の早朝、話し合って決めたメンバー……アントニオ、ソニア、リアン、そしてアランの四人で酒場へと向かった。
「わ、懐かしい」
店の前に立った時、ソニアが言うのでアランは怪訝な顔をする。
「何、知ってんの」
「うん。お父さんに拾われて、初めて来た場所がここだもん。そっか、アラン君はここの人だったんだ」
「……そう」
ローエンの話をすると、アランは露骨に不快な顔をする。彼は一番に酒場のドアを潜った。
「……あ」
入ってすぐ、アランは立ち止まる。早朝のために客のいない店内。ソニアが何かと思って奥を見ると、店主がカウンターの向こうで固まっていた。
「────アラン」
「……あ、えと、その」
アランがたじろぐ姿を、アントニオもソニアも、そしてリアンも初めて見た。彼は俯いて、店主から顔を逸らすと小さな声で言った。
「……ただいま、親父……」
*
五人はテーブル席に座った。その上には店主が出してくれた水のグラスが並んでいる。
「……どうしてあんたがアランと」
店主はそうリアンに尋ねた。リアンは肩を竦めた。
「色々あってね」
「いや、そうか……あんたたちコイツを探してたな」
「ん?」
リアンには覚えのない話だ。なぜそれを店主が知っているのか……訊ねる前に彼が言う。
「前にあの男がここを訪ねて来た。アランを知らないかと」
「親父、あいつに話したのか」
「いいや、俺もお前がどこにいるのかは知らなかった。だから何も話しちゃいない」
と、店主は息子の方を見た。
「お前、あんな啖呵切って出てって、どの面下げて帰って来たんだ」
「う……うるさい。でも、こいつらがマフィアを追い出してくれるって言うから……」
と、アランはアントニオの方を見る。いつもの堂々とした姿はどこへやらだ。父親の前では普通の子どもだ。
「ええと……」
「エドガー。エドガー・ジェフリーだ」
「あ、アントニオ・レイモンドです。ジェフリーさん。俺たち、スラムの再興を目指してて……」
「再興? 無理だそんなもの」
ピシャリと言われる。萎縮したアントニオに、エドガーは続ける。
「一度廃れたものはそう簡単には戻らない。俺だって……抗って来たが。市街が旧市街になる前から、ずっと頑張って来たが、見ろ。店はこの有り様だ」
「ジェフリーさん……」
「俺は親父から継いだこの店を守れれば、それでいい。店が続けられればなんだって……」
「親父」
ガタ、とアランが立ち上がる。その目には怒りと悔しさが滲んでいた。
「本当にこのままで良いのかよ。金が入れば何だっていいってのか。アイツら、俺は嫌いだ。俺たちに暴力振るうし、皆んなのことも傷つける。親父はあんなのに屈したままでいいのかよ」
「アラン」
「俺がなんで出てったか分かるかよ。あんたは俺を、俺たちを守っちゃくれない。だから自分の手で守ることにした。クソどもに媚びへつらって、情けねェよ。ここはもっと……そんな場所じゃなかった」
アランはストンと再び座る。そしてどこか遠くへ目を遣る。
「……もっと、明るい場所だった。皆んな金ねーのに、やって来て、酒飲んで飯食って。俺はあの雰囲気が好きだったのに……神父さんがいなくなって、アイツらが、来て。何も知らねー奴が踏み荒らして……」
「…………」
「マフィアがなんだ。ほんとは、俺が全部……ぶっ飛ばしてやりたいけど」
と、そして彼はリアンの方を見た。
「下手に手ェ出しゃどうなるかくらい分かってる。どん詰まりなんだよ。俺も親父も、どうしたら元に戻せるかなんて、分からない」
アランはアランなりに悩んでいたのだ。そして怒りを抱いていた。スラムを食い潰す大人たちに、そして店をこの状況に追い込んだローエンに……。
「……ジェフリーさん、このままでいいなんて、思ってないでしょう?」
アントニオが改めて問う。エドガーは目を伏せた。
「……思ってるもんか。毎日苦しい。だが奴らを追い出すなんて、無理だ」
「一緒に考えましょうよ。俺たちなら多分、力になれる」
「お前……多分とか、あまり無責任なこと言うなよ。綺麗事には飽き飽きだ」
アランはそう言ってため息を吐く。うぐ、と言葉に詰まるアントニオの横で、ソニアはうーんと考える。
「元の状態に……前は、何で寄り付かなかったんだろ?」
「決まってるだろ。世にも恐ろしい“守護者”の縄張りだったからだ」
アランが言うとリアンが腕を組んで続ける。
「魔王に飼われた魔物たちが……全部追っ払ってたんだよ。というか、都市伝説的に染み付いた恐怖、というか。神父のことを知ってる賢い奴らは、ハナから近付かなかった」
「たまに来たバカを、アンタも追い払ってくれてたな」
「……いや俺は全然……」
ジェフリーに言われて、リアンは縮こまる。そう言えばはっきりとした身の上をソニアたちには話していなかった。気まずい。
「────リアンさんってもしかして……」
「う。……まぁあの、大体察して下さい……」
ローエンに育てられたのだから大丈夫だろうとは思う。だが自分から話すのは気が引ける。
「ともかく。要するに武力によって抑えてたんだ。だがそれがなくなった。……“悪魔”は健在でも……彼はここに寄り付かなくなったし、俺も一人じゃ大したことは出来ない」
「悪魔ももういないし」
アランが付け加える。リアンは口を結んで固く頷く。
「……今のところは。それで歯止めが効かなくなった。我が物顔でマフィアはスラムを闊歩し、そして今度は今まで訪れていた普通の客が寄り付かなくなった……」
「じゃあ……どうするんだ」
アントニオが問うと、リアンは肩を竦める。
「簡単な話だ。ここに再び有効な武力を置く」
「つまり?」
そしてリアンはにやりと笑って、テーブルの中央を指差した。
「────今のスラムには何がある? こう言う時こそ正当な武力────国家権力の抑止力様の出番だ」
*
「へえ、マリーちゃんこの店来たことあるん」
「うん。ちょっと取材で来ただけだけど……何か注文するのは初めて!」
「ほーか、なら良かった」
昼前に現れたのはフィンリーと、アナスタシアとロジー……そしてハイデマリーだった。全員私服である。テーブルを囲んで今はメニューを見ている。
「……なんでマリーさんも?」
リアンが訊ねると、顔を上げたフィンリーはサングラスを直しながら答える。
「なんでって。ダミヤくんにアンタが『いい店あるから来い』って言うたんやん。で、オフのウチらで行こかってんで……女子会のノリになってマリーちゃんも来るか言うたら行くって言うから」
「いや! てかそうだよダミヤは?!」
「今日はダミヤくんとエリオくんが当番や。やから行かれへんし代わりに行ってきてって」
「いや仕事ではあるんだけど……一応」
「しばらくは駐在所を空には出来へんやろ。まー、ええねん、女子同士水入らずのランチなんやからおっさんはシッシ」
「……まぁここにいてくれたらそれで良いっちゃ良いんだけど……」
ハイデマリーはここがどんな場所か知っているはずだ。それでのこのことついて来てこの様子である。本当に肝が据わっている。
「あ、ソニアちゃん、ソニアちゃんもおいでーや。奢るでー」
「え、いいんですか」
四人席に一つ席を持って行って、ソニアも席に座った。自由である。
「……彼女たちは?」
様子を見てやや呆気に取られていたエドガーが、カウンターの方へ戻って来たリアンに恐る恐る訊く。
「警察官だよ。……あの小さい子は違うけど……」
「あぁ、前に一度アンタらと一緒に来た子だろう。記者だったか?」
「そうそう。……彼女が来るのは想定外だった……」
そう言うリアンの横で、エドガーは彼女たちを見つめて呟く。
「……スラムに警察が……」
「十年前からいたよ。でも、最近ようやく駐在所が出来て。知らない?」
「そういえば、奴らが最近そんなことを騒いでいたような……」
「ま、つまり効力は抜群だ。……制服姿で来てもらったほうがいい気がするけど」
「すんませーん、注文!」
「あぁ、はい」
エドガーがそう答えて動く前に、カウンターの前でじっとしていたアランが歩いて行く。
「何。アンタが受けんの」
「ここ俺ん家。元々は手伝ってたんだよ……ほら注文」
そう言ってメモとペンを出すアラン。ふーん、とフィンリーは頷いて皆の注文を順にした。
そして彼が父親と共に奥へ消えてから、フィンリーはリアンに訊く。
「でぇ、なんなん? アランの実家で大体察しやねんけど」
「あ、フィンちゃん。このお店はね……」
ハイデマリーが以前自分が見たことをフィンリーに話す。ふむふむ、と聞いていたフィンリーは、突然リアンをキッと睨んだ。
「マリーちゃんを危険な目に遭わせたんか!」
「いや、彼女の意向で……きちんと守ったよ、ローエンが」
「そうだよ。私が入りたいって言ったの。リアンさんも庇ってくれたし」
「……ほーん。なら連れて来るべきやなかったな……」
「何で? フィンちゃんが守ってくれるでしょ?」
「当たり前や。アンちゃんもロジーちゃんもおるしなんも怖ないで」
そしてフィンリーはソニアの方を見る。
「……トニー君とソニアちゃんがいるいうことは、AFT絡みやな、当然」
「はい。ええと……このお店をなんとか助けたくて」
「この店にたむろしてるその連中は何者なん?」
「ナサリオの下っ端だよ」
リアンが答える。するとアナスタシアが苦い顔をした。
「最近よく聞きますね、その名前……」
「しょーがない。今現在のスラムにおける最大の敵や……そうか。ここを集会所にしよるわけや」
「それで……そうなってから常連さんが来なくなっちゃって。お金は入るけど、横柄な態度が目に余るそうです」
ソニアがそう捕捉する。フィンリーは目を瞑る。
「んー。なるほどなぁ。そんでマフィアの下っ端を追い出して、常連たちを呼び戻そう……いうわけやな。ま、確かにマフィアの集会所なんて健全やない。けど、お得意の暴力で追い出せるほど、相手も生温ないいうことや」
と、フィンリーはリアンへと目を向ける。リアンは目を細めた。
「何で俺を見る……まぁ以前はそうしてたけど。いや……待って、そういや既に俺たち手ェ出しちゃったな」
ハイデマリーの護衛の件だ。あれは先に向こうが手を出してきたのでやり返したまでだが。ローエンが。
「……“悪魔”の名はまだ使えた……ローエンがいれば手っ取り早いんだろうけど」
「不健全過ぎるわ! それやったらウチらが顔利かしてた方がええ」
「そういうこと……」
「ま、ここの常連になるかは料理の出来次第ではあるけど」
それはある程度リアンが保証できる。だが、先入観のない感想は大事だ。
*
「はー! いや、なかなかイケるな」
「はい、美味しかったです」
運ばれて来た料理を食べ終えたフィンリーたちは満足気だった。皿を下げるアランに、フィンリーは言う。
「また来たるわ。スラムの中で飯食えるのは便利やし」
「そりゃどーも」
アランは目を細めて答える。フィンリーも素直じゃない。
「店主さん。ここのお店、記事にしても良いですか?」
「え」
にこりと笑ったハイデマリーの提案に、エドガーは戸惑いを見せる。
「勿論、今すぐにとは行きませんけど。編集長にも話を通してからですが、スラムの特集を任せられているのでそこはあまり心配ないと思います。それで、何回か通ってから……いくつかお料理を記事で紹介したいと思って」
「……ほ、本当に……?」
「あのチンピラさんたちを追い出したら、今度はお客さんを集めないとでしょう? お手伝いさせて下さい」
スラムに舞い降りた天使だ。エドガーにはそう見えているに違いない。リアンはフィンリーの方を見る。
「……マリーさんを連れて来たのって、この為?」
「なーにが、ただウチは女子会に誘っただけや」
そう言って、彼女は肩を竦めて見せた。食えない女だとリアンは思った。
────と、その時だった。突如、酒場のドアが乱暴に開かれた。
「……おう、何だ店主。今日は大繁盛だな」
「…………!」
エドガーの表情が固まる。厨房から戻って来たアランが目を細める。リアンは入って来た男たちの顔には見覚えがあった。
男たちはフィンリーたちのテーブルの横に来ると、先頭の男がドンとそこへ手を置いた。
「悪いなお嬢さんたち。ここは今から貸切だ」
「あん? ウチらが先におってんけど」
「口答えすんのか。今から貸切だっつってんだろ」
と、男の目がハイデマリーを捉え、そして笑う。
「あれれ、お前はあん時の」
「覚えてくださってるんですか? またお話聞かせて下さいね」
怯まずに笑みを返すハイデマリー。男は嫌そうな顔をした。
「────相変わらずイカれてやがる。ほら、分かったらどけ、邪魔だ」
「あ、兄貴兄貴、あれ」
「あ?」
後ろにいた男がちょんちょんと肩を突き、カウンターの方を指差す。そこにいるリアンとバチリと目が合って、男は思わず後ずさる。
「お、お前は!」
「あ、どうも。その節は」
「……って、何だ、お前だけか……今日はいないみたいだな奴は」
「あれ? これ俺ナメられてる感じ?」
それは少し癪である。彼らが恐れているのはローエンだけということか。
男は息を吐くと、店にいる邪魔者たちに向けて言う。
「ほら! さっさと退け! 痛い目見てェか!」
「うーん、脅しか。ええんかなそんなことして」
「あ?」
フィンリーはスックと立ち上がると、警察バッヂを見せた。
「こういうモンやけど。……今すぐしょっ引いたろか?」
「なっ……サツ……?!」
アナスタシアとロジーも立ち上がる。フィンリーは不敵に笑う。
「どーする? 大人しく引くなら見逃してもええけど」
男たちはどよめく。彼らも駐在所のことは認知しているはずだ。しかしこれまでの態度の大きさを見るに、実際警察を目にするまで実感としての危機感はなかったようだ。
リーダーらしき男はしばらく引き下がるべきか悩んでいたようだが、相手が全員女であることに気が付いてか、ハッとして前のめりになる。
「クッ……サツがなんだ! このスラムでお前らに何が出来るってんだ! 出しゃばってんじゃねェよクソアマが……!!」
殴って来た拳を、フィンリーはひょいと避ける。そして部下二人を横目で見る。
「あぁ。こらアカン。公務執行妨害やな?」
「そうですね、捕まえますか」
アナスタシアが胸の前で拳を握り締めて頷く。フィンリーは再び殴って来た男の拳をパシリと片手で受け止めると笑う。
「話聞けへんな。正当防衛でやらしてもらうで」
「ぐっ……お前らやっちまうぞ! ぐあっ、ぎゃ……!」
「あ、兄貴! クソ!」
フィンリーに拳を握り潰されて崩れ落ちる男の後ろで、下っ端たちが戦闘態勢を取る。お、始まるぞ、とリアンはそそくさとエドガーをカウンターの裏に隠した。
「クソナメた態度取ってんじゃねェぞこのクソアマ共がぁ!」
「クソクソ言うて語彙力ないんか」
フィンリーがそう呆れたように言う。襲い掛かってくる男たちへ、アナスタシアとロジーが立ち向かう。彼女たちは次々と投げて行く。店の中に床板の軋みと男たちの悲鳴が響いた。
その様子をカウンターの裏から覗いていたリアンとエドガーのところに、アントニオもそっと隠れに来た。怖い、という感情が顔に滲み出ていた。リアンは見ていてちょっと楽しい。さらにあとからコソコソっと走って来たハイデマリーがカウンターの陰から興奮した様子でカメラを構えた。
「……記事にしないでね?」
「フィンちゃんの勇姿の記録です!」
あれ、そういえば何か忘れているような、と思った先で、後ろから捕まえられたソニアがぐるりと男を投げ飛ばしていた。彼女に何かあったらローエンに殺されるが……フィンリーたちに乗せられてか、ソニアは好戦的な顔をしている。あの程度の相手なら多分心配いらない。ここは自分が出しゃばるより彼女たちに任せた方が良いだろうと、そう判断してリアンは引っ込む。
ばったばったと薙ぎ倒される男たち。店内は死屍累々という感じだ。と、店の入り口の方にいた男が突然、銃を取り出した。
「……死ね!」
「!」
誰も届かない。照準は────ソニアだ。
「ばっ……!」
リアンが投げナイフを取り出すより早く、銃声が鳴り響く。血の気が引いた。だが、打ったのは男ではなかった。
男は銃を取り落とす。そこをフィンリーが素早く取り押さえた。そして顔を上げると笑う。
「ふう。ナイスやでアンちゃん」
硝煙の上がる銃を下ろして、アナスタシアは息を吐くのだった。
#53 END




