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Strain:After tales  作者: Ak!La
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第44話 目醒めと契約

 ────男は目を覚ました。何度か瞬きをして────右目しか見えていないことに気が付いたが、そんなことよりも徐々に巡り始めた思考の中で、今、こうして目を覚ましたことに絶望した。

 がば、と体を起こして首を抑える。胸の痛みと首の痛みに呻いた。放した手を見る。腕に包帯。両腕ともぐるぐると巻かれていて、体も裸体に包帯が巻かれている。徐々に全身がズキズキと痛み始める。ふと、被せられていた薄汚れたボロ切れに目が行く。下も何も着ていなかった。下半身にも手当が施されている。

「…………何で」

 辺りを見渡す。寝ていたここは古いベッドのようで、シーツも薄汚れている。やたら固いマットから足を下ろす。床はコンクリートだった。なんなら壁も床も質素なコンクリートだった。天井には割れた蛍光灯があり、埃に汚れた曇りガラスの窓の前に鉄製のデスクが置かれていた。机の上は整然としていて、空の椅子に主の存在を感じさせた。

「……スラムなのか? ここは……」

「スラムだよ」

「!」

 ややざらついた男の声がして、驚いて振り向いた。ドアにボサボサの癖毛の男が立っていた。薄汚れた白いコートを纏った彼は、革靴の音をさせて部屋に入って来た。

「まさか目覚めるなんて。五日も起きないんで助けてはみたがダメかと思ったよ。新薬が効いたようで何よりだ……」

「…………誰だ、あんたは」

「おれか。おれは……ファウスト。Dr.ファウストと呼んでくれ。それ以上の名は捨てた」

 ドクター、と名乗るからには医者なのだろうと思うが、それにしても小汚すぎる。第一、スラムに住んでいるなんて。

「……正規の医者じゃないな」

「元正規さ。今は剥奪された身だけどな。腕はいいぜ? 瀕死のお前さんを回復させたんだからな」

 そう言って、ファウストは四角い眼鏡をクイと上げて不敵に笑った。その三白眼をじと、と見つめていると彼は口をへの字にした。

「なんだ。折角苦労したのに助かりたくなかったって顔だな」

「…………わざととどめを刺されたのに……」

「へえ? お前さん死にたかったのか。ま、とどめにはなってなかったけどな。おれがお前さんを見つけた時にはまだ息があった」

 ファウストはからりと音を立ててキャスター付きの椅子に座った。

「まぁ……確かに致命傷だったがな。丁度俺が開発した新薬があったもんで……実験台になってもらった。それで回復したら儲けもんだと」

「実験台……?」

「死にたかったんなら文句はねェだろ。それに実験は成功だ。その包帯取ってみろ」

「…………?」

 指を差された胸の包帯を外してみる。その途中で、ファウストはコートのポケットから出したアンプルを振って見せる。

「俺はな、薬ばっか作っててよ。ネズミで実験しながら色んなモン作ってたら……追い出された。医師免許も剥奪だ。まぁおれは研究の方がしたかったから構わねェが」

 包帯を取った胸を見て、ファウストはニヤリと笑った。そこにはすっかり塞がった傷痕があった。驚いてその後を撫でる。

「……刺された傷……」

「心臓はギリ外れてたがな。その上からさらにバッサリ……からの首か。相手は相当やれる奴だろ」

 その言い草に、何か引っかかって顔を上げた。

「…………あんた、俺のこと知ってるのか」

「ん? あぁ知ってるよ。おれがスラムに来たのはそう……15年ほど前かね。だから、知ってるさ」

 そう言ったファウストの三白眼が笑う。

「知ってたから助けたんだ。利用価値があるものしかおれは拾わない。なぁ、世にも恐ろしきスラムの番犬、“悪魔のローエン”よ」

「!」

 ────男───……ローエンは、隻眼を細めて手を下ろした。その剣呑な気配に、ファウストは両手を上げる。

「待て待て。悪いようにはしない。……まぁまずは新薬の実験台になってもらったわけだが……痛むか? 体は」

「……痛いな。これは何だ。やけに皮膚が引き攣ってる感じがするが……」

「まぁ────急速に再生させたからな。まだ薬に適応し切ってないんだろうな、体が……」

 と、アンプルを見つめるファウスト。ローエンは耳を疑った。

「なん────」

「なんてものを体に入れたんだ? いいじゃねェか、これからお前さんは怪我してもすーぐに治る体を手に入れたんだ。ま、怪我が大きいほど再生の負荷もデカい……寿命が少しずつ縮んで行くが」

 自身の体を見つめる。ハッとして背中の傷に手を遣る。こちらも塞がっていて糸も外れていた。

「……あぁそれか。縫ってあったな。意外とお前さんみたいなのでもしょっちゅう刺されんだね。薬を打ったらまずそれが一番に治った。糸は自動的に排出されてた」

「────」

 信じられない。しかし現に傷は痕を残しながら治っている。首の包帯も取り払う。ざっくり切れた痕が触って分かるほどにある。

「……そんな魔法みたいな…………」

「魔法じゃない。科学だ。まぁ、こんなもの作ってるから追い出されたんだが────」

 ギ、と軋む椅子の肘置きにファウストは寄りかかる。

「────その薬が治すのは傷だけじゃない。失った血液も再生する。失血の速度に再生が追いつけば助かるって寸法だ。まぁ、それが一番体への負荷が強いわけだな。縮む寿命は……マウスでしか実験してねェから何とも言えねえが……」

「…………再生を続ければ、いつかは死ぬのか」

「そうだな、現状は。おれの今の力じゃこれ以上の改良は厳しいかもな。これでも15年かけた成果だ」

 思い返すように、ファウストは頬杖をついて床の方を見ていた。彼はずっとこの場所で一人研究を続けて来たのだろう。こんな、危険で物資も碌にない場所で…………。

 好き好んで来ている彼は、自由に街と行き来出来るのか。そもそも彼はどうやってここでここまで無事に過ごして来たのか。スラムという状況……それから、自分が倒れていた場所と怪我の状況から合わせてここは南部の地区だろう。

(……このおっさんも魑魅魍魎の類ってことか……)

 そう思うと、彼の見え方が少し変わって来る。単なる変な医者ではなく、ここで生き抜く力を身につけた強者。一体何を隠し持っているのか……。

「で、どうだお前さん。おれと手を組まねェか」

「え」

「大事な実験サン……いや、貴重な戦力というか用心棒というか。おれはその辺のゴロツキから色々拝借して暮らしてるんだけどよ……銃弾もタダじゃねェし苦労してんだわこれが」

「…………」

 最初の言葉は聞き捨てならないが。思っていたより平凡なのか。

「俺のメリットは?」

「……帰るところがあるのか? お前さん」

「…………」

「死ぬつもりだったってことは、そういうことだ。お前さん、元いたところに戻るつもりがないんだろう」

 ────図星だった。あの場で終わるはずだった。自分がいると、アランたち自警団との和平は進まなかった。それに、自分がいるとまた何か、よくないことが起こるような気がして。

 ……リアンたちは、上手くやっただろうか。それだけは気掛かりだった。だが、今どんな顔をして戻ればいいのか分からない。家族にも、大変な心配をかけてしまっているだろうが────。

「だからここにいればいい。なあに、お前さんならここでも上手くやっていける。おれもそろそろ話し相手が欲しくてよ」

 ファウストの顔を見る。現状、どうすべきかを考える。勿論、帰れるなら帰るべきだ。だが────アランとリアンたちが協力を取り付けていた場合、それをぶち壊すわけにはいかない。ひっそり家に帰るのも、AFTに関わるソニアがいる以上は得策ではない。……せめてヴェローナやリアンには連絡を入れたいが、今はあまり自分の存在を知らせない方がいいような気がした。

「……分かった」

「お」

「しばらく世話になる。……それで、少しの間でいい、身を隠したい」

「ほーん。そりゃ何で」

「俺がいると困ることがあるんだ。だが、ひっそり隠れ続けてるわけにもいかない」

「……なるほどね」

「多分、仲間が俺の倒れてた場所を調べてる。俺が死んだと思ってるなら────そのままにしておきたい」

「死んだことにしておきたい────か。動けば波風立つしな、ふむ」

 ファウストは何だか楽しそうな顔をすると、顎に手を当て思案する。

「服装と……そうだ、名も変えるのはどうだ」

「……名乗る仮の名があるのはいいな」

「だろう。お前さんの場合は……そうだな」

 ローエンの顔を見て、ファウストはニヤリと笑った。

「こういうのはどうだ?」


* * *


 ローエンが失踪して三ヶ月が経った。リアンの説明に最初は戸惑い、不安がっていた皆んなもすっかり現状に慣れていた。アントニアとアランはいがみ合いながらも徐々に打ち解けてきている様だった。傭兵となった自警団の活躍も良好だ。カフェの方も随分と繁盛している。そこに残された数々のレシピが、リアンはなんとも物悲しかったが。

 活動資金は順調に貯まって来ている。ダミヤたちの方も、移転に向けて準備を進めているようだった。教会の周辺で使えそうな建物と、建て直した方がいい建物に当たりをつけた。警察の拠点は教会の向かいの状態がマシな建物を利用しようという話になっていた。少しずつ引越しの準備も進められている。

 スラム北部のエリアに住んでいる住人たちにも話をし始めている。何人かからは賛同と協力が得られた。残りは考えさせてくれ、とは言っていたが反対する者は見られなかった。

 そうしてスラムと街の間を駆け巡っている間に、時はあっという間に過ぎてしまった。リアンは今日も一人の事務所の扉を閉めた。探偵の仕事は相変わらずそこそこ来る。二人で回していたのをたった一人で回し、さらにAFTの手伝いをしながら今日までを過ごして来た。疲れたな、とふとそう思う。すっかり暗くなった夜空を見ながら、自分も消えてしまいたいなとそう思った。

 南部のエリアにはしばらく立ち入っていない。ローエンの捜索は、功績を上げがてらダミヤたちがしてくれているはずだが、続報はなかった。本当に死んでしまったのか、とそんな気さえしてくる。だとしたら腹立たしい。自分のことは死の淵からわざわざ引っ張り出したくせに……とそんなモヤモヤが込み上げる。

 寂しい、とは最早思わなかった。十分すぎるほど今の自分には色々なものがあった。ついて回っていた頃とは違う。今、初めて自分は自ら能動的に動いているのだと気付いた。

 一階の居住スペースに入って、電気をつける。寝食はしっかりここでするようになった。料理は相変わらず作れないので、自宅での食事はいつもインスタントだが。

 ケトルのスイッチを入れ、椅子に座る。音を立て始めたケトルを横目に携帯を開く。

「……あ?」

 メールが一件入っているのに気が付いた。開いてみるとダミヤからだった。

『おつかれさん。明日朝に事務所行くから待っとって』


* * *


 翌日、リアンが起きるより前にインターホンが鳴った。眠い目を擦りながら起きて玄関を開けると、私服のダミヤとフィンリーが立っていた。

「……早くね?」

「朝言うたやん」

「まだ5時ですけど」

「ええから。入れて」

 言われるがままにリアンは二人を招き入れる。それにしても二人か、と思う。リアンはダミヤだけが来るものだと思っていた。

 髪を適当に結び、ふとリビングを見ると椅子が二つしかない。あ、と思って振り向き、リアンは二人に言う。

「……やっぱ二階行こ……」


 事務所のソファで向かい合わせに座る。フィンリーがここを訪れるのは初めてだったか。

「……それで? わざわざ早朝に何の用なの」

「お前だけに相談したいことがあって」

「というと? 情報屋の仕事?」

 リアンは膝で頬杖を突きながら問う。ダミヤは首を振る。

「仕事やない。……最近、スラムの南部に近いエリアでよう死体が上がるようになったんや」

「……死体? そんなのありふれてる」

「いや、明らかに増えてるな。ゴロツキの死体が集団で、や」

 急にリアンの眠気が晴れた。ゾワ、と身の毛が逆立つのを感じた。その顔を見て、ダミヤは目を細める。

「…………そんな気するやろ?」

「でも……」

「そうや。でも、俺はその死体の殺り方に見覚えがある」

 ダミヤは顎に手を当て、思い返すように目を瞑る。

「十年前にその現場に遭遇してたら……俺は断言するな」

「……ローエンが、生きてて、殺しを働いてる…………?」

 それは朗報とも悲報とも取れる情報だった。

「具体的には、どの辺りなんだ」

「丁度ローエンが失踪した辺りや。……そういう死体自体は、実は二ヶ月ほど前からあったんやけど、少しずつ北に広がって来てる感じがする」

「…………」

「で、今になってお前に相談したんは他にも気になることが色々出て来たからや」

 と、ダミヤはフィンリーに話を促した。彼女は頷くと話を続ける。

「見つけた死体について調べてたんや。そしたら、ウチらが追ってた犯罪組織の一つやってことが分かった。でも、それやと人数が足らんのや」

「……逃げたんじゃないのか?」

「それがやで。他のも調べてたら、決まって一人消えとるんや。……そんで……その消えた奴が後日、別の場所で死体として見つかったりしてる」

「見つからない奴もいるってこと?」

「せやな。何人かは未だ行方不明、ってとこや。それで、見つかった死体を回収して検死に回したんやけど……」

 フィンリーはそこで身を屈め、声を小さくした。

「……体中の細胞がめちゃくちゃやったいう話や」

「…………どういうこと?」

「詳しいことは、ウチは専門外やから分からんけど……遺伝子からこう……薬物か何かで破壊されてる感じやって。……外傷も確かにあってんけど。死因はどう見てもその薬物の方や」

 それは、絶対にローエンの仕業ではない。何とも怪奇的だ。

「何がどうなってんだ……?」

「やから迷てんねや。ほんまにローエンがおるんか、それとも別の何かなんか。本格的な捜索に踏み切ってええんか。ほんで、見つけてどないすんのか……俺ら二人で考えても分からんくて」

 ダミヤはそう言って、手を組んでソファに身を預ける。

「アランのことがある以上、大っぴらにことを進める訳にもいかんし。これらのことはロジーたちにも話してへん。とりあえず、話すとしたらお前やろ言うことで来たわけや」

「アンタやったら、その対象を探し出すことも出来るわけやろ?」

「それは……やってみないと何とも」

 実際、それだけ手掛かりがあればそう難くはないだろうとリアンは思う。しかし、やはり怖さが先行する。対象の得体の知れなさ。これはまさに、スラム南部に潜む“魑魅魍魎”…………アランのように正体が割れてはいない怪物。それが真にローエンであったとしても、対面するのは恐ろしい。でも。

(俺は……必ずローエンを探し出すと約束した)

 どんな形であってもだ。可能性があるのなら、この件について調べるべきだ。

「……分かった。俺も腹を括るよ」

「そおか。助かる。くれぐれも内密にな」

「探偵は調査内容を漏らさない。情報屋もな。その点は心配しなくていい」

 会ってどうするのか、はダミヤの言う通り分からない。会ってみなければ。

「じゃ、そういうわけや。よろしく頼むで」

 そう言って、ダミヤは立ち上がる。フィンリーも遅れて立ち上がると、ぎ、とリアンを睨んだ。

「……な、何」

「アンタは消えなや。消えたら地の果てでも探し出して殴る」

「消えないよ。……消えれるわけないだろ」

「─────ならええわ。ほなな」

 二人はそうして事務所を出て行く。一人になったリアンは、よいしょと立ち上がってローエンのデスクの前に立った。

「……腹減ったな…………」

 その声に応えるものは、誰もいなかった。


#44 END

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