第42話 闘争の末
戦うことは苦手だった。そういうのは、いつも他の仲間たちに任せていた。やる時はやるが、得意ではなかった。
死に物狂いで本気を出したのは、あの白き死神を挑発した時くらいだ。それでもまともに戦ったりなんかしなかった……いや、出来なかったが差し違えてでも殺すつもりだった。自分がこんな血生臭い世界でここまで生きて来られたのは、ひとえに世渡りの上手さと、ただ運が良いだけだった。
少年が振るう剣鉈は、ビュンビュンと鋭い音を立てて空を切る。彼は身のこなしが軽かった。トリッキーな動きから繰り出される刃に何度もヒヤリとする。実際、今のところ避けることしか出来ない。迂闊に手を出せば持っていかれる気がする。このナイフではとても受けきれないし────本当に、お守りにしかならない。自分の戦闘力の低さに改めて辟易とする。
「避けてばっかじゃ勝てねーぞおっさん!」
「…………そうかもね」
初めからダミヤに任せていれば良かったかもしれない、などとそう思った。彼なら一太刀のうちにこの少年を抑えることも難くはないだろう。────そんな仮定はもはや無意味だが。
下から蹴りが飛んで来る。反射で後ろに反って避けて、バランスを崩す。体幹の弱りを感じる。そのまま転けたが受け身を取って、すぐさま転がって起き上がる────より先に、地面に着いた手に投げられた剣鉈が突き刺さった。
「!………アッ……!」
激痛に怯んだ隙に、顎に蹴りが入った。勢いで剣鉈は抜けてカラン、と地面に転がる。仰向けに転がったリアンを見下ろしながら、ジェイはそれを拾い上げた。
「おっさん弱すぎない? 口の割にはさ────」
「……知ってるよ……」
ジェイが振り上げた剣鉈が、キン、と火花を散らして手から飛んだ。
「こんな姑息な芸当で、何とか生き延びて来たんだよ」
バッ、と体を起こし、飛びかかる。拳を握り締め、振り抜く。貫かれた右手は痛むが気にしない。意地でもここは勝たねばならない。大人げないなどと考える余裕もない。むしろ、対等であるからこそ全力でなければ。
ジェイはリアンの攻撃にしっかり反応して来る。武器がなくても彼の戦闘力には影響はほとんど無さそうだった。だが、相手に武器がなければリアンにも攻撃は出来る。
「!」
リアンの拳がジェイの左頬に入る。が、その直後にリアンにも同じ攻撃が返って、そして腹に二発入れられる。えずきながら、リアンは追撃に密接して来たジェイのコートのフードを掴むと下へ引き下げ、膝を顔面へと入れた。さすがにジェイはうつ伏せに倒れた。起き上がらせまいと、その肩をリアンは踏み抑える。
「……げほ、ハァ……ハァ……意外とまだやれるもんだね……」
「ぐぅ……」
ジェイが焦点の合わない目を辺りに巡らせる。近くに剣鉈が落ちているのを見つけ、手を伸ばそうとしたその手を投げナイフが貫く。
「ぐあっ!」
「……痛いね。お返し。もう良くない? 俺がその気ならもう君のこととれるし……」
肩で息をしながら、リアンは剣鉈を拾い上げながら彼の体の上に座った。
「重い……ぐっ……」
「降参するなら退いてあげる。……あ、ごめんそのナイフ麻痺毒塗ってたやつかも……命に危険はないから大丈夫だと思うけど」
「ふざけっ……」
実際、手が痺れ始めたのか彼はナイフの刺さった手を上手く動かせないようだった。
「おじさん、昔は殺し屋だったんだよね。一応、人の殺し方とか制圧の仕方ってのは教わってんだ。得意じゃないけど。……得意じゃないからさ、教わった通りにやっても楽には殺してやれないかもね」
「…………」
彼が息を呑んだのを、リアンは感じて、あ、と思う。
「いや、殺さないけど。どうしても続きがしたいなら、ここで一度落ちてもらうのもありかなぁって」
そして、剣鉈の鋒をジェイの頸へと突きつけた。
「どう?」
「……分かっ……分かったよ、俺の負けだ」
「そう、良かった」
リアンはそう言って、立ち上がる。気が緩むと右手の傷が痛んだ。思い切り貫通した大きな傷に顔をしかめる。
「…………めちゃくちゃ痛い……」
「りっ、リアンさん!」
「!」
ハイデマリーが駆けて来る。その後ろをフィンリーがゆっくりと追って来る。
「……こっ、これ使って下さい」
彼女が差し出して来たのは、綺麗なハンカチと消毒液だった。
「…………ハンカチはともかく何で消毒液持ってんの?」
「不衛生な危険な場所に行く時はいつも持ち歩いてます。怪我をしたら怖いので…………」
「そうなの。助かるよ」
にへら、とリアンは笑って見せる。ハイデマリーの手からフィンリーが消毒液を取ると、リアンの手に容赦なくかける。
「あいだだだ」
「アンタは戦えんもんやと思ってたわ。結構ヒヤヒヤしたけどやるやんか」
「……どーも」
ぎゅう、とハイデマリーのハンカチで傷を縛り、そのまま彼女は座り込んだジェイの元へ向かう。
「ほら、アンタも。……立てへんのか」
「体が痺れてる……」
「しゃあないな。……何で麻痺毒なんか塗ってあんねん」
「万一の逃げる時用のナイフ間違って投げちゃった……ごめんね」
てへ、とリアンは笑って見せるが半分わざとだ。それを知ってか知らずか、フィンリーは大きなため息を吐く。
「…………傷見せ」
「これくらい唾つけときゃ治る……」
「可愛ない……」
じゃば、と同じように消毒液をかけ、フィンリーのハンカチで縛る。僅かに眉を動かしたジェイは、処置された右手を振る。そこへシェリルが歩いて来た。
「……ジェイ……私たちは」
「仕方ないだろ。……そういう約束だ」
「でも……」
その横で、フィンリーは立ち上がると歩き出す。その先にいるのは、レノだ。
「フィ、フィンちゃん」
「…………」
「お、おれ」
レノは怯えたような目をした。後ずさる彼の前で、フィンリーは立ち止まる。彼を庇うように、隣にいた少年が立ちはだかる。
「れ、レノに何するつもりだ」
背の高い、サングラスをしたフィンリーに威圧感を感じているのか少年は身を引きながら、必死に庇っているようだった。
「……ウチ怒ってへんで」
「!」
「ローエンこと刺したんは知ってるけど。……怒ってへんから」
この少年は、その時一緒にいた“ラビ”という子だろうなとフィンリーは思った。フィンリーは彼らの目線に合わせるために屈む。サングラスを外して笑う。
「無事で良かった……ほんまに……」
「フィンちゃん……」
ラビの横を通り過ぎて、レノは駆け寄って来る。フィンリーはその腕に小さな体を抱き止めた。ぎゅっと抱きしめて、頭を撫でて肩を持って放す。彼の目を見て、少しだけきつい目をして続ける。
「怒ってへんけど。……悪いことしたいうんは分かってるな」
「……あの人は人間じゃないから、死なないって」
「何やそれ、アランが言うたんか」
「うん」
「…………まぁ死んでへんけど。人間やであいつも」
なんて事を吹き込むんだと、フィンリーは思った。アランのことがますます許せなくなる。ここにいる少年少女はなんとか丸め込めたようだが、あの復讐心の塊のような青年のことはどうなるか分からない。あの様子から、アランとローエンが和解する道筋が見えなかった。彼らはどうなっただろう。あのローエンのことだから、そうやられはしないだろうが……。
(……なんや胸騒ぎがすんな)
振り向くと、ハイデマリーがジェイと話していた。シェリルとメアも側にいる。ふと気がつくと、ずっと黙っていた年長者らしき少女がじっとこちらを見ていた。
「………なんや」
「おばさん、レノの何なの?」
「……さぁ。何でもない。ただのお節介な他人や」
フィンリーは立ち上がる。小柄な彼女を見下ろす。少女はにこにことしながらフィンリーを見上げた。
「そっか。……私はアマリア。皆んなは私の弟みたいな感じなの。アランは違うけど。だからね、勝手に取らないで」
「別に取らへんよ。…………アランは弟やないんか」
「アランは歳上だもん。兄でもないけど。……私のいい人なの。アランは私が欲しいって言ったもの、なんでも取って来てくれるし……」
彼女は指を顎に当ててそう言う。
「……お嬢ちゃんは戦わへんのか?」
「私はそういうことはからきし。だから、アランやジェイがあなたたちと組むって言うならそうする。……今までの大人たちとは違う感じがするし」
と、アマリアはハイデマリーと話しているジェイの方を見た。
「……ジェイや、私たちはそれでいいんだけど。肝心のアランはどうするかな。アランのことだから、ジェイの勝ちを確信して『任せる』なんて言ったのかもしれないし────あなたたち、アランの嫌いな“悪魔”の仲間なんでしょ? あの人がいる限り、アランは何て言うかな」
「…………」
「あなたたちを皆殺しにしろって言われたら、皆んなそうしちゃう。私たちの中でアランは絶対なの」
「アランて、そんなに強いんか」
「うん。喧嘩じゃ誰にも負けたことないよ」
アマリアは、うっとりした様子で宙を見て、続ける。
「アランは負けない……。このスラムの守護者なんだから」
「へえ」
彼女のその信頼は、崇拝のように見えた。あんな青年の何がいいのか。フィンリーにはさっぱり分からなかった。幼気な少年を騙してまで仲間に引き入れるなんて────。
「……あんた、もしかしてアランにレノが欲しい言うたんか」
「え? うん。言ったけど、それが何?」
あっけらかんと言う彼女に、フィンリーはぶん殴りたい衝動に駆られる。だが、我慢する。
「……分かったわ。その話はアランとローエンが戻ってからにする」
そう言って、フィンリーは入り口の方へと目を向けた。そして、いつの間にかそこに現れていた姿を見て、目を見開いた。
「何で……」
「あ!」
アマリアが駆けて行く。フィンリーだけじゃない。ダミヤもリアンも、少年たち以外が固まった。
「アラン! お帰り!」
アマリアが抱きついたのは、ボロボロの様子のアランだった。若干よろけながら、トントンとアマリアの背中を叩く。
「ただいま」
「……ローエンは」
リアンが言った。アランはアマリアを離すと、こちらへ歩いて来る。リアンは語気を強める。
「ローエンはどうした!」
「…………殺した」
「あ……?」
耳を疑った。だが現実に、ここに帰って来たのはアラン一人だった。
「死んだよアイツ。……この手で、刺したし……首を掻き切った」
ぼうっとしたような顔でアランは淡々とそう言った。駆け出そうとしたリアンを、ダミヤが止める。
「待ち。……俺らが確認して来る。ジェイに勝ったんはお前や。こっちのことは頼んだで」
「…………」
唖然とするリアンを他所に、ダミヤはアナスタシアとエリオットを連れて倉庫を出て行った。
「……逆上してかかって来るかと思ったけど、案外冷静だなあんたら。そんなに仲良くなかった?」
アランはそんなことを言う。リアンは震えていた手を握り締め、深呼吸する。
「────あいつがそう簡単に死ぬもんか、お前なんかに────」
「俺の言うことが信じられないの。まぁいいや、あいつら確認に行ったんでしょ? ……座っていい? 立ってるのしんどくてさ」
奥へと歩くアランの足はフラついていた。左腕は折れているのか、それとも脱臼か、ブランと垂れ下がっている。顔も傷だらけだし、激闘の後なのは間違いなかった。
アランはタイヤの山の一番下に腰掛けると、ジェイとリアンを見比べるように交互に見ると、口を開く。
「……二人でやったの? で? 見た感じジェイは負けたのか」
「…………あぁ、ごめん、アラン」
「いいよ。……要求はなんだったっけ?」
タイヤの山にもたれ、話を進めるアラン。答えたのはジェイだった。
「スラムを復興させるから、俺たちの力を貸して欲しいって……」
「なるほど。……勝手に外の奴らに弄り回されるよりはいいか」
そう、アランは目を瞑ってしばらく考えたあと、目を開けて言った。
「良いだろう。力を貸してやるよ」
「は?」
あっさりとしたアランの態度に、リアンは思わず訊き返した。
「だから。協力してやる言ってんの。アンタはジェイとの決闘に勝ったわけだろ。その上でジェイを殺さないでいてくれたんだろ。なら、それ相応の敬意は示してやる。それに、俺たちだって好きでこんな貧しい暮らしをしてるんじゃない」
「でもお前は────」
「あの“悪魔”のことか。あいつのことは忘れろよ。あいつがいたらきっとロクなことにならないぜ。分かるだろ? 忘れられないってなら、今の話は全部ナシだ」
「────……」
リアンは言葉を失った。ローエンとは、共犯者として、協力者として……一蓮托生の関係として、やって来たつもりだった。だが、今それを取ると折角のチャンスを無にしてしまう。自分が必死で勝ち取った勝利を無駄にしてしまう。
俯いたまま、答えが出ない。どう動いていいのか分からなかった。不思議と悲しみは感じていない。その胸に渦巻いているのは焦燥感だった。仮に、アランとその契約を結んだとして────街に帰って、ソニアに合わせる顔がない。
ぽん、と肩を叩かれる。顔を上げるとフィンリーだった。
「……アラン。ウチはまぁ、切ってもええであいつのことは」
「ちょっ……」
「でもその前に、や」
つかつかとフィンリーはアランの前へと歩いて行くと、彼のぶら下がった左腕を突然掴んだ。
「アイッ⁈」
ゴキ、と音がしてアランは苦痛に顔を歪めた。
「……利き手使えへんたら不便やろ」
「…………!」
激痛の中、アランは腕が動くようになったことに気がついた。フィンリーの顔を見ると、そのサングラスの奥の目は明らかに怒っていた。が、すんでの所で────後方にいる幼い少年への想いによって、彼女の喉元まで出かかっている罵倒と拳を抑えていることを感じ取り、その気迫にアランは思わずゴクリと唾を呑んだ。
「……治してくれてありがと、すごく痛かったんだ……」
「あと骨折れてるで。あんま動かしたらアカン」
「…………」
リアンは不安な顔をしてフィンリーの横に来る。任しとき、とフィンリーは彼へと目配せした。
「“死んだライオンより生きた犬”、や。ウチは情より益を取る。ビジネスの話やアラン。これまでのことは一旦水に流して────これからの話をしようや」
#42 END




