第24話 変化は自分では気付けない
更新は七月三十一日を予定していましたが、前倒しで更新します。
第24話 変化は自分では気付けない
どうぞお楽しみください。
委員長の絞め技からやっと逃れた俺は、昼食にはまだ時間があるので、蔵書室に本を戻しに来ていた。
他の三人は別行動だ。委員長はクラスメイトたちが問題行動を起こしてないかの見回りで、姫川さんはその付き添い。修司はどこに行ったのかは分からないが、たぶん外に出てるんだろうな。
明日はダンジョンに潜るんだし、その前日まで訓練するなんて、余計な疲れを残すだけだ。だから今日は休みで、みんなそれぞれ英気を養っている。委員長は真面目にクラスメイトたちに目を光らせているが、修司は王都に出て息抜きをしていることだろう。
俺は午後から姫川さんの買い物に付き合うことになったが、それまでは自由だ。だからこうして、今まで読んだ本を片付けに来たというわけだ。
「ちょっといいかしら?」
大量の本を抱えて本棚に戻していると、後ろから声を掛けられた。気品を感じるその声に振り返ると、そこには一人の女性がいた。
委員長との会話で出てきた女生徒の佐々崎鏡花だ。
笑みを浮かべるその表情は泰然自若としており、どうも同い年の女の子には見えない“大人の女性”といった雰囲気がある。
今まで彼女と真面に会話したことはない。精々が、挨拶するくらいか。
「何か?」
そのためか、自然と俺の口調も素っ気無いものになってしまう。
だが彼女はそのことに不満を感じる様子もなく、問いを投げかけた。
「明日、ダンジョンに潜ることは知っているわよね?」
「あぁ。確か、三人一組が基準らしいな」
修司たちと別れる前、明日のダンジョン探索について詳しく話を聞いた。
基本的に潜る時は三人一組になり、騎士団も数名同行するらしい。三人一組の理由は単純に大人数だと上手く立ち回ることができないからだ。いきなり二桁規模の人数で連携を組めという方が無理な話である。だからある程度グループ化することで規模を縮小して、まずは少人数で連携を取る経験を積ませる必要がある。
グループは戦力の均一化を図るために、【円卓の勇者】は全員バラバラ。そこに残りの勇者を入れるという方針だ。ただ、俺たちは全員で四十一人いる。【円卓の勇者】の数に合わせてグループを分けようにも、後二人余ることになる。だから二班は四人一組のグループになっているのだ。
「俺が四人一組の一つに入ってるんだってな」
「そうよ。私は雨霧君と同じ班なの。だから、その挨拶をしようと思って来たの」
あぁ。何の用かと思ったら、そのためか。
佐々崎さんは確か、【勇者氷結】ってスキルを持っていたな。氷属性に主軸を置いたスキルで、氷属性魔術よりも強力な威力が出るスキルだ。武器はレイピアだったかな。
「後の二人は、長瀬さんと結城君よ」
「あの二人か」
長瀬文乃。眼鏡でおさげ姿の、引っ込み思案の少女だ。地球では図書委員をしており、姫川さんと同じ文芸部にも所属しているため彼女とも仲が良い。持っているスキルは【勇者慧眼】という魔眼系のスキルで、普通では見ることができないものを見ることができるらしい。完全に後衛の魔術師であるため、魔術を使う杖を武器としている。
もう一人の結城翔は、【円卓の勇者】の一人で、獅子連れの騎士ユーウェインが持っていた召喚系スキルの【勇者使役】を所有している。気弱な性格をしており、表立って行動することが苦手なタイプの奴だ。
ふむ。この三人が同じグループなら、俺と佐々崎さんが前衛、結城が中衛、長瀬さんが後衛って編成になるかな。
「その二人はどうしてるんだ?」
「明日に備えて準備をしているわ。雨霧君は剣を武器に戦うのよね。魔術はどれだけ使えるのかしら?」
「無属性魔術の【身体強化】だけだな。魔術に関してはあまり期待しないでもらえるとありがたい」
戦力を正確に把握してもらうためにも本当のことを言うべきだろうが、つい先日までクラスメイトたちの中で最弱だった俺が、今では勇者のキミたちよりも強いですよなんて言ったところで信じてはもらえないだろう。俺だって信じない。
それに、今は【偽装】スキルでステータス表示を誤魔化しているし、それを突破されても【隠蔽】スキルで見えないようにもしてるからな。
仮に【鑑定】スキルで覗き見しても正しいステータスは表示されない。俺が【偽装】も【隠蔽】も無効化して見せれば手っ取り早いんだが、それだと「どうしていきなりそんなに強くなったんだ」って不審がられるし、それを話すにはセツナのことを明かさないといけないからな。俺から明かすことはできない。
まぁそれ以前に、勇者たちに信じてほしいわけでもないしな。
「佐々崎さんはどれだけ戦えるんだ?」
「剣術は一通りできるようになったわ。レイピアなんて初めて使ったけど、意外とどうにかなるものね」
佐々崎さんも、委員長や姫川さんと負けず劣らずの才女だからな。そつなくこなせたのだろう。【鑑定】スキルで見てみたが、ちゃっかり【剣術】スキルを獲得していた。
「魔術に関しては【氷属性魔術】、【水属性魔術】、【無属性魔術】の中級まで使えるわ」
へぇ。三つも使えるのか。やっぱり勇者は違うな。戦力として申し分ない。
細かな陣形を練るには残りの二人にも何ができて、何ができないのかを聞かないといけないけど、それは姫川さんとの買い物が終わった後で良いか。真夜中まで出掛けるわけじゃないしな。買い物が終わった後でも、話をする時間はあるだろう。
ただ、実際にちゃんと戦えるのかっていう問題が出るけどな。俺自身がそうだったが、平和な日本で生きてきた俺たちが、異形の存在とは言え生物を殺すのは相当に負担だ。慣れるには、それなりに場数をこなす必要がある。
……ん? あぁ、だからか。
「だから騎士団も同行するのか」
「どういうことかしら?」
思わず零れた言葉に佐々崎さんは小首を傾げる。
「今回のダンジョン探索のことさ。名目は「実際の戦闘と訓練の違い」を意識させることだけど、本当は改めて勇者に決意してもらうためだろうな」
魔王を倒す。それを目的に勇者たちは日々訓練に励んでいる。だが、魔王を倒すということは魔王軍と戦うということであり、つまりは魔王軍に所属する兵士を殺すということを意味している。
オクタンティス王国側は、その殺す覚悟を固めてもらうために、まずは魔物で慣れてもらおうとしているのだろう。
「決意なら固めているわ。私は何が何でも、クラスメイトたち全員を元の世界に帰す。そのために魔王を倒すわ」
佐々崎さんの方を向くと、彼女は真っ直ぐに俺を見ていた。その鋭い視線には「絶対にそれを叶える」という意志が宿っている。
「……そうか」
元の世界に帰るという決意と、殺す覚悟というのは全くの別物なんだが、こればかりは言っても無意味だ。実際に体験しないことには、命を奪うということの意味なんて実感できるようなものじゃない。
「クラスメイトたち全員を元の世界に帰す、か。叶うと良いな」
「随分と淡泊とした返事ね」
「そりゃすまん。けど、叶えば良いなとは思ってるよ」
嘘ではない。アイツら全員が元の世界に帰れたら良いなとは思ってる。
「佐々崎さんが抱いたその願いは大切なものだ。最後まで忘れることなく、無くしちゃいけないものだ。そして、だからこそ必死にならなきゃいけない。願いを叶えるためにはどうすればいいのか。それを考えないと、あっという間に死神の鎌に捕まることになる」
「甘い考えかと思ったのだけれど、貴方は肯定してくれるのね」
「甘いさ。佐々崎さんの願いは充分に甘い。けれど、理想も掲げられないような奴に、世界の残酷で冷たいシステムに立ち向かうことなんてできないんだ」
正しさなんて追い求めた所で、そこに救いなんて存在しない。正しさが全てなんて機械みたいに切り捨てていったら人は人でなくなる。
理想を叶えた代わりに心を失いましたじゃ、それこそ身の破滅だ。
「それにさ。間違っているって分かっていても、理想っていうのは追い求めてしまうものなんだよ」
「雨霧君も何か理想を?」
彼女の言葉に俺は頷く。
どうしようもない理不尽を前に泣くことしかできない誰かを救う。
それが俺の掲げる理想だ。彼女と同じか、それ以上に甘く青臭い理想だ。
けれど、俺はその理想を掲げる。
「その理想を叶えるためなら、俺はどんな手でも使う」
そうじゃないと、救いたかった者まで死なせてしまうことを、俺は身を以て知っているから。
「雨霧君って、意外としっかりとした考えを持っているのね。顔立ちは普通なのに」
「顔立ちは関係ないだろ」
失礼な奴だな。
……っと、こんな本、ここにあったっけ?
まだ読んでないから、借りておくとしようか。
読んだ本を戻しつつ、まだ読んでいない本を選んでいると、佐々崎さんが黙り込んでしまっていることに気付いた。チラッと背後に視線を向けると、彼女は何か考え事をしていた。
邪魔してはいけないと思って黙っていると、彼女はゆっくりと口を開く。
「私たちのグループね。まだ誰がリーダーをするか決まっていないの。雨霧君は誰が適任と思うのかしら?」
話が変わったな、と思いつつも俺は彼女の問いに答える。
「それをこの場で論じてどうするよ。他の二人も交えて話すべき内容だろ」
「それなら問題ないわ。私からすでに話をして、二人ともリーダーは辞退するって言っていたから」
それはまた手回しが良いことで。
「雨霧君、リーダーをやってみる気はない? そこまで考えられる貴方になら任せても問題ないと思うのだけど」
「……正気か?」
彼女の言葉に俺は耳を疑った。
こう言ってしまっては何だが、俺はクラスメイトたちからの信用がない。そんな奴を、四人一組のグループとはいえリーダーなんかにしたら他のメンバーも周りから「何考えてるんだ?」っといった目で見られる。
クラスメイトたちだけじゃない。この国の貴族や騎士たちも勇者じゃない俺のことを侮っている人物が多い。だから俺がリーダーなんかしたら、クラスメイトたちと王国側の両方から針のむしろにされるというわけだ。
だが、ここで俺以外の奴がリーダーになれば、少なくともクラスメイトたちから非難の目を向けられることはなくなるのだ。
「やるなら佐々崎さんがやってくれ。面倒事は御免被る」
「そう。分かったわ」
拘泥することなく、呆気無く佐々崎さんは了承した。
俺もリーダーを辞退することは想定していたのかね。
「雨霧君は変わったわね」
ふと、佐々崎さんはそんなことを言い出した。
何が変わったんだろう? 見た目的には全然変わってないし。
相変わらず立川たちのことは苦手で遭遇しないように逃げてるし。
ステータスが上がったくらいで、何かが変わったようには思えないんだが。
……もしかして、それか? ステータスが上がったことがバレたのか?
いや、でもそれはないか。ステータスの変化なんて実際に見ないことには分かりようがないんだし。
だとしたら、何を思って変わったと感じたんだ?
「顔を合わせれば視線が合わない。話をしようにも端的に言葉を返すから会話が続かない。そんな感じで、どこかビクビクしていたのに、今は普通に会話ができている。前に比べて、随分と堂々としているわ」
そう、だったかな?
言われてみればそうだったような、そうでもなかったような?
やはり、よく分からない。
「胸を張れるような“何か”があったのかしら?」
「思い当たるものはないな」
強いて言えばセツナの件が自信に繋がったかもしれないが、はっきりとしたことは分からないな。
それに変わったと佐々崎さんは言うが、それも勘違いかもしれない。
もし俺が変わったなら、昔から俺のことを知ってる委員長や姫川さんが真っ先に気付くだろうからな。
「さてと、俺はそろそろ行くけど、佐々崎さんはどうする?」
「私はもう少しここにいるわ。ユルド語の勉強もしたいから」
「それなら日本語とユルド語の対応表があるから使うか? 俺が作った奴だけど」
「あら? そうなの? じゃあ貸してもらおうかしら」
部屋にある対応表を持ってすぐ蔵書室に戻れば、姫川さんとの約束にも間に合うか。
「分かった。すぐ持ってくる」
新しく読む本を抱えて、俺は蔵書室から出た。
戻した本よりも新しく読む本の方が増えてしまったけど、まぁいいか。
◇◆◇
戻って来た雨霧君は私――佐々崎鏡花にユルド語の対応表を渡して、さっさと蔵書室から出て行った。
その後ろ姿を見送った私は、彼が作った対応表に視線を落とす。
対応表っていうから、てっきり一枚の紙に一覧表を書いてるのかと思っていたのだけれど、その予想を軽く裏切られたわね。
まさか、五十枚近くの紙にぎっしり書いて、まるで辞書のように編集しているなんて思わなかったわ。
軽く目を通してみても、その完成度は目を見張るものがある。単語ごとに日本語に訳すとどういう意味になるのかとか、文章にするとどういう法則で書かれているのかとか、そういったことが事細かに記載されていたのだから。
「こっちに来てまだ一ヶ月くらいしか経っていないのに、もうこんな対応表を作っているとは思わなかったわ」
けれど、これがあれば他のクラスメイトたちも簡単にユルド語を学ぶことができるわ。棚から牡丹餅とはよく言ったものね。
魔王を倒すその道中で、この世界の人たちと関わることなんていくらでもあるわ。会話だけならまだしも、文字を書く場面だって出てくるかもしれない。そうなった時、悪い人たちに騙されないためにも、クラスメイトたちの識字率は上げた方が良いわ。
それにしても、彼が真っ先にこっちの世界の言語を学んでいるとは思わなかったわ。
立川君たちに重傷を負わされたから、何もかも嫌になって部屋に引き篭もったとばかり思っていたのに。
まさか先んじて言語の勉強をしているなんてね。
……前から思っていたけれど、彼のあの異常な精神の強さは何なのかしら?
椚さんから少しだけ話を聞いたけれど、彼はもう十年近く立川君から虐められ続けている。それなのに不登校にならず学校に通い続けているなんて、普通じゃないわ。
それに、思った以上に彼は聡明だわ。
判断材料は多くなかったのに、あんなにあっさりと王国側の考えを見抜くなんて……しかもその考えに至った理由も理路整然としていたわ。
今までの彼からだと全く想像できないけど、きっとアレが本当の雨霧君なのね。
それなら椚さんや姫川さんが彼に入れ込むのも、まぁ分からなくはないわね。
「いつもあんな感じなら、虐められるようなことにもならないと思うのだけれど」
本当に、もったいないわね。
まぁでも、アレだけ思慮深く物事を考えることができる人が同じグループなら……
「明日のダンジョン探索、思ったよりはマシになりそうね」
独り言ちた私は、彼の作った対応表を参考にユルド語の勉強を始めた。
次話は八月十二日に更新する予定です。




