第25話 恋する乙女の異常性癖
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阿頼耶と別れた後、私――椚優李は王城の廊下を歩いていた。
みんなの様子を見ようと思っていたけど、当てが外れたわね。今日は訓練も休みだから、ほとんどが王都の方に出てるみたいで、クラスメイトたちの顔を見掛けない。
午後になったら私も王都に出ようかしら? また立川たちが問題を起こしてたら困るし。
あぁ、そうよ。王都と言えば……
「思い切ったことをしたわね、紗菜」
私は隣を歩いている親友――姫川紗菜に漏らす。
阿頼耶と同じくらいの身長である私よりも小柄で背が低い彼女は、女の私から見ても庇護欲をかき立てる容姿をしていて、大多数の男子が好みそうなタイプだ。しかも私と違って羨ましいことに胸も大きい。
ちょっとは分けてもらいたいわ。
私の胸ももう少し大きければ、阿頼耶も茶化すんじゃなく、戸惑ったりして誘惑されてくれると思うんだけど。
……いや、あの男のことだからそれはそれでまた別方向から私をおちょくるでしょうね。
想像の中ですら失礼な男だと思いながら呆れていると、紗菜は口を開いた。
「だって、こうでもしないと阿頼耶君と出掛けることなんてできないんだもん」
不満げなセリフだけど、その顔は見るからに浮かれている。久しぶりに阿頼耶と出掛けられて嬉しいみたい。
彼女の言葉を反芻する。
まぁ、否定はできないわね。
アイツ、自分からは絶対に遊びに誘ったりしないし。
「でも珍しいよね。私、てっきり断られると思ってたのに」
「そうね。高校に入ってからは、アイツが私たちの誘いに乗ってくることなんてなかったし」
中学時代の阿頼耶は私たちから逃げ続けてたからそうそう遊びに誘えなかったけど、誘えばどうにか乗ってくれていた。けど、同じ高校に通うことになって、アイツの事情を知ることになってからは、こっちの誘いに乗ってくれなくなった。
学校で会話しないわけじゃない。話かければ普通に答えてくれる。
だけどどれだけ誘っても、彼は首を縦に振らなかった。
理由は、何となく分かる。
自画自賛になるから、こういう言い方は好きじゃないんだけど、私や紗菜は顔立ちが良い。事実、今まで何度も告白されてきた。そんなことがあったのに、「自分はモテない」なんてことを言うつもりはないわ。
そしてそれ故に、阿頼耶が周囲から恨みを買ってしまっている。だから彼は私たちの誘いに乗らない。
少しでも波風を立てないように。
少しでも事を荒立てないように。
自分の事情に私たちを巻き込まないように。
人の事情には首を突っ込んで勝手に解決するクセに、自分の事情には立ち入らせない。彼はそういう男だと理解しているし、そんな彼に救われた私たちが今更文句は言えない。
分かってる。分かってるんだけど、納得できるかどうかはまた別物よね。
まぁ、そういう男だから今回も誘いには乗らないと思ってたんだけど、その予想は外れて、彼は紗菜の誘いに乗った。
あの場にクラスメイトたちがいなかったから?
けど、いくら広いとはいえ王都に出ればクラスメイトたちと遭遇する可能性は充分ある。今まで何度も誘いを断って私たちと一緒にいる所をクラスメイトたちに見られないようにしてきた彼が、今更そんなミスを冒すとは思えないんだけど。
「もうそんなことを気にしなくなったのかしら?」
口にしてみたけど、それはないと思った。
気にしなくなったなら、今も部屋に籠っているはずがない。アイツは極端な人間だからね。気にしなくなったら、まるで開き直ったかのように堂々と我が物顔でクラスメイトたちの前に顔を出しているはず。
そうじゃないということは、やはりまだ気にしているということ。
じゃあ、どうして阿頼耶はこっちの誘いに乗る気になったのかしら?
「分からないことを考えても仕方ないよ? 何はともあれ、ちょっとでも阿頼耶君が昔の阿頼耶君に戻ってくれたんだから。今はそれを良しとしようよ」
「……そうね。その通りね」
全くもって、紗菜の言う通りだわ。
何があったのかは知らないけれど、結果的にアイツが昔のアイツに戻ったんだから、それを喜ぶべきね。
「でも、何だか出し抜いたみたいな感じになってゴメンね、優李ちゃん」
「ん? 良いわよ、別に。紗菜も、まさかアイツが応じるなんて思ってなかったんでしょ?」
「うん。断られる前提で誘ってたから。まさか付き合ってくれるとは思わなかったなぁ。あ、せっかくだから優李ちゃんも一緒に行く?」
「行きたいのは山々だけどね。今回は遠慮しておくわ」
私と紗菜は、その……どっちもアイツのことが、す、好きなわけだけど、きっかけはそれぞれだ。
それぞれ、と言っても種類は同じだ。私たちが抱えていた問題を、彼が解決した。どちらも彼に救われた。それがきっかけで彼に惚れた。言葉にしてしまえばたったそれだけのこと。けど、それが事実だ。
実はそのきっかけにお互い関わっていない。どんな事情を抱えていたのかは知っていた。けれど、その問題を解決した場にはいなかった。その場にいたのは、いつだって阿頼耶だった。
十一歳の時に剣道を辞めて、私たちから遠ざかったから事情を知ることができる状況にいなかったのに、どうにかして私たちの事情を嗅ぎ取った。嗅ぎ取り、私たちの事情に土足で踏み込んで、心を踏み荒らして、感情を揺り動かした。
そうして、私たちは彼に助けを求め、彼はそれを承ってくれた。
当事者である私たちよりも必死になって、手段を択ばず、自分が持てる全てを使って、考え得る全ての方法を使って、私たちを救った。
私も紗菜も、恋に落ちるなんて当然だった。だから、私たちはお互いに阿頼耶が好きなことを知っていて、例えどんな結果になったとしても恨みっこなしって決めている。
……というか、紗菜は三人で幸せになろうと考えていたりするのよね。
「本当に良いの? せっかく付き合ってくれるんだから、ここでポイントを稼ぐべきだと思うよ? 二人で攻めれば、さすがの阿頼耶君も篭絡できるんじゃないかな。そうすれば、みんな幸せになれると思うよ?」
「……二人で篭絡しても今後が困るでしょう」
日本じゃ重婚はできない。
二人で篭絡しようとしたって、結果的に彼はどちらかを選択しなければならなくなる。アイツは真面目な奴だから、“両方を選ぶ”なんてことはしないでしょうね。むしろ、“どっちも選ばない”って選択肢を選ぶ可能性の方がずっと高いわ。
「大丈夫だよ、優李ちゃん。いざとなったら私が内縁の妻になるから、籍は優李ちゃんが入れちゃおう。そうすれば三人で一緒にいられるよ」
また妙なことを言い出したわね、この子は。
「あのねぇ。理屈じゃそうでしょうけど、世間体的に問題があり過ぎるでしょ!」
「じゃあ愛人とか?」
「余計に悪くなってるじゃない!」
「悪くなんてなってないよ? そもそも愛人に「不倫相手」っていう意味が出てきたのは戦後になってからで、本来はただ単純に「愛する人」っていう意味だもん」
「……それでも今の認識は浮気相手のことを指してるから愛人はやめておきなさい」
相変わらず、紗菜の恋愛観ってちょっとズレてるわね。
「普通は、好きな人は独占したいって思うはずなんだけどね」
「優李ちゃん以外だったらこんなことは言わないよ? 負けるもんかって対立してたと思う。でも、優李ちゃんだからね。一緒の人を好きになっても嬉しさしかないもん」
まぁ、それは私もだけどね。
相手が紗菜だから、こうして協力して阿頼耶を振り向かせようとしてるんだし。
けど、今からそんなことを考えても仕方ないわ。阿頼耶が私たちの想いに応えてくれるかどうかも分からないんだから。
「ま、それはいっか。急いては事を仕損じるって言うし。けどせっかく阿頼耶君が誘いに乗ってくれたんだし、また本の題材になってくれないかな?」
紗菜は文芸部に所属するだけあって、そっち方面の才能もある。小説や漫画、イラストを描くことができ、某大規模の同人誌即売会にも出したことがある。
まぁ、それは良いんだけど、書いている内容にちょっと問題がある。
「前は岡崎君と北条君に題材になってもらったけど。二人って顔立ちが整ってるし、凄く見栄えが良いから人気が高いんだよね。やっぱり岡崎君が責めで北条君が受けの方がしっくりくるんだけど、そろそろ別のパターンもやりたいし。阿頼耶君が題材になってくれれば、阿頼耶君を責めにすることもできるんだよね~」
……そう。実は紗菜の好きなジャンルはいわゆるBL系――ボーイズラブだ。しかも身近な人物を参考にして物語を書いているから、男子生徒の被害が大きい。それに中身の出来も良いから読者人気が高く、腕は確かなのが逆に酷い。ほとんどの男子生徒がそれを知らないままだというのが、唯一の救いね。
このことを知っているのは私と阿頼耶、それと紗菜と同じ文芸部に所属してる長瀬文乃さんくらいなもので、ほとんどの生徒が知らない。
「あぁ、書きたい。阿頼耶君と岡崎君の濡れ場を書きたい! 阿頼耶君の×××××で岡崎君の×××を責めたり、言葉攻めで虐めたり……何だったら阿頼耶君と北条君のカップリングでも良い! あぁ! 妄想が止まらない!!」
はぁ……はぁ……と艶めかしい吐息を漏らす紗菜。
普段は身長のせいで子供っぽい紗菜も、この姿だけを見れば充分に色っぽい。けれど残念なことに脳内は腐っていた。
何ていうか、私はもう十年以上も付き合いがあるから慣れてるけど、相変わらずの腐女子っぷりね。
ていうか伏せ字になるような単語を使うのは止めなさい。
「……紗菜が本当は腐女子だって知ったら、大抵の男子たちは幻滅するでしょうね」
私のその呟きに気付かないまま、紗菜は楽しそうに阿頼耶を創作に巻き込む方法を考えるのだった。
次話は八月二十六日に更新する予定です。




