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前世の記憶と悩みの原因

 輪廻転生という言葉がある。肉体は死んでも魂はまた新しい生を迎えるという、アレだ。

 知っているのと信じているのとはまた別の話で、問いかけられれば、よくて半信半疑、信じていないという人が多数だろう。

 『彼女』も信じていなかったようだし、自分だって信じていなかったはずだ。

 自分の中に世間一般でいうところの、『前世の記憶』がなかったならば。


(やっぱり信じられないよぁ)

 サイユはため息をついて、椅子に体を沈めた。さすが貴族ご用達なだけあって、座り心地と安定性は抜群だ。こんな時に感動したくはなかったが。

 自分の中に『前世の記憶』と呼ばれるものがあることに気付いたのはいつだったか。もう詳しくは覚えていない。ただ『それ』は物心ついたときには自分の中にあって、今も消えることなく存在している。 まだあるだけならよかったのだ。そうならここまで悩むことはなかっただろう。


 こんこんと、思考の波を途切れさせるように、軽いノックの音が響き渡る。


「サイユ様、入ってもよろしいでしょうか?」


 続けて聞こえてきたのは、聞きなれた声。

サイユは何事もなかったように姿勢を正して返事をした。


「アルか、入れ」

「失礼します。お茶をお持ちしました」


 品のある所作で一礼した青年は、穏やかに笑った。


 目の前で楽しそうにお茶の準備をする青年を、サイユは不自然でない程度に盗み見た。手慣れた動作は滑らかで、美しいような気さえする。

 サイユの従者、アロルド(サイユはアルと呼んでいる)は柔らかな茶色の髪が優しげな顔によく似合う、ちょっとそこらでは見られないレベルの美青年だ。そしてある意味サイユの悩みの原因でもある。

 優秀な従者を多く輩出してきたことで有名な一族の出で、彼自身の能力は一族の同年代から軽く頭一つ分から飛び出ているらしい。趣味は紅茶を入れることとガーデニング。性格は穏やかで優しく、当然学園の女子生徒からはモテモテ。彼の従者という立場上思いを告げられることこそほとんどないが、人知れず思いを寄せる女子生徒は数知れず。

 なぜサイユがアロルドのことを詳しく知っているかといえば、別に従者のことだから詳しく知っていなければならないとかそんな理由ではない。

 『前世の記憶』が、知っているからである。

 そして『前世の記憶』によれば、どうやらここは乙女ゲームの世界らしい。


 "光る世界で口付けを"というちょっと恥ずかしい名前のそのゲームは高い人気を得て、特にあるキャラには熱狂的なファンが集中していた。

 攻略対象者は4人+隠しキャラが1人の計5人。そしてその隠しキャラであり、熱狂的なファンを多数獲得していたのが、頭の痛いことにサイユ自身だ。

 他の攻略対象4人のベスト、ノーマル、バッド全てのエンディングをクリアした後にやっとルートが開き、さらには難易度の鬼畜っぷりが他とは比べものにならないと悪い意味で大評判を呼んだ。

 ゲーム中ではサイユは王族であり、学園で最も強い権力をもっていることしか明かされない。ストーリーに関係しない部分にははっきりとした設定が無いのは、流石恋に重点を置く乙女ゲームといったところか。それはほかのキャラも同様で、思い返してみても情報量はサイユとそう変わりは無い。

 流石に現実となった今そんなことはなく、前国王陛下の遅くにできた息子、というのがサイユの立場だ。現国王陛下とは歳の離れた腹違いの兄弟、王太子殿下である第一王子殿下とは甥と叔父の関係にあたるが、王位継承権は殆ど無いといっていい。

 継承権のない女性を別としても国王は側室を持つことが許されるだけあって、現国王陛下には五人の息子、サイユ自身にも陛下含め三人の兄がいる。さらにはその子供もとなると、サイユより序列が高い王族はとても多い。

 また複雑な関係のわりに不思議なほど王族同士の仲は良く、側室同士の仲が良い、なんてことも珍しくない。当然暗殺騒動や王位争いなども殆ど起こらないので、伝染病が大流行でもしない限りは王位がまわってくることはない、というのがサイユの見解だ。


 ゲームのストーリーは、貴族階級の人間しか持たないといわれる魔力を、一般階級の主人公が持っていたことがある事件をきっかけに発覚。魔力持ちの人間は学園に通うことが国によって義務付けられているため、主人公が編入してくるところからスタートする。

 貴族階級の生徒たちの中で当然一般階級の主人公は浮いた存在になるが、学園生活を過ごしていく中で次第に周囲に認められ、同時に攻略対象との仲も縮めていく、というのが大まかな流れだ。

 ちなみにハーレムエンドは無い。バッドエンドも死亡エンドやヤンデレエンドがあるわけではないので、とっても平和的なゲームである。

 前世の『彼女』は色々な意味で過激な乙女ゲームも数多くしていたようで、転生したのがこの世界でよかったとサイユは神に盛大に感謝している。欲をいうなら乙女ゲーム世界にではなく、普通の世界に普通に転生させてほしかったが。


「いよいよ明日ですね。」

「…あぁ。」


 紅茶を飲み終わったタイミングを見計らい、アロルドが声をかけてくる。

 一瞬何のことかと考えたサイユは、すぐに答えにたどり着いて返事をした。

 明日は学園の入学式だ。サイユにとっては2か月後に編入してくる主人公の方が気がかりで特に意識はしていないが、心なしか声が弾んでいるアロルドは楽しみにしているらしい。いつも穏やかに笑いながらも冷静な彼には、かなり珍しいことだ。


「…珍しいな。」

「すみません。態度に出ていましたか。でもサイユ様と一緒に生徒として学園に通えるんです。楽しみで仕方がないんですよ」

 

 あ、もちろん今の立場に不満があるわけではありませんと付け加えるアロルドにわかっていると返しながら、サイユはゲームでのアロルドのことを思い浮かべた。

 意外なことに、アロルド自身は攻略者ではない。彼はファンの間では婚約者と並んで"2大障壁"と呼ばれた、歴としたサイユルートでの妨害キャラである。

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