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わたくし悪役でしてよ  作者: しぶぬきかき
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わたくしと万祐子ちゃん

 

 

 サリエさんは出て行ったときと同じように、走ってわたくしのお部屋へ戻って来ましてよ。


「お茶で良いかな? お水もあるよ? 大丈夫?」


「まあ、ありがとう」


 500ml入りの飲み物を何本か携えて。わたくしったら、ぼんやりしていないでグラスを出さないと。切子のグラスに飲み物をつぎます。サリエさんも飲み物を飲んで一息を吐いているようでしてよ。


「走らせてしまってごめんなさい」


「ううん! 平気!」


 まあ、さきほど朦朧として万祐子ちゃんと間違えてしまったけれど、仕種や性格が万祐子ちゃんに似ていますわ。


「あのね、私、万祐子だったの」


「まあ……」


 通りで似ていると……ほほほ。


「……えっ? 万祐子ちゃん!」


「うん。霧島万祐子」


 万祐子ちゃん……でしたのね。なぜ……。


「なぜ……」


 教えて下さらなかったの? 教えてくだされば、もっともっと楽しい学園生活になりましたのに。


「あのね……。黙っててごめんなさい。言い訳になっちゃうんだけど、私も、万祐子だったって思い出したのは最近なの」


 そうでしたのね。


「あのね……。あの……卒業式の日のこと」


「ええ、とても悲しかったわ。一番楽しい日々がこれで終わるのね、と。万祐子ちゃんとは大学は別々ですし……。でも、確かにあの三年間の輝きはいつまでも忘れなくてよ。そう、思って気が付いたらこちらの世界へ……」


 いつまでも、輝いてそこにある。とても貴い日々でしたわ。


「万祐子ちゃんと手を繋いで歩いているうちに、とても悲しくなってきて……まるで走馬灯のように、あの輝かしい日々が駆け巡って……。そうだわ、あのときは確か……ああ! なんてことなの!?」


「桜子ちゃん?」


「わたくしのせいで、あなたは……!」


 あのとき、何が起こったのか。

 そうでしたわ。

 万祐子ちゃんは通り魔に刺されて……。わたくしを庇って!


「万祐子ちゃん……万祐子ちゃん、ごめんなさい……ごめんなさい!」


「……桜子ちゃん、思い出しちゃったの?」


「ええ。ええ……わ、わたくし……あ、あなたの……」


 なんてこと! 


「良いから、桜子ちゃん。良いから、ね。ね?」


 馬鹿なわたくしは、あのときまでは、卒業しても、い、一緒に遊びに行ったり……。ずぅっと、いつまでも仲良しでいられると信じていたのよ!

 それが、あのようにあっけなく終わるだなんて……。


 ぽろぽろと記憶が蘇ってまいりましてよ。



********


「あのね、万祐子ちゃん……わたくし、あれから……」


 わたくしは、サリエさん――万祐子ちゃんにせがまれて、その後の人生を話し始めました。

 まず、通り魔は法で裁かれることになりましたが、心神喪失のため一審では無罪。二審でも心神耗弱で無期懲役。最高裁で確定されました。

 6年かけても無期懲役など許せませんでした。あれほど人を憎んだことはありません。ですが、なによりわたくし自身を許せませんでした。憎みました。

 万祐子ちゃんのお父様とお母様にも顔向けなどできませんでした。


 その後、父の会社に勤めながら30歳で結婚しました。井上恭親さんというかたで、ずっとわたくしを支えて下さった方です。


「わたくしは女の子が欲しかったのに、男の子しか生めなかったのよ……理央という男の子で……」


 女の子が産まれたら万祐子にしようと思っていたのに。理央にも可哀そうなことをしてしまいました。

 お母さん、どうしてそんなに悲しいの? といつも聞かれて……ひどい母親だったのでしょうね。


「でも、孫にも恵まれて。男の子が二人と女の子が一人……お嫁さんが名前を付けたがったけれど、お願いして万祐子ちゃんにしてもらったのよ。三人とも可愛らしい子で……だけど……」


 だけど、馬鹿なわたくしはやっぱり悲しかったのです。

 辛抱強く見守って下さった恭親さんにも、心の底から応えたことはなかった。結局、61際のときに心臓発作で倒れて……ああ、このまま死ぬのかしら、と思ったときにあの輝きがまざまざと蘇ったのよ。


「それで気が付いたらここにいたのよ」


 万祐子ちゃんは、わたくしの話を噛み締めるように聞いてくれました。

 なぜ、忘れていたのかしら?


「ねぇ……桜子ちゃん、幸せだった?」


「ええ……気が付けなかったけれど、わたくしは……幸せだったのでしょうね」


 万祐子ちゃんは大きく頷いて、わたくしの目をじっと見つめてきました。

 わたくしのお話はお終いです。


「そっか……あのね、私ね、あのとき……死ぬなんて思わなかったの。それで、ダメかもって悟ったときに、死にたくない、馬鹿なことしちゃった、なんで庇っちゃったんだろう……って、すごく後悔したの。桜子ちゃんが助かって良かった、でも、死にたくないって……」


 万祐子ちゃんは疲れたような、寂しい口調でお話してくれましてよ。

 本当の気持ち。正直な気持ち。

 それを聞いてわたくしは安心いたしました。

 わたくしのせいで亡くなったのに、それで満足、後悔していない、なんて言わない。


「でも、なんかスッキリした!」


 万祐子ちゃんにこりと微笑んで頷きましてよ。

 あら? では、わたくしも転生? とやらをしたということなのね?


 まあ、きっと神さまがもう一度万祐子ちゃんに会える機会をくださったのね。


「でしたら、今度こそ万祐子ちゃんにはうんと幸せになって貰わなくてはね!」


「うん! 桜子ちゃんもね!」


 わたくしは良いのです。

 万祐子ちゃんに幸せになって貰えればよろしくてよ。





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