閑話 天久遵
俺の友人が約三十分間で変人になった件について。
頭に花が咲いて帰ってきやがった。思わず椅子からずり落ちそうになっても俺は悪くない。
「どうしたんだよ。テル」
「借りたんだよ」
「あのチビに?」
「うん」
前髪のせいで今まで感じなかったが、結構くるくる表情を変える友人だったらしいと今さら気づいた。ひまわりに触りながら満面の笑顔とか、正直気持ちが悪い。
「ふーん。その様子なら話が上手くいったんだな。葛西の『あたしの月夜に変な女がくっついてる!』ってヒステリーをもう聞かなくて良いんだな」
「………あ」
「あ゛?」
しまったと頭を抱えるテルに俺は、おいおいと嘆いた。
「お前の大好きな心美ちゃんの大好きな幼馴染みにまとわりつく害虫駆除だったんだろ?いつもみたいにちょっと威嚇すれば、あんなのピイピイ泣くだろ?なにやってんの。らしくない」
「う、うん…でも。なんか毒気が抜けて」
アハッと笑うテルに俺は拍子抜けした。いや、待て、毒ばっか吐いてたよな。あのチビ。毒を持って毒を制すとかか?なんか、違う。
テルは普段はぽやんとした奴だが、葛西が関わると人が変わったように過激になる。男相手なら手が出るほどだ。それが、いま一番、葛西の神経を逆撫でにしているあのお子ちゃまにひまわりのヘアピンなんぞ借りてきて、しかも頭につけるとかなんだ。友人の身に何が起きたんだ。明日は槍でも降る予定だろうか。
殺伐した雰囲気がいっさいないテルに面白みもなく、なんとなくぼんやりとひまわりを眺めていると、聞きたくもない声でテルを呼ぶやつが現れた。
「テルりん……に、遵か」
不愉快を隠そうともしない片倉に俺は俺で舌打ちする。こいつ、前に嫌がる俊平に俺のふりをさせて、遊び回らせていた時に『弟を遊び道具にするな!』って喧嘩になったんだよな。はっきり、俺と俊平を区別した訳じゃないから、許してやってはいるが、いつか痛い目に合わせて俊平から引き離してやる。
「達也、何か用?」
「あー…」
明らかに話しかけて失敗したと言わんばかりの顔にざまあと溜飲が下がる。よほど、俺に会いたくなかったらしい。まあ、お互い様だが、片倉の嫌そうな顔は正直見ていて愉快だ。
「あ、達也さ……んと、テル兄と、……会長?」
目をぱちくりさせて、赤毛のチビが近寄ってくる。ん?みたことないな。
「テル、うちの学校か?」
「違うよ。天匙中に通ってる。ほら、月夜。俺の幼なじみ」
「え?うちの会長じゃないんですか?」
片倉が赤毛にひそひそと余計な事を植え付けてやがる。
「初めまして。俊平の双子の兄の遵です。月夜君。深託中の会長はやっているよ」
「爽やかに自己紹介してるけど、関わるのはお薦めしないよ。月夜」
「おい」
まさかの友人の裏切りにイラッとしたが、まあいい。
「どうしたんだい。最近、テルを避けてるって聞いたんだけど。わざわざ探しに?」
「遵」
咎める片倉を無視しようとしたが、月夜があの、と…。
「達也さん、その、」
そわそわと辺りを見回す月夜になんというか。ああ、あのチビと待ち合わせでもしてたのかと、からかいの意味をこめて、訊ねてみる。
「誰かと、待ち合わせ?」
「いい加減にー…」
片倉が怒気を込める。なに、それ。会わせたらヤバい奴がいるって白状してるようなもんじゃ、
「あれ、テル兄のそれって、秋月の?」
唖然とした月夜の声に意識が引っ張られる。
「ん?あ、ルーが前髪が邪魔だからって貸してくれた」
なんの毒気もなく、外すと呪われるって。なんだ。女子特有のおまじないってやつかと、それに巻き込まれた友人を気の毒にも感じたが、唖然としたのは片倉も同じだったらしく。
「いつ、秋月さんに会ったんだ!?」
「あ、秋月と何があったんだよ。ルーって何?」
殴りかからんばかりの勢いの二人に掴みかかられるテル。
「おい、落ち着け。話をしただけだとよ」
暴徒から友人を引き離す。まったく、テルもなに、キョトンとしてる。怒れ。
「あの子は…っ、何のためにアドレス交換したんだのか、ちっともわかってない!」
「え?テル兄と話って…ま、まさか、泣かしたり…え、達也さん、秋月のアドレス知ってるの?」
ーーうわっ、やべ。面白い。
片倉が肩を震わせ、月夜とかいうやつはオロオロしながら顔面蒼白だ。うわっ、あんなお子ちゃまのどこにこんなに引っかかってんの。笑える。
「何の話をしたの。俺、話次第なら、一生テル兄許さない」
おーおー、いっちょまえにテルに喧嘩売るな赤毛。片倉も不穏な空気だ。面白いな。
テルは、友人受けは良かったからな。こんなに友人たちに怒気を向けられるのは初めてらしい。困惑で、俺に助けを求める視線を向ける。なるほど、チビ。確かに目は見えたほうがいい。
ミステリアスと言われた友人がわかりやすくなった。
「いいじゃん。毒抜かれたんだろ正直に話せば、髪切れって言われたって」
「あ、うん。母さんに切ってもらうよ」
これは、こいつがマザコンだからのセリフではなく、母親が美容師だからだ。髪を勝手に切ると叱られるらしい。ていの良い練習台だな。
楽しそうなテルの様子に明らかに安堵する二人にチッ、もう少しからかえば良かったと後悔したが、続いてのテルの言葉に片倉は、なが~いため息を吐き、赤毛は涙目になり、テル兄が好みなのかと嘆いた。
「うん、『夏だから、恋をしよう』って誘われたよ」
満面の笑みで、楽しそうだな。おい。葛西はどうした。
まあ、いいか。
俺は、あんなお子ちゃまに興味はない。
俺は、上着のポケットに入ったハンカチに手を伸ばす。なかなか見つかんねえな。あの『小鳥』。
もう、客はついたのか。神取のおっさんにそれとなく尋ねても曖昧に誤魔化しやがって。あ~なんか、つまんねえな。
あのお子ちゃまも黒髪なのに全然夜の気配はなさそうだし、あんなでっかいひまわりなんか頭につけてるし、『小鳥』と同じなのは口が良く回るとこか。
俊平にばっか任せてるから、見つかんないのか?
日に日にあの大きな黒曜石の猫目をもう一度、見たいなんて、
「あ~やだやだ」
「何が」
赤毛に詰め寄られているテルを放置したらしい片倉が、わざわざ俺に話しかけてくる。なんだよ。嫌いなら、無視しろよ。
「飼ってもいない『小鳥』が頭から離れてくんない」
俺も、なんでこいつに愚痴るかな。片倉は、どこかに視線を向けてから考え込み、観念したように溜息を吐いた。
「お前が、年相応の恋愛をすれば見つかるんじゃないか」
うわっ、こういうところが合わないが、俺に助言とか珍しい。
「むりむり。もう頭から爪の先まで、俺を誰も離してくんないって」
あの呪われた家に縛られているんだ。俊平だけが自由なれるなんて、絶対許すつもりもないし、恋に青春なんか無理だ。
諦めろと言われたことなんかないが、出来ないことに時間を費やすつもりはない。
片倉は、何かを言いかけて、自分の平凡で退屈でどこにでもある家を思い出したのか、黙る。うらやましくもない。
こいつは、高校に行ったら部活に入り、友人を増やしバイトなんか始めて、そして、こいつの言うずっと大切にしたい誰かに出会うのか。
俺は、退屈を紛らわすためにハンカチの入っていないほうのポケットから飴を出し、片倉にも一つ投げ渡すとなぜか苦笑した。
「棒付きだな」
「なんか、文句あんなら返せ」
「ないよ」
取り返そうとしたら、もう紙を取り舐め始めやがった。まったく。ああ、そういえば、
「お前も同罪だかんな」
「?なにが」
ぱちくりと不思議そうに聞き返す片倉に俺は、あのお子ちゃまの口真似をした。
「『守るべきマナーも守れないガキ』。ここ、飲食禁止。チビに怒られた」
「そ、れは……ッ」
ヒーヒー腹を抱えて笑い出す片倉。
テルと赤毛が驚いて、こちらに視線を向けたが何でもないと手を振る。
一通り笑い、眦に滲んだ涙をぬぐいつつ、片倉が今まで見たことのない晴れやかな笑顔を俺に見せた。
「いつか、出来るかもな」
「なにが」
「恋の話だよ。遵」
あんまり、楽しそうに言うから、俺は呆けてろくな嫌味もいえず、お、おう。と返してしまった。
その後、マナーモードにしていた携帯が振動し、迎えがきたことを告げると、そこでテル以外とは解散になった。
テルを家まで送れと運転手に告げ、自分は足早に帰宅すると同時に俊平の部屋に行けば相も変わらず、勉強ばかりし、振り返りざま不機嫌そうに俺を一瞥し、文句を言おうとした弟を遮る。文句を聞いてる暇はない。
「秋月って、チビ知らないか?」
弟が、いままで見たことのない位、間抜けな顔をした。
ルカの中学は『天匙中学校』
校風は『神よご慈悲を』
光原・天久兄・葛西の中学は『深託中学校』
校風は『愛は自由』




