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さすがに雅さんの話を聞いていたので食事は並べられはしたが辞退した。
「そう……少し、丸くなったから?」
悲しい表情から鋭い一言。
心に刃が刺さった!
「冗談よ。うふふ」
やだーっ!この人、抉ってくるよー!!
兎も角黙ろう。何しにきたんだ。この人。いや、まだ、小鳥ちゃんがバレたわけではー…っ、
「小鳥さんが年下だったなんて、遵くんの趣味変わったのかしら?」
はい、バレてますよねー。往生際が悪かった事は謝ろう。しかし、偽名のまま呼ぶのは嫌味?
「今日のお着物はいかがかしら?神取さんの育てた『花』のお姉様方が貴女の事を丁寧に仕立ててくださったのよ」
そう言われて、自分が着ている着物の着付けやマッサージやら髪型を整えてくれたり化粧をしてくれたお姉さん達が私に優しかった事を思い出す。色々説明してくれたけど、正直、彩さんの事が気になりすぎて何にも覚えてない。
きつい目付きを大分柔らかくしてもらい、念願のピンクの着物!うむ、これならば家族に写メを送っても問題はなかろう。
「……あとで、写真を……」
「気に入って貰えたみたいで嬉しいですわ」
デザートくらいはどう?と聞かれたけれど、ここで飲食する気がない事を遠回りに口にすると、彩さんの目に剣呑さを帯びた。
「あら、なにか嫌な思い出でも?」
「注文していないお酒を飲まされて…」
「ーー躾のなってない方が居られるようですわね……誰か覚えていらっしゃる?」
彩さんに促されて、辺りを見回すと従業員の皆様、私と視線が合いませんねー。
「神取が」
「さんを付けなさい」
ご指導入りました!
「貴女が神取さんの大切な方だと云うのは理解致しました。でも、わたくし達の恩人であるあの人を軽んじる態度を見逃す気は有りませんよ」
私と神取の関係を知らないくせにーと不満に思いながら、水の入ったグラスをぐるぐる回してみる。……美味しそうな匂いが充満しているのになにも食べれないって切ない。
一応、雅さんにSOSのメールを入れておいたけど……よくよく考えたら、ここに入れないよねと、太刀川さんにも入れ直しておいた。来ない……。
「小鳥さん」
「はい」
「神取さんの事をどう思っているのですか?」
「きらい」
だと思っていたい。と心の声は付け加えないで、頬を膨らませたまま、彩さんを見たら、ふぅーっと長い息を吐きますね。
「子供ではないのですから」
確かに生前プラスαの態度ではないか。しかし、肉体年齢的には子供だ。
「彩さんは神取……さんが好きなんですよね」
「えぇ……ああ、でも勘違いはいけませんよ。『花』の誰も神取さんと関係を持っておりませんの。……わたくし達、『花』はあくまでも商品……と云うには、神取さんのわたくしどもを見る目があまりにも暖かすぎて勘違いしてしまったのですがー…」
彩さんの目が私を責めてる?
「あの後、神取さんにお食事に誘っていただいたのですが」
ちらり、と私を確認するような目に頬を膨らませると、「淑女がはしたない」と咎められた。淑女ではない。三下だ。
「『あの子の敵になるなら、例え君でも許さないよ』と念を押されてしまいましたわ……大事にされているのですね」
「……」
その言葉に無言を通す。……大事にされてる……。
されすぎてる。と急激に不安になる。
神取に形が違うけどこうして大事にされている記憶が『秋月ルカ』の中にもある。
でも、その時の神取はー…。
携帯のマナーモードが震える。
「……見ていいですか?」
「結局、お詫びとして誘ったのですがお食事は出来ませんでしたわね」
ふぅーっとまた、長い息を吐く彩さん。あれは誘いでは無い、拉致だ。
メールを見たら、雅さんが“どこかわからない”と、……あ、確かに。ゲームだと大雑把なマップがあるだけで場所がわかるわけないか。
太刀川さんからは、着替えている最中にか電話が有り、電話に出なかったからメールにしたのだろう“迎えに行きます”と返信が有った。
ギャルソンを呼んでディナーを下げるように指示する彩さん。……あ、私に酒を飲ませた人だ。
ジーッと私が目を真ん丸くし、見つめると何事もなく皿を下げようとしたギャルソンがそれに気づいたらしく、私を見つめ返すと漸く気づいたらしく、小さく悲鳴をあげて、慌てた様子で違う席に視線を向けた。
彩さんも気づいたらしく、ギャルソンが見た方向に視線を向けると不愉快な者を見たと言わんばかりに睨み付けている。
「貴方、あの方の子飼い?」
蛇のように粘着し絞め殺すぞと言わんばかりの殺気をギャルソンに向ける彩さん。
「い、いえ、こちらのお嬢様の時だけです!」
「そうかしら?」
彩さんが胡散臭げに見つめると、ギャルソンの体が小さくなっていく気がする。
やだ!姉御!!と呼びたくなるほどの頼りがいのある姿にうっかりときめきそうになる。
ーー危ない。
「誰ですか?」
ギャルソンが邪魔でよく見えない。
「ここの顧問弁護士よ」
……ギャルソンがさっと身を引くと、相手の姿が見え私の体が膠着する。
夢で『秋月ルカ』の腕を引いた男ーーッ
「あ……っ」
「小鳥さん、行きましょう……小鳥さん?どうしたの?」
血の気がどんどん引いていく。
怖い。あの男にだけは近づきたくない。
病的に細い身体とぎょろっとした目、弱者をいたぶるのが好きでたまらないという雰囲気がにじみ出ている少し猫背な男。
ガタガタ体が震える。
彩さんが、ここを出て休みましょうと促してくれるが、うまく動けない。……そうこうしているうちに男が立ち上がってこちらに向かって歩いてくる。
なんで!?と悲鳴をあげそうになるが口の中がからからで声もうまく出せない。
「大丈夫?」
ぞわっと鳥肌がたった。男が私を心配するかのように声をかけてきた。
……助けを求めて、彩さんの振り袖を握ると力強く頷いてくれた。
「わたくしの友人に何かご用でしょうか、渡仲様」
「ああ、彩さん。お久しぶり。……そちらの連れの子が具合が悪そうだから……ただの親切心だよ」
くくっと喉を鳴らす男。
「あら?わたくしがこの様な不測の事態に対応の出来ぬ無能とでも仰りたいの?ありがた迷惑ですわ。むしろ邪魔。退いてくださる?」
「この前、神取君と一緒に居た子だから挨拶したいだけさ」
「ーー紹介されない時点で貴方とは関係ない世界で生きている子ですのよ。そんな事も察して差し上げれないなんて……今度こちらには、わたくしの家の優秀な弁護士を紹介致しますので、貴方は新しい会社をお探しになっては?」
「ああ、そうだな。神取には弁護士が必要かもね」
男の言葉にハッとし、顔をあげてマジマジと見つめてしまう。
なんで、今、神取?
私が男を凝視すると、それに気づいた男が私をなめ回すような視線で返してきたので、はっとし下を向く。
それを鼻で笑ったような気配にさらに体が縮こまる。
こわい…。記憶に負けそうだ…、吐き気がこみ上げてきた瞬間、
「情けない」
慣れ親しんだ声に顔をあげると、神取とー…、あれ?片倉さんだ。スーツ姿の片倉さんが私を心配そうにこちらに走り寄ってこようとしたけど、神取がそれを止めている。
神取が私の姿にため息を吐いた。
「君の良い所は何も考えず人に噛みつく猪な所の筈だ。会って間もない子供にくだらない欲を向ける人間の前で下を向くのものではない」
なんたる言いぐさ!
私が何に恐怖して、怖がってるのか知らないくせに。
ふん、何が『秋月ルカ』の記憶だ。今の私には溺愛しすぎて、マングース様を背負ってくれるお姉ちゃんと魔王様とどす黒いオーラを放つお父さんとちょっと天然で気弱なお母さんと……迷ってると背中を押してくれる神取と……たくさん居るんだぞ!!
生前プラスαだ!!
ギロッと男を睨み付ける。ああん?なんねん。怒りのウリ坊が火を吹くぜ。
「具合、悪くないんで席に戻ってください」
「え?」
突然豹変した私に男が変な声で呆けた。ので、ダメ押し。
「だから、お呼びじゃないんです。ああ、一応ご心配ありがとうございます。前に私に酒を飲ませた事と差し引いてもマイナスなので、二度と会わない事を祈ります」
南無!と手を合わせると男の表情がひきつっていく。さて、私たちの他にも客がいるので、ギャルソンに視線を向ける。だいたい、貴様が金を握らせられたのも悪い。
「お店の評判がどうなってもいいのー?騒ぐよー。未成年に、じゃ通じないかもしれないところだけどー、だからこそ、客が注文してないメニューを勝手に飲ませたって云うのは、この店の信用問題だよねぇ?この前は神取が穏便に済ませてくれたんでしょう?でも、それは、神取の判断で私の判断じゃあないんだー」
ねえねえ、或いは、にこにことギャルソンを攻めてみる。顔色が一気に青くなった。かわいそうに。
どこかの誰かに関わったからこういう目にあうんだよ。勿論、どこかの誰かは私だが。どん。
ちょいちょいと耳を貸せとジェスチャーすると、半泣きなギャルソンは死刑宣告寸前の表情で耳を貸してきた。甘い。
『秋月ルカ』のように妖艶に、万葉さんのように醜悪に、彩さんのように心の底から気分を害した体で笑みをつくる。やだ、……ただの脅しで良かったね?
うふふ…と、彩さんの前なので覚えていた悪女スタイルに変身!
「わたくしが神取様に向かって『ここでお食事したくありませんわ』と、今この場で大きな声で言えばどうなるのでしょうねぇ。……ところで、わたくしの声、貴方にはどの様に聞こえますか?ーー悪魔のように耳触りが良いと評判ですのよ」
悪女から小悪党へすぐさまジョブチェンジしニタリと笑いかければ、ギャルソンの顔色が青から真っ白になってしまった。血の気どうしたの。
まあ、良いか。
片倉さんが目をぱちくりさせている。……はっ、甘やかして守ってあげたい子のイメージにそぐわない?小悪党じゃダメ?小悪党だって守ってもらわないと生きてけないよ?
「あらまあ、小鳥さんったら。うふふ、すっかりその方がお気に入りですわね」
「うふふー、次に来た時も是非お世話になりますね」
にこにこと副音声つきで蛇とウリ坊を背負って彩さんと微笑みあっていたら、神取がスーツから財布を取りだし、そっとギャルソンに何かを握らせた。
チップだっけ?疲れてるようだから美味しいものでも食べてね。
いつの間にか、あの男が居なくなっている。……特にもう会いたくないので、神取にもう帰りたいと態度で示すと、彩さんと少し楽しそうに笑った片倉さんと共に駐車場で待っていた太刀川さんのもとに向かう。
太刀川さんがご立腹だ。
「彩さん」
「お姉様達に謝らなければ、『レッスンと云う名の拷問漬けにするわよ』と脅されたのですわ。それに美味しいものがお好きと聞き及んでいましたので、マナーを教えながらと…と」
太刀川さんの怒ってますよオーラに言い訳を並べていた彩さんだったが、最終的に声を震わせ「申し訳ありません」と小さく謝った。
「片倉さんは、どうして?」
「神取さんに呼ばれてたんだけど…」
スーツ姿に首を傾げると、神取がにこにこしながら、爆弾を投げてきた。
「ルカの誕生日の時に彼も一緒にどうかなと誘って居たんだよ。スーツを持っていないというので、強引に連れ出して選んでいる最中だったのだけど」
………私の血縁上の父がすみませんでした!とスライディング土下座をするべきか。
どうやら、学校からの帰りに神取から連絡をうけ、そのまま連れ出されたらしい。……リン、怒ってるかも。あ、牛乳どうなったろう?
困惑しきった表情で「試着中に秋月さんに何かあったって聞いて…」と言うので神取を見上げたら、「会計は済ませたよ」と余裕だ。
「誕生日、一緒にいてくれるの?」
「ん?ああ、昴から聞かなかったかい?」
「聞いたけど……、太刀川さん、忙しいって言ってたし」
太刀川さんを見たら、「メドがたちましたので」と返された。……狐様、押さえてくれたのか。彩さんが少しきまずそうだけど。
彩さんはそのまま自分の家の車で帰るらしく、ついでに神取を会社に送る事になり、片倉さんと私は太刀川さんに送られる事になった。着物着たままだよー。片倉さんもスーツのままで二人で「……どうしよう」と呟いたら、太刀川さんが「ルカさんは天久家で着物の試着をしたことにし、達也くんは、神取さんに捕まったとありのままに話してください。昴さんは納得します」と返された。
お父さん以外は?
しかし、家に帰って事情を説明してみれば、お父さんと藤咲さんだけが渋い顔をし、お姉ちゃんとお母さんが私の撮影会を始めた。はいはい、佐伯カメラマンさん、スマイルは出血大サービスですよー。
焼き肉は片倉さんも居なかったので、明日になったらしい。わーい。
カルビ!ハラミ!ホルモン!!そういえば、最近ラム食べてないなー。
着物を着替えて片倉さんと用意されていた夕飯を食べ終えてごろごろしていたらリンが家に帰る前に近寄ってきた。
「……」
顎をくいっとすくわれた。なにー?
「なんだか、やけにすっきりした顔をしてますね」
「うん、毒を撒き散らしてきたの」
「……」
リンが無言でチョップしてきた。な、何故だ。
気分がすっきりすると、考えの幅が広がった気がする。
長谷部さんが、もし光原冬馬だと云うならば……という前提の話で少し考えてみる。
ゲーム設定の光原冬馬の職は理容師だ。夫婦で店を切り盛りしていた筈だ。
ある日突然帰って来なくなり、行方不明者として捜索され七年が過ぎ、死亡したと判断された。
光原母は、納得していなかったけれど、泣きじゃくりながら父親を探す光原さんの気持ちを考えて、仏壇を買い、毎日ここに挨拶をしなさいと光原さんの心をなんとか安定させた。
……光原冬馬は行方不明ではなく、記憶を万葉さんが嫌う『どこかの天使』に消されさ迷っていたところを市長に拾われたと仮定しよう。
そうなると、顔を知っている万葉さんに会わせて騒がれるのが面倒で力を使用し、互いに認識しないようにしていた。
……しかし、そうなると、どうなるんだ?脳内会議。
『はい!長谷部さんが若すぎます!!童顔って顔でもありません』
そうなのだ。引っ掛かるところはそこだ。
長谷部さんは若すぎる。やはり、この仮説は間違いで切り捨てるべきか?
長谷部さんは若すぎる……若すぎるとしたら……ー若返り?
「あれ……?」
若返り……若返り……と言えば、ループとかリセットもそうじゃないのか?
雅さんと私が記憶を持っている以上、同じ人間で繰り返しているのだから。
むぅ…、方向性は間違ってない気もするけど……。
確証がない。
セラ様が質問したら答えてくれるのかな?
肉体にも記憶消去って効きますか?って。
身体が歳を取ったことを忘れれば、若返るんじゃと思うんだけど。どうだね。脳内会議。
『『『うーん』』』
さすがに突拍子もないか。しかし、今日は『私』のため息も否定の言葉もないから良いことにしよう。
一応、"無事か?"とメールと電話の量が半端なく履歴に羅列されていた雅さんに思いついたままの事をメールにしたためた所、"突拍子もないことを思いつく"と返信が有った。確認は、文化祭後だなともあったので、切って捨てなくても良いらしい。
それに安堵し、今日は眠ることにしたが………。
「ルカ、大丈夫?」
「うん……」
女の人の声の代償でここ数日悪夢を見続ける。悪夢ではなくとも妙に生々しくリアルな夢のせいで私は、すっかり寝不足になりながら日曜の朝を迎えることになってしまった。




