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マナルン宅にお邪魔するのを拒否された。
玄関先で盗撮く………マナルンの弟の美草がひばりんと私を見た瞬間に怒鳴り散らしてきたので、騒ぎを聞きつけて家から出てきたマナルンのお母さんらしき人が有無を問わずに「どこかで時間を潰しなさい!」と、マナルンが財布をつき渡された瞬間ーーひばりんと私の目付きはココさん曰く映画の任侠的な人間の目つきに見えて怖かったと言われた。
しかし、それよりもにっこり笑顔で普通にそんな母子に対応したマングース様の方が背筋が凍るほど恐ろしかったのも共通認識だ。
「こんにちは。愛川君、体育祭ではルカが随分迷惑をかけたみたいに言っていたけれど。練習って言葉知ってるのかしら?何度かルカが貴方を誘ってるのを見たけれど、小馬鹿にしたように拒否したわよね?それでお金をばら蒔いてたみたいだけど、結局無駄遣いだったよね?ねえ、結局何がしたかったの?私にもわかるように説明してくれる?」
ーーお姉ちゃんが、穏やかな声でにこにこしながら美草を追い詰めている。
恐怖!
お、お姉ちゃんは優シインダヨ………。と呟きつつひばりんのじとーっとした追及の目を避け遠い目をしてしまった。
「お、おれはー…っ」
「そのお話は長くなるの?立ち話で貴方は大丈夫?私は何時間でも大丈夫だけど」
「う…」
美草の顔色が悪い。お姉ちゃんなら、確かに何時間でも笑顔を張り付けて美草を追い詰めそうだ。
私の自業自得もあるけど、それを差し引いても余程腹に据えかねていたらしいのかお姉ちゃんは、マングース様を背中に背負って美草を威嚇し追い詰めている。
でも、マナルンが腰に抱きついて、やめてあげてーっと助け船を出すとふぅ、とため息を吐き、今度は愛川母ーーいかにも良家の奥さんな人ににっこり微笑み、
「では、失礼いたしますが。マナさんは今日はうちでお預かりいたしますので、その支度をお母様がちゃんとご準備していただけますよね。ーーそのお財布を仕舞ってからでお願いします」
「は、はい!」
本能的にマングース様に逆らってはいけないと感じたらしい愛川母は、必死に頷いている。つまりは、母親ならきちんと愛娘のお泊りセットを選んで来いよ。金で解決しようとすんじゃねえぞ!ですね。わかります。
体感気温を氷点下にしながらにこにこ笑顔で準備を待つお姉ちゃんと一歩引いてるココさん。何か興味深そうに頷いてるひばりん。
美草は早々自宅に引っ込んだが、支度が終わったマナルンとともに愛川母が出てきて、「寝る時と起きた時には電話頂戴ね」とマナルンを送り出すので、首を傾げて不思議そうにしていた私に「うちでは、おやすみなさいとおはようは必ず家族にいう決まりなんだよ」と少し嬉しそうに言う。
マナルンもきちんと愛されてるんだと安心した。そうだとすると、美草が特別扱いが過ぎているか。………なんでだろう。
なんとなく、ヨーロッパのお城の縮小版なイメージのマナルンのおうちを見上げると二階の部屋の白いカーテンの後ろからものすごく綺麗な幼女が私に向って微笑みかけてきたので、びっくりして、瞬きしたうちにいなくなってしまった。
………ゲームではマナルンに妹はいない筈だ。親戚の子か?
なんとなく引っかかった。
そして、ココさんとマナルンがそれぞれの家の許可を貰って我が家にお泊まりの方向で話が纏まったら、ひばりんが帰ると口にした。ご両親に何か急いで見せたい物があるらしい。
「じゃあ、帰るけど心美をよろしく」
「うん、光原さんに説明よろしくね」
夕飯くらいはと聞いたけど、やっぱり帰ると言われてしまった。
む、いつもお世話になってるから接待しようと思ったのに。遠くなる背中が見えなくなるまで見ていたら、ひばりんも私の姿が見えるまで振り返って手を振ってくれる気遣い。
なんたる精神までイケメン。
ココさんがひばりんに執着してもおかしくないのかもしれないと改めて思い直してしまう。
そして、今現在。
秋月ルカは、キッチンで楽しそうに夕飯を作るお姉様方をぐぎぎっとした気分で眺めていた。
「ルカ、キッチンが狭くてごめんね」
お父さんによしよしと頭を撫でられる。おのれ、狭い場所を私がチョロチョロすると危ないとリンにキッチンから首根っこを掴まれて追い出されたのでお父さんと一緒にテレビを見ることになってしまった。
確かにうちのキッチン、広々と扱うとしたら三人くらいかな。お母さんも場の空気を読んで別なことしてるし。………うん、うちのキッチン狭くない。むしろ、邪魔な行動しか出来なさそうな私を撤去したリンが空気を読んでいるけど。
それと気持ちは別問題だよ。
「私も役に立つんだよー」
「じゃあ、洗濯物畳んでくれる?」
「はーい」
お母さんがリビングで洗濯物を畳むのでそれを手伝うと、リンがお姉ちゃんに話しかけている。夕飯に二人分追加してってーーココさんが、マナルンの後ろからリンを凝視している。
どうしよう。弱っているココさんを威嚇する訳にはいかない。そして、ココさんは別にリンに恋してる訳じゃないはずだし……でも、憧れから恋になるとも言うし。
「むぅ、難しい問題だ」
頬を染めてリンを見つめるココさんは、私の威嚇対象なのだろうか。本当に難しい問題だ。
リンが何かを察して「くだらない事考えない」と釘を刺してきた。私の生活スタイルの死活問題だよ!?
夕飯の席にリンが片倉さんと藤咲さんを呼んだらしく、一種のカオスになった。主に藤咲さんにとって。
お父さんが大人げなく藤咲さんを威嚇し、お母さんはにこにこ話しかけ。ココさんの存在に怪訝な表情をし、マナルンになんとか笑顔を向け……気疲れしている。片倉さんがさりげにフォローしているけど。
「リン、どうして二人がいるの?」
「片倉に曲が上手く弾けそうにないので鍛えてくれと頼まれたのですが、それを聞いていた桜田がついでに藤咲の内面を鍛え直せと引き渡されたので……それに家に帰さない方が良いかなと」
なんとなく、ですけど。と、リンが言う。片倉さんに視線を向けたら、苦笑された。
それにしても桜田先輩ともう少しじっくり話し合いたい。未だにその機会に恵まれないのは、ちょっと先輩が忙しいのが問題だ。生徒会に部活。なんて充実した学校生活。
でも、あの人『天久ルート』をどうにかできなかったのだろうか。あーたんの件はどうにもならなかったとしてもーー何度かループを体験してって、どこからだろう?………今回、一からのリセット?やり直し?……ループって、完璧に人の力ではどうにもならない事態だ。
ゲームの世界だから?……いや、ゲームの世界観はあっても現実だよね。私とアディーとセラ様が『契約』してる時点で別ものだし……。
そして、ゲームには『桜田雅』がいたのか?狐様も『天久遵』としていたけど……、ゲームでは双子設定のはずだった。会長と双子は、あーたんだーーおかしい。いくら一族の神様だとしてもあの会長が、狐様が『天久遵』の代わりを演じる事を許すのか?
狐様が『天久遵』の代わりを演じなければいけなかった理由………は、なんだ?
枠って何だろう?
繋がらない事がある。ーーけど、繋ごうとすると突然、電波障害になるような。何かに邪魔をされている?
わからない。
ふぅーっと、ご飯を食べる箸を止め、思わずため息を吐く。
「ルー、どうしたの?」
「え?」
「美味しくない?」
不安そうなココさんに辺りを見回すと皆が心配げな表情を。ど、どうして。
「ルカ、口を開けなさい」
リンの言葉にいつも通り隣の席のお姉ちゃんが私の口元にからあげをあーんってしてきたので、反射的に食べる。
もぐもぐ。うむ、うまい。
からあげの美味しさにご機嫌な私の様子にリンは、頷いた。
「箸を持つのがだるくなっただけみたいですね」
何、その結論!?
「違うもん!私だって、食を忘れ思案する事が」
「ご飯美味しいですよ」
「お姉ちゃん、ツナサラダを大盛りにしてください!」
植物繊維で腹を満たさねば。うむ、あさりのお味噌汁もおいしい。
「ルカ、この炊き込みご飯ね。マナさんが作ってくれたんだよ」
「ご飯普通盛りで!」
「からあげ、あーん」
私の左隣りを占拠したココさんが、一生懸命口に運んでくれる。ココさんの中で私はからあげ好きが確定したらしい。
た、体重が…っ、でも、美味しいよー。
お腹が苦しくて動くのが億劫な私を心配してお母さんが一緒にお風呂に入ってくれた。わーい。
お父さんは、なんだか居た堪れないとリンのお家にお泊りするそうだ。なので実質、我が家はいま女性しかいない。
しかし、そんな事言われたらセラ様を呼びづらいよ。お父さん。ココさんの状況を知ってもらいたいのにどうしよう。セラ様が男前な性格過ぎて異性として扱うべきか同性でもいいのか困る。
お母さんと一緒にお風呂からあがってくると、先にお風呂から上がっていたお姉ちゃんたちが獣耳パーカーをそれぞれ着こなし、リビングでお茶を飲みながら談笑している。私も猫耳パーカーでお姉ちゃんとお揃いだ。
お母さんは、自分の携帯が鳴ってるのに気づいて自室に慌てて戻った。
……お姉ちゃんたちは恋ばなだろうか。是非、リンをお姉ちゃんに売り込んでマナルン、ココさん。
私も混ざろうと思って足を踏み出した瞬間、
『『『藤咲が呼んでる感じがするけど、どうしようーー!!無視怖いぃ!!』』』
脳内会議が騒がしく、外へいってお願いーっと連呼するので仕方ないなと、玄関から外に出てリンのお宅の庭までふらふら歩いてきたらーーうん、居た。
「秋月」
「藤咲さん」
リン宅のお庭で使用した事がなかった木材で出来た長椅子に座ってうちを見上げている藤咲さんが話しかけた私の様子を見た瞬間に驚きで目を見開いた。
その様子にーーどうやら意識して呼んだものじゃなかったらしいので、呼んだじゃんとは言えなくなってしまったので仕方なく言い訳を考える。その間に藤咲さんが呆れたような表情で私を見ている。
「何、その格好。風邪引くよ」
そういう藤咲さんも長袖とデニム姿で寒そうですけど?とは返さず、
「何か、わからないのですがリンの家の中庭に来ないといけないようなそんな感じで」
藤咲さんがそこから動かないので、私から近づくと手だけは伸ばして髪に触れてきた。
「髪も湿ってるし…」
「藤咲さん、練習は?」
「今、片倉がリンに指導されてる最中。……秋月って、こんな風にふらふらリンの家に来るの?」
「いえ、ないです。リンは私やお姉ちゃんが部屋に行くまでは、うちに居ますから。そう、リン宅にお邪魔するとしたら明確なーー偵察という義務を伴ってないと」
「それ多分、誰も望んでないよ」
真摯に藤咲さんの疑問に答えたというのに何故か呆れ気味に帰れと背中を押される。確かに寒い。秋の夜空のおかげか星がよく見える……しかし、こんな寒い場所で何してたんだろう。
「藤咲さんは……?」
「頭を冷やしてる最中だから、まだ居るよ」
寂しそうに笑うので優しいと評された私は、藤咲さんの隣にちょこんっと座ることにした。脳内会議が騒ぐくらいだ。弱ってるんだろう。
「……何してるの?」
「寂しいお気持ちの時には、この私、秋月ルカと一緒にいると良いですよ。心暖まりませんし、むしろ、怒りで頭が沸騰する可能性が御座いますが、虚しい気持ちを一時的にお忘れになれますよ」
「………馬鹿なの?」
たっぷり、間をかけてバカと断言されただと!?
「そんな、先輩に怒られないように精神ケアを」
「秋月って、家族とリン以外に嫌われても平気そうだね」
藤咲さんの言葉に答えづらく、私ははーっと息を吐く。白い。やっぱ、寒い。
文化祭が終わったら憂鬱なイベントがある。神取の家が使えなくなってしまったから、どこに逃げよう。
ーー旅行、その日に出来ないだろうか。でも、忙しいって、神取言ってし………。
リンの家だとリンへの心象が悪くなってしまうし………。漫画喫茶にでも籠ろうかなと考えながら、藤咲さんの気持ちが軽くなる内容を考えて思いつかないので私の弱みの一つも知っていれば、愚痴りやすいかと喋ってみる。
「ーー藤咲さんは知っていますよね。私がお父さんと血が繋がってないって」
「………だから?」
怪訝な表情の藤咲さん。それはそうだろう。お父さんやお母さんと会う前なら藤咲さんなら情報だけで、色々察して痛いところを利用したかもしれないけど、家族の態度から私の親戚状況をくみ取るなんて無理だろう。
リンだって神取が私の遺伝子上の親だと知らない訳で、この時期のお父さん側の親類の態度の理由がわからず首を傾げていたくらいだし。そうだ。リンにもそろそろ神取の事言わなきゃいけないのだろうか。
でも、ーー『秋月ルカ』がお父さんに愛されるとお父さんが苦労しなくちゃいけないのが悲しい。
だから見捨てられても良いと、ずっと、思っていたのに。
覚悟なんて現実の前じゃもろかった。
ぐすんっと思わず鼻を啜ってしまった。ーーお父さんが………しなくていい苦労をかけてしまっている。だから、こんなに悲しいのだろうか。そして、嬉しいことも確かだ。
私が鼻を啜ったことに不思議そうにする藤咲さんに苦笑する。なんだろう。どこまで信用していいのかわかんないな。ってーーでも、私も誰かに弱音を吐きたかったのかもしれない。
「お父さん、自分の親や親戚と冷戦状態なんです」
「………は?」
目を丸くされた。
「私の事、好きって大切って言うたびに責められたんです。『不義で出来た他人の子を育てるのか』って……だから、いつ捨てられても良いと自分なりに心構えをしていました」
思い出す。お父さんの方のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんにお母さんと一緒に罵られた私の誕生日を。
誰にも言ってなかった筈だという秘密がばれてしまった事にお父さんとお母さんが真っ青な表情だった事も。
お姉ちゃんの驚いた顔も。
ゲームでは、どちらの祖父母も『秋月ルカ』の味方だっただけに私も混乱したけどーーそれはそうだと『私』は冷静だった。………ん?なんかおかしい。どこがだろう?
首を傾げていたら、藤咲さんが怪訝な目で私を見ている。なんねん。
「………君の親、親馬鹿にしか見えないけど?」
「はい。いざ、お父さんにそんな捨てられるような素振りをされたら、泣きました。……だから、藤咲さんが市長に嫌われたくないって事は理解してます。でも、だからって藤咲さんの気持ちを抑えても何にも解決しませんよと提言してみます」
「………」
静かになった藤咲さんが、いきなり私の肩に頭を置いてきた。
「ふおっ!?」
驚いてびくり、と肩を震わせ声をあげてしまった。それに藤咲さんがふかーく重いため息を吐いた。
「……人付き合いって、血が通ってても疲れるみたいだね」
「はあ、お疲れ様です」
「他人事」
「藤咲さんは、私の天敵ですので」
「……最近、遵の方が天敵っぽいよね」
「あーたんは、第二の天敵です」
「ーー俊平は?」
藤咲さんの口から会長の話が出てくると思わなかった。驚いてなにも言えずにいれば、
「俺の事殴るくらいは好意的なんだろ」
……そうだ。藤咲さんの事殴ったんだった。けど、謝ってなかった。
「……殴ってすみません」
「……あれくらいどうでもいいよ」
その割りには声が沈んでいる。
「俺も言い過ぎたとは思ってるし。秋月があんまり人の言うこと聞かないから」
「……」
「ねえ」
「はい」
「前に言ったよね。あの時は代弁のつもりだったけどーー」
前に何言われたっけ?
聡明とか聡明取り消しとか……代弁?
わからなかったので、続きを待つ。
何か言いづらそうな藤咲さんの髪が首筋にかかってくすぐったい。やはり、天敵だ。仕草の一つ一つがセクハラだ。まったく、存在が十八禁とは恐ろしい。しかし、女嫌いらしいので安心できる。ひとつひとつの仕草は、悪魔の本文なのだろう。
「………」
「なんで、何にも返さないの」
「いえ、該当する項目が罵詈雑言しかないので」
「この雰囲気でどうしてそんな結論に至るんだ」
何か怒られた。
そのまま二人で何も話さずにボーッとしていたら、さすがに冷えすぎて、へぷちっと大きくクシャミをしてしまった。
「……休憩終わり。ほら、帰るよ」
藤咲さんが仕方なさそうに立ち上がり、私の腕を引く。
ーー気を使ったつもりが気を使わせてしまったのだろうか?
玄関先まで来ると、藤咲さんはドアを開けずにくるりと私に向いた。
「ねえ、次の休日にデートしよう」
「は?」
デートだと!?
「付き合ってない男女はデートとは言いません!!お出かけです!!」
「じゃあ、体育祭の約束は?俺と付き合うの?」
「デートですね」
へりくだった。付き合うだなんて、ま、まだ、中学生だし。いや、最近、早熟とは知っているけど。
あわあわと混乱していると、藤咲さんが目を細めたのが見えた。
「午前中は、文化祭の準備だからお昼頃になるけど………一応、出かける場所とか考えるけど、秋月が別に考えるならそれに乗るから………、そんなに警戒しないで、普通に俺の気分転換に付き合って」
気分転換?ーーそうか、そういう理由なら平気かと頷くと藤咲さんが嬉しそうに笑った。
「………ありがとう」
その綺麗な笑みと何かにーーボンって、どこかで何か爆発した。
藤咲さんが、じゃあって、リン宅に向かったのをぼーっと眺めていたら、ココさんが玄関のドアを開けて、外に居た私の姿を認識すると物凄い勢いで説教された。どうも、いきなり、姿を消した私を女性陣側で探していて、今まさにお父さんとリンにまで連絡されそうになっていたようだ。
危なかった。




