4
神光の制服は市長により却下され、普通に秘書さんが急いで買ってきたワンピースとポンチョで纏められた。
ココさんみたいなお嬢様スタイルだ。
……私がいつも着ている物より数段質が良いんだろうね。いいんだもん。貯金って楽しいよーっ。
化粧は長谷部さんって人がしてくれた。……太刀川さんといい秘書的な人は、化粧まで一流なのだろうか?とポロッと聞いたら、意外にも優しい笑みを浮かべて、
「姉が不器用だったので一緒に覚えました」
………あれ?藤咲家に仕える人は、能面なイメージだったのに感情豊かだ。
「なんでしょう」
「いえ、万葉さんが藤咲家はお人形ばかりと言っていたので」
「……仕事の時は感情を読まれないようにしなければなりませんし、葵さんの力は強すぎて仕事以外でも制御がかかってしまうのです。それとあの悪魔とは喋るなと赤人様に命じられております」
「……万葉さんの自業自得ですか」
そんな話に呆れながら、天久家に市長と万葉さんと一緒に行く事になった。
片倉さんと藤咲さんは、リンとアディーが一緒に玄関前に現れたので何か話し合う事があるという事で来ないことになった。
リンとしてはすぐに情報を渡して纏めたいらしい。藤咲さんが何か言いたげにしたのだが、近寄ろうとすると長谷部さんがさりげなく邪魔をする。む、市長の命令か。脳内会議は本格的におとなしくなった。もしや、封じられたのか。
リンの顔色が悪い。なんだろ?
アディーがそっと私に近寄ってきて、
「牧師、リサイタルだった」
………………犠牲者が増えただけだったらしい。
天久家に行くと直ぐ様政人さんと志鶴さんに対面する事となり、その席にいた相手に私は驚きのあまり声が出そうになる。
『神光』の理事……あれ?名前聞いたっけ?
市長が理事の姿に嫌そうな顔をしながらも、隣りに座った。万葉さんはその場に先に座っていたセラ様の隣りにいつの間にか座っていた。正直すごい光景だ。
「お前も着たのか」
「珍しい相手からのお願いですからね」
セラ様が居心地悪そうにその場に座っている。
「……悪魔だけではなく、本当に天使や市長と知り合いだったのか」
政人さんが驚愕しているようだ。
「こんばんは。政人さん………あれ、志鶴さんは?」
「『お狐様』の情緒が不安定なので側にいる……小鳥さん、面をどこに紛失したのだ。遵にべったりと離れようとしない」
………本格的にお面を紛失した事を責められている。
私もこの場に座るべきか悩んでいるとちょいちょいっと障子の隙間から手招きされる。
あ、先輩だ。
「すみません。彼女を借ります」
私が先輩の後ろをついて行くのを誰も止めない。……話し合いに必要ないと判断されているらしい。
あれ?雑貨屋の情報持ってるの私と会長だけだよ。
渡り廊下を歩くと、先輩がふう…とため息を吐いた。あー、多分説教だね。
「何故万葉とまた一緒にいるんだ」
「媚びました」
「……君はー…」
「万葉さん、焦っているのかご褒美をくれたのかよくわかりませんが」
「………?」
「歪曲なものいいじゃなく、潰したい相手がいるとはっきり口にしました。天使です」
「……だから」
「今更危険だから距離を取れというのは無理ですよー。万葉さんが光原さんの側にいる以上、私は必ずどこかで万葉さんとぶつかります。ーーそこで万葉さんの情報があるのとないのでは違いますね」
「………」
「毒を食らわば皿まで、です」
えっへん、と胸を張ると桜田先輩は、確かに…と苦々しそうにはしたけれど頷いてくれた。
「それから、媚びた結果、市長の私への評価が下がり続けました」
「それは良いことだろう。下手に目をつけられても面倒だ」
あっさり肯定された。
「君は考えているのかいないのかわからないな」
「でも、うっかり『天使と悪魔の楽園』と漏らしてしまった結果、天久家に一緒に来てくれました」
「………」
桜田先輩の動きが止まった。
「あと、『欠落者』の条件はさみしい子とか見目が麗しい子ではないですよね?それで片倉さんが外れるのはおかしいです。それとももっとあるんですか」
今さら、そんな嘘に付き合う義理はない。
容姿的な条件で片倉さんが外れる訳がないだろうに。ん?嘘としても稚拙な感じがする。
のらりくらり躱すのが万葉さんの筈なのに。
「そうだな。私が片倉が条件に入らないと言ったのは、あの前向きさと対人関係の勘の良さ、周りに暖かい人の多さだ。孤独な『この土地』はそういった人間が一番嫌いで妬ましい。力を与えたりしない」
……先輩、色々自爆です。
「……悪魔側から見ればいきなり心にぽっかりとした空洞が見えるらしい。それは、『この土地』が目をつけた証拠だから手を出すなという暗黙の了解が出来ているとリンが訊いたらしい。それと、私の見た数少ない例を見る限り近くに『楽園の扉』を描く人間がいる事だ」
「先輩にも居たんですか」
「……私が破いてしまったがな」
ふぅーっと後悔している表情をする先輩。
「本当にループしているというなら、先輩は破かないように」
「……彼は絵を描かなかった。私が褒めたことで芸術に目覚めていたからな。彼に近づかないようにした……また、一人にされても困る」
くつくつ笑う暗い笑みだ。
「……復讐をしたんですよね」
「『欠落者』になってから前世を思い出したからな。今の私は、前世の記憶が弱りきった『桜田雅』の魂を潰してしまったようだ。消えたくて仕方なかったようだった……ーー君は?」
「生まれたときから……」
「赤ん坊の時もか?」
んーあれー、それは記憶がなかったので首を横にふる。
「三歳くらいから自覚したような……」
「ハキハキ喋ったのか」
尋問みたいになってきてないか?
「普通にです」
「……秋月丸代の姿スチルを覚えているか?」
「もちろんです!」
ビシッと敬礼すると先輩は頷く。中毒ユーザーな私を舐めないでほしい。お姉ちゃんの………ルカは良い子になるよーっ!!
「では、リンのスチルは?」
「もちろ………?」
あれ、霧がかってる?
おかしい。リンのルートだって、頑張って攻略していたのに。
「……わかった。私が何に気をつけて話せば良いのかは」
首を捻って、私がうんうんと唸ると先輩が納得した様子で私を見ている。
むー、おかしい。
「今日一日で大概の情報と……牧師の新たな犠牲者が増えた」
「リンですね」
「……会長は、着替えて狐様のもとにいる。ついでに居間の方にヒカッテル様とあーたんが居るが、どうする?」
なんで光原さんが!?
とりあえず、狐様の元へは行けないらしいので居間に行く選択肢しかなかった。居間へ行くと光原さんとあーたんが談笑している。
「あーたん」
「無表情にあーたん呼ぶな。雅」
「小鳥が来たが?」
「ああ、……雅って防音できんだろ」
「出来るが、あまり使用したくない。狐様が君の気配がなくなるとさらに不安定になる」
「………どうして、そこまで俺にべったりになったんだ」
テーブルに項垂れるあーたん。光原さんは意味がわかっていないようで蜜柑の皮を剥いて口に放り込んでいる。……なんで居るんだろう。
「光原さんは、どうしたんですか?」
「ああ、えーと……担任にプリント持ってけって言われて」
困ったように笑う光原さん。
「ついでに母さんにメシ食ってけって誘われてだな。……あの人、『お狐様』の件は自分に関係ないって思ってるみたいだし……まあ、そりゃそうだよな」
重いため息を吐くあーたん。淋しそうだ。
「お面、無くしちゃったみたいでごめんなさい」
「いや、じいさんの部屋に無かったら知らないと雅にあっさり言われたから覚悟はしてたけど……それと、ばあちゃんが絵が足りないって言うんだけど」
先輩!?
思わず先輩をガン見したら、先輩は頷いて。
「政人さんの件が有るだろう。保護している」
「……俊平からうちの事、どこまで聞いてるんだよ」
あきれ返った表情をするあーたん。私はそそっと光原さんから蜜柑を分けてもらう。
「今日も変装中なんだね」
「はい」
「小鳥さん、で良いの?」
「はい」
もくもくと蜜柑の皮を剥いて私にくれる光原さんに感謝しつつ、そうだと思い出す。
「今日、うちの学校に深託の生徒がお姉ちゃんに会いに来たのですが」
「?名前は」
「知りません」
「容姿は?学年は?」
「リンの方が百万倍格好いいです。あと、威嚇して帰したので知りません」
光原さんが困ったようにあーたんを見た。あーたんの表情がひきつっている。
「どんな無理難題なんだ」
「見たのは君一人か?」
桜田先輩が冷静になれーと言いながら、私に聞いてきた。む、……そうだ。
「会長が」
「……俊平に聞いた方がはやいな」
フーッと威嚇する気満々な私は、会長に投げた。
「小鳥さん、蜜柑美味しいよー」
「緑茶を飲みなさい」
怒りのまま口に放り込み、もぐもぐと甘酸っぱい汁が……美味しい。
「熱いお茶がこわいぃー」
「落語か。それでは、狐様に皆で持ち寄った名前を繋げて差し上げてみるとかはどうだろうか」
「まじめな顔でふざけんな」
桜田先輩が淹れてくれたお茶をほっこりした気分で啜る。うむ……渋い。
あーたんが会長にあの男について聞きにいったので、安心してお茶を飲める。
「何か遵の家が大変みたいだね」
「……狐様のお名前が決まらないので」
「狐様じゃないの?」
きょとんと、目を丸くする光原さんに私も首を傾げる。先輩に視線を向けると先輩は光原さんを信じられないものを見る目で見ている。
「……なんの話をしてるかわかって話に参加しているのか?」
「え?名前の話だよね……ああ」
灰色の瞳を細め、何か懐かしげにする光原さん。どうしたんだろ?
「光原さ…」
「この輝く能天気さが主人公たる人間か……眩しい。しかし、この高スペックの男をふれる河西心美はなんなんだ。初恋の相手はこれ以上なのか」
どうしよう。ひばりんのハードルが先輩の中で高くなってる気がする。
「そういえば、あーたんは自分の状況を正しく認識していたが、君はいつの間にぽろっと喋ったんだ?」
「え……?」
「会長の方は知らないようだが……言ってないのか?」
「……はい」
こくりと頷く。あれ?何を正しく認識してるの?まさか、万葉さんに……違う。そうだ、あーたん、お母さんの口を塞いだって。
双子の入れ替わりに付いてか!?
いつだ。どの……太刀川さんの書類であの件抜いてなかったとか?ーーそうだ。あーたん、昨日それらしい発言を……、
「何をおろおろしてんだ。小鳥」
「ああ、あーたんか」
「桜田、あーたんと呼ぶな」
双子が連れだって来たようだ。
はっ!動揺してちゃダメだ。会長は知らないようだと先輩は言っていたんだし。
「会長、市長がこっちに来てしまいました」
「……知っている。藤咲を俺達から引き離したかったらしいとこちらに送ってくれた第一秘書から聞いた」
「?なんでですか」
「『鶴』が居なくなったからだ。あちらとしては、いつでも外へ行ける遵と付き合わせていても旨味が無くなったのだろう」
「同類憐れむを狙っていたのか…」
先輩が面倒くさげに頭をガシガシと掻いている。そうか……んー、でも、なんでそんなに藤咲さんを外に出れる人間から引き離したいんだろう?
媚びずに訊いて……無理だな。あの場だと藤咲さんが弱ってたし。む、一度足元を掬わねばいけないようだ。
光原さんは空気を読んで発言せずにいそいそと人数分のお茶を用意している。……これが主人公様たる気遣いか。
静まり返りながらお茶を飲む音がする。気まずい。正直これ以上私が狐様に対して出来ることはないのだろう。
「そういえば、狐様って名前がないって聞いたんだけど」
状況が一番分かっていない光原さんがのほほんと話を振ってきた。
「なんだよ。いい名前があるのか」
あーたんも半ば自棄になっている。まったくしらない相手に無茶ぶりしちゃ駄目だと思う。
「うん、『JohnDoe』ーーだねって思って」
懐かしいねって、笑う光原さん。何のことかわからない会長と先輩がきょとんと目を丸くし、なるほどと私は頷いた。
「では、名無しの権兵衛ですね」
「狐様だから、ゴンじゃね?」
しっかりと便乗したよあーたん。
先輩と会長が呆れ切った表情もなんのそのと、三人で懐かしいねーっと呑気に言っていたら、突然、部屋の外が騒がしくなってきた。
「話し合いが纏まったのでしょうか?」
「あーどうだろう」
なんとなく部屋から顔を出して渡り廊下を見回すと、いろんな人がバタバタはしているが、特に私たちに用はない様だ。それでも辺りを見回すと彩さんが悄然とした様子で中庭の池の淵で池を眺めているのが見えた。
「彩さん」
「ーーッ」
声をかけたら、肩を震わせてさっと頭を下げてから走り去ってしまったその様子を呆然と見つめてしまった。
神取にまで怒られたんだろうか。
その後、双子のお母さんと会って夕飯を食べて居た頃に志鶴さんがやってきて、話し合いが無事に終了した旨を伝えられた。
「後は、本当に天久だけの問題ですので。今までありがとうございまた。そして、申し訳ありませんでした。『お狐様』が落ち着いたら、遊びに来てください」
志鶴さんの言葉にとりあえず頷く。政人さんの前で婚約者もどきなふりをしている小鳥ちゃんに他人宣言はどうなの。志鶴さん。理事は帰ったらしい。セラ様と市長が何故か睨みあっている。
「セラ様」
「お前の契約した『天使』がこれだというのか」
市長が怪訝そうに問うが頷く。
「寄りにも寄って」
チッと舌打ちされた。
「葵の負担になるようならすぐに『契約』を切れ」
それだけ吐き捨てて、市長は帰ってしまった。
「確かに話し合った方がいいかもしれないな」
セラ様も納得ですか。そうですか。
「ところでどうやって帰るんだ」
「着替えを万葉さんが持っているので万葉さんに光原さんのお宅に送ってもらって化粧を落として貰ってから、お父さんに連絡します」
「……一応は学んでいるんだな。わかった。その車に一緒に乗って、親が来るまで側にいる……しかし、疲れた」
「ああ、お話合いご苦労様です」
「いや、それよりー……牧師のフルコーラスが耳から離れない」
洗脳効果ってあったっけ?




