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万葉さんが楽しげな顔をしながら、執務室に来てくれた。
正直、万葉さんが来るまで静かすぎて空気が重たかったのでありがとうございます。市長は自分の執務の椅子に座って、その後ろに藤咲さんが控え、扉の前で片倉さんが立っていて私だけ来客用のソファーで正直居心地が悪かったんだよー。
「やだわー。小鳥ちゃんの為に神光の制服を用意してあげている間にどうして、面倒を起こすのかしら?」
文句を言いながら笑顔だ。でも、あれ?
「え、また小鳥ちゃんになんなきゃいけないんですか!?」
「政人さんに会わなきゃいけないでしょー。あ、化粧だけなら私がしてあげるわ。髪も、ストレートにするだけだし」
はいっ。て渡された荷物………あれ?
「……この小物ってなんですか?」
万葉さんから渡された荷物を確認すると確かにゲームで慣れ親しんだ制服とその他、よくわからないが、バッグやら財布やら小物類が充実している。……いや興味がないわけじゃないけど、恐れ多いんだよー。価格を三千円を超えた時点で私の脳は拒否反応を起こすよー。
「いかにも『お金大好き!』って、感じにしたいからブランドよ」
「レンタルですか!?」
「まさか、あげるわー」
「いますぐ、返品を!!」
やだ。嫌がらせも込みのような笑顔だ。うふふふーって嬉しそうにきゃっきゃっしている万葉さんに市長の目は冷たい。
「……よく、恥もなく顔を出せたな」
「あらー、『真名』を握ってる赤人さんにお呼ばれされたら来ちゃうわー。それにルーちゃんとはこれからも仲良くしたいし」
ニコッと微笑まれたが、気分は蛇に睨まれたカエルだよ!
でも、それとは別に気づいた事があったので口を開く。
「あ、そういえば昨日はお世話になりました」
「良い病院だったでしょ?」
「はい。知ってる病院でしたし、腐ったゾンビもさらに元気!とのキャッチフレーズ通りに。……あ、市長、私の分の病院代、今日お返しした方がいいですよね。幾らでした?」
「………葵、達也、どちらかを黙らせろ」
市長が頭を抱えてる。
「秋月さん、ちょっと静かにしようか」
片倉さんの制止に万葉さんはにっこりと微笑んだ。
「あらー、ダメよ。今から赤人さんとお話しするのよねー。ルーちゃん」
「はい!媚に媚を売り抜いて、私という人間を知っていただき、ぽろっと情報を頂きたいと思います」
「……父さん、なんで、あの女呼んじゃったんですか。秋月だけでも面倒なのにタッグを組んだら最悪です」
「……救おうとしている『神』を『堕落』させようとした悪魔と組むと思うか?」
「父さんは、秋月を知らなさすぎます」
父子になんか言われてる。
「うふふっ、それでどうしたのかしら?」
「お前が天久の神を『堕とす』大掛かりな罠を仕掛けていたわりに失敗したからな……代わりをしろと迫っている最中だ」
なんで、狐様を狙うんだろ。でも、万葉さんが目を細めてクスクス笑いだした。
「あらー、無理よ。本家みたいにぬるま湯関係で『お狐様』のご寵愛をいただいてる状態ならともかく、政人さんは面倒だわ。それに遵くんーー何が有ったのかわからないけれど、母親の口を塞いじゃったのよねー……」
残念だわーと色っぽいため息を吐く万葉さん。あーたんのお母さんの口を塞いだ………?
「あっ」
そうだ。あーたんと会長のお母さんは双子の見分けがつくんだった!……か、感動の再会で双子を見分けられたら、大変だ。
可能性に真っ青になりながらオロオロして居たら、市長が獲物をいたぶる捕食者の目になった。
「その辺りに『天久の神』を『堕とす』方法が有ったのか?」
「だからー、もう、無理なのー。『真名』に誓ってもいいわー。『伴侶』の赤人さんが『お狐様』に不敬って罰を受けたら、私も大変だからねー」
コロコロ笑う万葉さん。もっと私をフォローして!
「それよりも、ルーちゃんが私の企みを知ってたみたいな反応が気になるわー。最初から知ってたの?それとも誰かから聞いた?」
にこやかなのに威圧感が半端じゃない笑顔の万葉さん。……桜田先輩の事言っても大丈夫かな?確か『欠落者』って、天使の祝福の枠から外れてて、復讐を果たしているから悪魔に堕落させられないって言ってたから。
大丈夫……かな?
……………、
ーー無反応だと!?
女の人の声はー?脳内会議はー?
む、これは頼るなって事かな。しょぼん。
「ルーちゃん、時々なにかとお話してるみたいだけど、何かしら?」
ジーッと見つめられて恥ずかしい。
「秋月に」
「黙れ」
万葉さんから私を助けようと口を開いた藤咲さんだったけど市長に制されてしまった。
「凄くうるさい子たちが居るわー。ルーちゃんが面白い理由かしら?」
ジーッと底知れない視線をボーッと見つめ返す。……あ、今日、リンのカードがないや。
何か、私から興味を反らす方法はー…、うーん……。万葉さんの興味ありそうな……いや、待てよ。
「まだ、私、狐様に会うから万葉さん、私にまだ害を与えられませんよね?」
「うん。そうねー、うふふ。試しちゃった」
可愛くうふって。ハートマークでも付きそうですね。万葉さん。
「市長もダメですよね」
「……チッ」
忌々しそうに舌打ちした市長。それは肯定だね。もしかして、桜田先輩、これ狙ってたのかな?
「じゃあ、『お狐様』を『堕とす』のは無理だとわかって貰ったところで」
「条件はなんだったんだ」
市長、しつこい。しかし、強気でいいとなると私は図太い。
「三下・小悪党は対価があると口を開くんですよ!特に小者的な視点での多めなご褒美だと大変喜びます。さあ、市長。しゃべれと言うならば私に多すぎず、でも心踊る小者へのご褒美をください。ついでに脅され過ぎると逃げるのでお気をつけて!」
万葉さんがお腹を抱えて大笑いを始めた。しかし、私は言いたい事をいい終えた満足感に誇らしい気持ちだ。
「葵」
「『命じる』のも不敬ですよね」
「……媒体が手元にないだろ」
ぎゃふん!
そうだった。梅のお守りもなかった。なんて云うことでしょう。秋月ルカはまったくの無防備で市長のお宅に来ていたんだ。
よし、セラ様助けて!!
「……ルーちゃん、急にびくびくし始めるのはよくないわー。赤人さんのはただの負け惜しみよー」
「小悪党の強みが、虎に守って貰わないと生きてけないのに前線で守りがないなんて…っ」
「……」
市長が絶望にうちひしがれている私に対してため息を吐いた。
「使えるなら、葵と『契約』を切らせ、私と『契約』をさせようと思ったのだが、見目は悪くないというのに頭と性格が使えなさすぎる」
藤咲さんが市長の言葉に一瞬驚いたが安堵したようだ。
「そうでしょうねー」
「秋月さん、悪く言われているのになんで頷いて同意してるの?」
うんうんと市長の言葉に三下よろしく頷いていると、空気が変わったのをかんじたのか片倉さんが呆れながら近寄ってきて頭を撫でてくれた。わーい。
「……お前を『欠落者』にした相手だったな。何がしたくて、そうなった」
「え?………ただ、甘やかして守ってあげたいだけだったんですけど」
何?!
イケメン且つ優しい兄貴な片倉さんにただ甘やかして貰える存在になれたかもしれないだと!?
何故だ。『天川』よ。何故、片倉さんを『欠落者』にした。憎い。堕とされた片倉さんが…………っ、やっぱなにか方向が違うよー。
「あらー……?」
万葉さんが目をぱちくりさせた。
「この子、『この土地』に選ばれる基準じゃないわねー」
「?基準があるんですか」
そういえば、片倉さんが『欠落者』になるなんておかしいって桜田先輩も言ってた。
ハッ!リンが藤咲さんに聞いておくって、なんも聞いてない……聞いておいて私に情報くれなかったのか!?
「さみしい子がなるの」
「さみしい子?」
ニコッと笑う万葉さん。
「それから見た目が綺麗な子」
ふむふむと、頷くと万葉さんはにっこりと私のそんな様子を見つつ、
「あとはー、有料よー」
うふっ。と笑顔で袖を振られた。
「………一応、対価ってなんですか?」
「秋月!」
「黙れ」
藤咲さんが私を咎めたけれど、市長が制したので悔しげに退く藤咲さん。
「そうねー、あの雅くんが何者かって話と二人で弓鶴さんのお部屋で何をしてたのかって訊いていい?」
「先輩のことは無理ですが、弓鶴さんの部屋の絵を見て回りました」
「………」
万葉さんと市長の目がすぅーっと細くなった気がする。……下手なこと言えない空気になったー。
「葵、『命じ…』」
『花の絵がボロボロだったよー』
『月の絵もあった!!』
『盃があったら花札だねー』
『『『月見と花見で一杯!』』…………あと、狐様の絵だけ無事だった』
脳内会議が呑気に藤咲さんに話しかけてる。最後にぼそっと話しかけてる奴はなんだ。テンション低いね。
市長が圧力をかける前に藤咲さんが頭を抱えてしまったので、市長が眉間に皺を寄せてそんな藤咲さんに声をかける。
「どうした」
「ルーちゃんが葵くんにラブコールを送ったみたいだけどー、なんだか、とっても………くだらない内容だったみたい」
「……何を聞いた」
藤咲さんが市長の冷たい目にどう返せばいいのか悩んで私に視線を寄越してきた。がーーえへ。
さんざん迷ったようだが、口を開く藤咲さん。くだらな過ぎて口にしたくないようだけど、仕方ないよ。市長の圧力が酷すぎる。
「先代『鶴』の部屋に花や月の絵が有ったので、盃が有ったら花見や月見に一杯だ的な事をーー」
「……」
市長の私への評価の下落速度が速すぎる。……人様の娘をゴミを見る目で見るのは止めてください。
「他の絵はなかったのかしらー?」
万葉さんの質問は華麗に無視するんだ。藤咲さん。しかし、藤咲さんにまた市長が圧力をかけないようにぺろっと喋っておこう。
「あとは、狐様の絵です」
わざわざ狐様のーー題名が『楽園の扉』だったアレ以外はズタボロだったなんて、政人さんの名誉の為に黙っておこう。
む、先輩が欲しがっていたんだから、先輩の身バレがないように黙っておいたほうがいいのかな?
「……それだけ?」
「芸術に興味がないので」
きっぱりと言い切ると市長は、そうだろうな。という目をしてくれたが、万葉さんは少し考える仕草をしたと思うとすぐににっこり微笑んだ。
「特に欲しい対価じゃなかったからー、お預けねー」
なんだと!?
まあ、仕方ないか。今は媚に徹しよう。
「あらー、今日は余裕そうね」
なでなでと頭を撫でてくる万葉さん。む、上手い。
片倉さんが万葉さんをちょっと警戒しながら見ているが、ふむ。気分が良くなってきたので気になることを訊いて置こう。
「万葉さんは、どうして狐様を堕としたかったんですかー」
「そうねー。力がいっぱい欲しくてー……どっかの馬鹿天使を潰せるくらいに」
ボソッて、最後だけ冷淡な声だった。な、なに?
サーッと血の気が引いて見上げると、うふふって目が笑ってない。
「『この土地』でー、『感謝』の仕方を心得た天使ってかなり目障りなのー」
「せ、セラ様でしょうか…」
やばい。セラ様が目をつけられたのか。
「違うわー……堅物なあの天使様はねー、ルーちゃんと『契約』しての行動だから……私、そういうルールを守ってる相手は好きだしぃ。楽しく潰しあいたいわー」
物騒だよ!?
「ルーちゃんの天使様が、心美ちゃんは大好きみたいなのー。うふふ…」
なんで、ココさんの名前が?
「まあ、人間が惚れた場合はねー、まだ良いんだけど、天使が惚れた場合はとっても面倒なの」
「……はあ」
「大概は一目惚れが多いわー。清らかな気配に惚れるんですって」
「なるほど、セラ様が私に惚れるのは不可能だというお話ですね」
したり顔で頷く。リンもお姉ちゃんに一目惚れだったと思う。うん、絶対。お姉ちゃんに一目惚れしてなかったら眼科に連れていこう。
「ルーちゃん、私、大概って言ったわよー。なんで少数を無視するのかしら?」
万葉さんが何か言ってる。
それにしても、だから、犬猫、箸休め……と『契約』の時、さらっとわすれろと…………ふぎゃーーーっ!!鮮明に思い出すなあ!!
「……ルーちゃん、耳まで赤いわよ」
「気にしないでください!」
何故か、藤咲さんが舌打ちした。
「万葉さんのお知り合いが狙われてるんですか?」
「……」
無表情になった。あ、市長の前だからかな?
で も、『真名』を掴まれてるから……市長を見れば、こちらも無表情だ。知ってるのか知らないのか読めない。
「でも、思いが叶わないそういう場合は『記憶消去』があると…」
「力が上の相手には利かないらしいの」
悲しそうな表情をする万葉さん。……あれ、『この土地』って……天使の能力行使は最小限の力で済むって前に聞いたような。ーーそうだ。だから、
「ーー『天使と悪魔の楽園』ということですね」
どちらにも恩恵があるんだ。天使は力の行使が最小限で済み、悪魔は『欠落者』という補助を手に入れられる。
なるほど、『この土地』の特性に精通した天使と悪魔には、『楽園』だ。
よし、先輩と話し合わなきゃと繋がった事実に目を輝かせた私をいつの間にか近寄ってきていた市長が肩に抱き上げた。
「ふお!?」
「秋月!」
「秋月さん!?」
「そうねー、そうなるわねー」
「天久へ行く。連絡しろ」
短い命令に誰も否を唱えられないかと思えば、万葉さんが少し考えてから、
「とある事情で天久にルーちゃんは出入り禁止なのー。変装させる時間をちょうだいー」
万葉さんの言葉に市長が舌打ちした。絶対私が問題起こしたからだと思ってるよ。この人。




