09 遭遇
ここがVRMMOだろうと異世界だろうと、今すぐ戻れない以上、とりあえず生き抜かなければならない。
何処かの格言曰く、己を知れば百戦危うからず。
そう思い、〈コンパネ〉を開く。
(こうなるなら公式サイトだけじゃなく、Wikiも見るんだったな)
基本的に説明書だけ読むが、攻略本は読まない主義なのだ。
キャラクター作成時に比べ、Vitは低く、Strは更に低い。
反面、Agiは倍以上あり、Intも高い。
HPは残り1桁で、MP残量は0、レベルは8に上がっていた。
ステータスポイント振るのは後にしよう、何が必要になるかわからないし。
あのイノシシそれなりに高レベルだったんだろうか、それにしてはダメージが低いような…。
種族スキルぐらいはあるかと、スキル欄を見てみる。
《猫神の恩寵》:スキル《猫》シリーズを取得。《猫》シリーズ取得量により種族変更。
《猫の頭》:猫頭になる。聴力、嗅覚、動体視力、感知能力を強化、暗視能力獲得。
《猫の手》:猫手になる。癒し能力獲得。
《猫の足》:猫足になる。跳躍力強化、静音移動可能。
《猫の体》:猫体になる。落下ダメージ軽減、バランス向上、武器装備制限:小。
《猫の王の加護》:スキル《猫》シリーズの効果を強化。
《魔力作操》:魔力で球状の形を作り、動かせる。
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種族:〈猫?〉になった原因を発見した、ついでにダメージが少なかったわけも。
投げ飛ばされたのが落下ダメージの範疇だったんだろう。
体術の心得の無いオレが回避できたのも、スキルと基本能力の高さのおかげのようだ。
猫神と猫の王に、面倒見のいい姐さんとヒトの事を俺の嫁よばわりする馬鹿の顔が思い浮かんだ。
姐さんには素直に感謝をしておこう、人間サイズなら障壁維持時間短くて、死体止めきれずひき殺されただろうし。
馬鹿にも一応感謝しておこう、戻ったら出禁ぐらいは解いてやるかな。
それにしても、魔力を固めて障壁にしたり投げたりするあの技術、《魔力作操》って名前なのか…誰の命名だろう、世界違うだろうに。
(というか〈コンパネ〉ってどうやって情報解析してるんだ。オカルトに聞くアカシックレコードって所を参照でもしてるんだろうか?)
思考が脱線しかけたので、頭を一つ振る。
他にも前々の世界で覚えた魔術が載っていたが、魔王時代に覚えた攻撃系はMP消費大きすぎて使えそうに無い。
コストパフォーマンス無視して演出に多大な魔力を消費する見栄の権化だから使えても使わないが。
某ゲームの魔法も詠唱を諳んじられれば使えた可能性は高いが、生憎とそこまで覚え込んではいなかったので真相は闇の中。
猫の手には大きすぎるので、オプション設定で〈コンパネ〉を小さした。
(さて、どうしよう)
回復してない今、またイノシシのようなのに会えば今度こそお陀仏だ。
仕方ない、ここで回復してから行こう。
幸いにもゲーム的な自然回復はあるようで、こうしてる間にもHPとMPは溜まっていく。
ついでに防御力も上げれないか試してみようと、インベントリから装備されていなかった〈亜麻のズボン〉と〈亜麻の靴〉を出す。
靴に関しては人の足用なので無理だったが、ズボンに関しては尻尾穴が無いだけでサイズはピッタリだ。
(人の体型のときは人の大きさだったよな、インベントリに入れると調節されるのかだろうか?)
また脱線しかけたが、頭を振り〈亜麻の靴〉をしまう。
〈亜麻のズボン〉に向き直り、どうしようかと考える。
爪、尖っていて伸び縮みするが、これで穴を開けるのは梃子摺るだろう。
〈折れた一角猪の角〉を出すといい具合に先が尖っていた。
一度ズボンをそのまま穿いて尻尾の位置に爪で印をつける。
ズボンを脱ぎ、穴を開けるのに四苦八苦していると声をかけられた。
「そんなトコでなにやってんだ?」
―――
「〈ユニコーンボア〉?」
「そうじゃ」
長老が重々しくうなずく。
〈ユニコーンボア〉、〈フォレストボア〉の突然変異で鼻から角が突き出ていおり性格は凶暴、生き物を見つければ何処までも追いすがりその角で突き刺す。
鼻に刺さってる角が痛くて始終イライラしてるのさ、とは師匠の談。
お相伴に与ったときの味を思い出し、思わずよだれが出る…じゅるり。
「おっと、いけねぇ」
垂れそうになったよだれを手の甲で拭うと長老が深い溜息を吐いた。
「…おぬしもなんというか、もう少し、のう…」
「うっせえやい。で、見つけた奴よく助かったな」
「うむ。実は見つけたといっても音だけでな、それも含めておぬしに頼みたいのじゃよ」
「おうよ、このディアガに任せとけってんだ」
胸をこぶしで叩きガハハと笑う姿を見て、長老はまた一つ溜息をついた。
――
「…ディアガ」
「おう、メロウ。どうした?」
長老の家から出てくると幼馴染に声をかけられた。
話を聞くと、リゼートが〈ユニコーンボア〉に襲われたとふれ回っているのを聞いて、心配で探していたらしい。
「直接見てすらいないくせに、相変わらずだな」
「…行くんだね」
「おうよ。心配すんなって、これでも守人の一員だぜ」
「…だけど、初めてでしょ?」
まだ心配そうな瞳で見つめてくる…あ~かわえぇな、こんちくしょう。
「大丈夫だって」
くしゃりとメロウの頭を撫でる。
「すぐに戻る。戻ったら宴会だぜ、準備しとけよ」
「…わかった、準備しとく。いってらっしゃい」
メロウはそういうと準備に駆け出した。
(さーて、頑張って狩って来っか)
――
(この辺りだな)
マーキングや足跡を辿り、ここに着いた。
もうそろそろ遭遇するだろうと思い、メイスを構え自分に能力強化の魔法をかける。
《チャージ》さえ当たらなければ〈ユニコーンボア〉は敵ではないので、StrとAgiを上げとく。
小声で詠唱していると、木が倒れる音がした。
この森でこの辺りにそんな事が出来る生き物は他にはいない。
居なくなる前にと、慌てて音の方向へ走る。
途中、何かがつぶれるような音がわずかに聞こえた。
追いかけていた生き物を仕留めたのだろう、時間の猶予は無い。
視線の先に真新しく倒れた木を見つけた。
まだそれほど遠くに行っていないだろうと期待し、辺りを探る。
すると妙なものを見つけた。
(子供? こんな森の奥でどうして…っつうか〈ユニコーンボア〉は?)
棒で何かを突っついているようだが、近づいてみるとそれは棒ではなく、〈ユニコーンボア〉の角である事に気付いて息を呑み、思わず声が出た。
「そんなトコでなにやってんだ?」
その声に振り返った顔を見て絶句した。
その顔はどう見ても動物のそれだった。
―――
振り向くと人が立っていた。
革鎧がはち切れんばかりの体、おまけにメイス…〈戦士〉だろうか?
それにしても何で鎧ああいう形にするんだろうな、性別わかっていいけどとミサイルのようなそれを見て思う。
〈森人〉のようだ、耳見なかったら〈地人〉かと思うところだった。
何だか呆気に取られているようだが、不意打ちしてこなかった以上悪い人ではないだろう。
とりあえず言葉は通じそうだ、こういう時は先手必勝。
「ナイフ」
「はっ?」
「持ってない?」
「いや持ってっけど…」
「貸して」
「へっ?」
「かーしーてー!」
「あ、ああ」
〈アイテムポーチ〉から出されたナイフを受け取りる。
流石にナイフだ、角とは比べ物にならないほどやりやすい。
ズボンに尻尾穴を開け、穿いてみる…こんなもんだろう。
「これでよし。ありがと、ナイフ返すね。ところでここはどこ?」
「ああ。〈ツディーヌの森〉だ、つうか知らずに来たんか?」
「いや、ダンジョンみたいな所にいた覚えはあるんだが、その前後が曖昧でね。
で、気付いたらこんな格好でここに居たんだ」
「ああ、冒険者なのか。つうことは、その格好は〈ソウル憑き〉か」
「わからん」
「はっ?」
「今言っただろう、前後が曖昧だって。名前とかは覚えているが大部分が曖昧なんだよ」
「はー、それは大変だな…」
「というわけでよろしく」
「ああ、よろしく…って?」
「訳もわからずこんな所にいるのを見捨てていくつもり? そんな人でなしなの?」
「いや、人でなしじゃないが…」
「じゃあ、案内よろしく」
「あ、ああ…」
(よし、成功)
「ところで、その角は?」
「ああ、倒れてたのから取ったが。どうかしたのか?」
「いや、それ狩りに来た…つうか倒したのか?!」
「勝手にぶつかって死んだけど?」
「そんなこともあるんか…あ、肉あるなら譲ってくれ。宴会準備してもらってんだ」
「いいけど、代わりの食料とか色々融通してよ」
「まかせとけ、んじゃ村に案内するな」
踵を返して行こうとしてのを、ここに用事が残っているので引き止める。
「質問あるんだが、この森の木って勝手に取っていいのか?」
「伐採するんなら許可いるが、そこらにあるものなら持ってっていいぞ。だけど、持てんのか?」
「大丈夫だろう、スキル使用…《ゲイザー》」
イノシシが倒した木に使用すると折れ株を残して消え去った。
〈森人〉が目を丸くしている。
「…なにかおかしいのか?」
「いや、消すって。ポーチに入れるんじゃねぇのか?」
「似たようなものだ」
「…ああ、〈魔術士〉なのか」
〈アイテムポーチ〉の効果を物を解さずに起こしたらしいと思ったんだろう。
とりあえず否定せず流す、実際は〈魔術猫〉だし。
「まあ、これぐらいしか覚えてないがな。そういえば名乗ってなかったな、マオだ」
「〈ツウェス村〉の守人、ディアガだ」
持っていた〈アイテムポーチ〉には上限があるらしく、村へ案内される道すがら、色々なものを持たされた。
……選択肢無かったけど、早まったかな?