第42話 再来のはやし
「ワルノ様、話は聞かせていただきましたわ! スーツケース二つはどうなさいましたの?」
実物の方がメイクが濃く見える。だがよく見ると、きりっとした目にふっくらとした唇、ワルノの顔だ。
「な、何を……。言っておりますの。わたくしはワルノとかいう名前ではありませんわ」
たじろぐワルノに、セリーヌが畳み掛ける。
「私たちがどれだけワルノ様といると思っていますの? おばば様たちに全部説明しましたわ。犯人がワルノ様だということも、ワルノ様がスーツケースを盗んだ理由も」
「なっ……」
コーデリアも進み出た。そして差し出した手には、ワルノに向けられた鏡がある。
「ワルノ様、おめかしはいいことですが、やりすぎはあっこいですわ」
ワルノの目がみるみる見開かれる。
「わたくし……。こんなド派手な……顔で…………」
ワルノは、すっかり落ち込んでいた。
「——おばば様。やはり犯人は、ワルノ様でしたわ!」
さしものゆう子も、呼ばれて車を飛ばして来たキヨ子も、開いた口が塞がらないでいる。
「ワルちゃん……。勝手に使て化粧したんか」
「き、キヨ子かあさま……。こ、これはですわ」
ゆう子より少し厳しいキヨ子は険しい表情を変えない。どれだけ言い訳を重ねたとしても、許してはもらえなさそうに見えた。
「ワルノ様、ワルノ様」
ワルノの横に正座していたコーデリアが、こそこそとワルノに耳打ちする。それを聞いてワルノはキッとコーデリアを睨みそうになるが、必死に堪えている。
「………………ごめんなさい」
少しだけ顔を下げて謝るワルノの顔は、真っ赤だった。とはいえキヨ子用の白っぽいファンデーションを厚塗りした顔は、ほんのりと赤いくらいだったが。
「ワルちゃん、あの子達からは大体聞いたんやけど、ワルちゃんからもちゃんと本当のこと聞かしてほしいんや」
「わかりましたわ」
そうして語られた動機などは、驚くほどコーデリアとセリーヌの推察通りだった。
「……おめかしは、元の世界でもしておりましたわ。でも自分でやったことはなくて、自分でもできると思いましたの」
キヨ子のメイク道具置き場は以前から知っていた。この地域では、スーパーに行くだけでもやや遠出と言えるのだ。だからキヨ子がメイクをするところも何度か見たし、それでこの世界のメイク道具の使い方も大方わかったのだ。
「向こうの世界では、顔は白ければ白いほど美人なのですわ。だから、キヨ子かあさまが顔に塗っていたものを使って、ありったけ塗りましたの」
ろくに照明も付けず暗いままの室内では、いい感じの仕上がりに見えたのだ。しかしそのあと塗ったアイシャドウは、うまくいかなかった。
「まぶたに塗る粉は、思ったより指に付いてしまいましたわ。でもメイドが長時間経つとメイクが崩れると言っていたから、きついくらいがいいと思いましたの」
そうしてアイライナーも太く引き、薄暗い中でもはっきりわかるくらいに口紅を塗った。鏡の中の自分は完璧で、明らかに美人に思えた。だから襖越しにキヨ子に散歩へ行くと伝え、彼女は誰かに会うために走った。
「スーパーに着いたら、泣いてお母様を困らせている赤ちゃんがいたので、ポケットにあった飴をあげましたわ」
そこから駅に向かった。駅の方が、明らかに多くの人に見てもらえると思ったからだ。実際、そうやって歩いている間、彼女は多くの人々の視線を浴び続けた。彼女としてはまるでランウェイにいるような、元の世界ならパーティーで注目を浴びたかのような感覚だったが、彼女を目撃した人たちは綺麗だとは欠片も思えなかった。ド派手なメイク、そしてキヨ子に与えられたキヨ子セレクトの服装は、まさにひとりのおばちゃんを生み出していたからだ。
そして、スーツケースを盗んだ彼女は騒ぎに気付き、スーツケースを隠すことにした。その途中で、セリーヌたちに顔を見せることを思いついたのだ。
以前のようなメイクをして行ったら、どんな反応をするだろうか。
結果的に、彼女の予想は大きく裏切られたのだ。
「……そいで、そのスーツケースはどこにしもたんや」
「それは…………っ」
彼女にとって、この質問は自分の獲物を横取りするようなものだった。だが、答えないわけにはいかないと、ワルノもわかっていた。
「……林に、置いて来ましたわ」
「林ってもしかして、竹の林ですの?」
ワルノは無言で首を縦に振る。あの外国人たちがいた竹林だ。




