第2話 前編
また、新しい朝がやってきた。最近は学園に行くのが嫌になってきたから、現実逃避の為に夜遅くまでゲームをやっている事が多い。 昨日も遅くまで起きていたため、朝から眠くて仕方がない。
今日は、何故か車が多い。しかし、ここは車同士のすれ違いもできないような狭い道だ。近道になっているのかもしれないが、歩行者としてはいい迷惑である。
そう思っていたら、昨日に引き続き隣に黒塗りの高級車が止まった。
そこから降りてきたのは会長様。顔は怒りで一昨日会った時と同じ人とは思えないほど歪んでいる。
「私は一昨日、紅葉と関わったら消えてもらうと言ったよな?」
紅葉には口止めをしたはずだが、その意味もなく会長に伝わってしまったらしい。動揺でどうしていいか分からなくなった俺は、その場で何も言わずに立っていることしかできなかった。
「どうなんだ!」
「は、はい。確かに仰られました」
「そうだよな、言ったよな? では、約束通り消えてもらおうか!」
俺はこれからどうなってしまうのだろう? コンクリ詰めにされて東京湾にでも沈められるのだろうか? それとも、どっかの軍の外国人部隊にでも売り飛ばされるのだろうか?
「消えてもらう前に一つ聞いておこう。なぜ、命の危機を知りながら紅葉と関わったんだ?」
これは挽回のチャンスではないだろうか?
「紅葉さんのためなら命が惜しくなかったからです!」
どうだ!
会長は俯き、自信の肩を震わす。
会長は怒りのあまり言葉も出なくなったのだと思った。しかし、それは俺の勘違いだったらしい。
「ハハハ」
すると、会長は豪快に大声で笑いだした。あまりにも突然のことで、目の前で何が起こっているのか理解できない。
「俺は君みたいな熱い男は嫌いじゃない」
先ほどとはうって変わり、とても満足そうな顔をしている。
「よかろう。紅葉と仲良くやりなさい。ただし! 紅葉を泣かしたら本当に消すからな? いいな?」
「は、はい!」
俺は条件反射で、どういうことは分からずに返事をした。
「会長様、お時間が」
運転手の人とはまた別の、誰が見ても執事といった感じの人が言う。
「わかった、今行く」
「では、失礼しよう。フハハハハ!」
車の窓を開けたまま、走り去って行く。その車が見えなくなるまで、会長の笑い声が響き渡っていた。
俺は紅葉と親公認の関係になったのだろうか?
この急展開に俺は不信を覚えたが、助かったという安堵感から直ぐにそんなことを気にも留めなくなった。
命の危機を何とかかいくぐった俺は、4限目が終わり次第全力疾走しているクラスメイトに混ざるだけの体力もなく、とぼとぼと学食を目指した。急がないのはいつものことだが……。
購買部で好みのパンを買おうとしたら、走ったぐらいじゃ足りないかもしれないけど、一人学食で食べようと思ったら開いている席は意外とあるもんだ。
そういえば、周忘れてきた。だが別に良いだろう。どうせ一緒に行っても二つなんて開いてる席はないだろうから。
それに周ときたら、女の子の手作り弁当をいつものように食べている。もちろん穂乃香ちゃんの特製弁だ。奴は穂乃香ちゃんの弁当を食べるのが恥ずかしいらしく、昼は学食で食べて、弁当は早弁か遅弁する。昼飯代がもったいないとか思わないのだろうか?
学食に向かいとぼとぼと歩いていたら、何か違和感を感じた。なんだろう? 昼休みなのに周りに廊下を歩いている生徒は一人もいなく、足音も俺の一つしか聞こえない。
何かおかしい? よく周りを気にしてみると見てみると、俺の影が大きいことに気付いた。というか、二人の影がくっついているような?
「旦那様を言いくるめたそうだな?」
突然耳元でささやかれて、とっさに話しかけられた方向から飛び退いた。そこにいたのは、紅葉のお付きであるマキ(だと思われる方)が腕を組んで立っていた。
こいつ、気配を消し歩幅を合わせて足音を俺の足音に隠しながら背後をついてきたらしい。普通に考えたら、そんなことできる人間は忍者か暗殺者くらいのものだ。
「もっと、普通に出てこれないのか!」
「私がお前の刺客だったら死んでいたな」
「俺は一般人だ。そんな奴いない!」
紅葉とか会長様なら狙われるのかもしれないが、一般家庭の高校生が狙われるほどこの国の安全は脅かされていないはずだ。
「どうかな? 旦那さまなら送ってきてもおかしくないぞ?」
その言葉が冗談に思えなくて背筋が寒くなった。
「旦那様を言いくるめたら、それで安心か?」
「会長が勝手に勘違いしただけだよ」
まあ、あの勘違いがなかったら今頃どうなっていたかわからんが……。
「いくら旦那様を言いくるめても、私たちは無理だ」
「だから、俺。お嬢様に興味ないって!」
「池宮城財閥の財産にしか興味がないのか? 最低な男だな!」
こいつも激しく勘違いしている。もちろん俺だって金は欲しいが、それで紅葉がもれなくついてくるのなら、丁重にお断りしたい!
「そうじゃねぇよ!」
「じゃあ、お前は紅葉様のためにどこまでできるんだ?」
「何もできねぇ!」
なんで、俺があいつに何かしてやんなきゃいかんのだ!
「本当に?」
まるで俺が、できもしないことを紅葉の為なら出来ると言ったかのように、念を押してくる。
「何度言われても、俺の考えは変わらない!」
俺の言葉を聞くと、マキは目を瞑り考え込む。
「ほう。見所があるじゃないか! 自分が何もできないちっぽけな存在と理解しながらも、紅葉様を求めるんだな」
どこをどう勘違いしたら、そんなプラスに勘違い出来るんだ!
「そうかそうか。旦那様が認めたのも納得がいったよ。紅葉様を幸せにして差し上げてくれ!」
そう言うと、目頭に涙を浮かべ、こちらに顔を向けずに去っていった。
何故か周りはおもいっきり勘違いしているけど、俺はお嬢様と会話すらまともにしたことないぞ?




