そうかもしれない(向日葵13)
市民プールは家族連れやら中高生の集団やらで、大混雑だった。三百円の入場券を買って、徹と有為は両脇の男女更衣室に分かれる。
徹は混乱していた。
一体この展開は何なんだろう。
頭が整理できないまま、更衣室の外に出る。
当然のように有為はまだいない。徹はぼんやりと周囲を眺めながら有為を待った。
駅で会ったときは、美少女だと感じる余裕はあった。
しかし、これは何だ。
有為は黒のビキニを着けて、少し怒ったように徹の前に立っていた。
ほっそりとした首元から鎖骨が覗き、腰の位置は高く、足は伸びやかに踝へと続く。
これはもう反則だ。ルール違反だ。
試合前にテクニカル・ノックアウト成立。
「何よ、文句ある」
有為は、いつもにも増して無愛想な口調だった。
「可愛い……文句無い」
思わず徹は本音を漏らしてしまう。本来の有為ならば、勝ち誇った表情を浮かべるはずだった。
だが、代わりに浮かんだ表情は、徹がどきりするほど無防備な笑顔だった。
* * * * * * * *
蝉の鳴き声がシャワーのようだ。
徹はプールサイドで有為と並んで横になっていた。
いくら若くっても顔を焼くのはちょっとね。そう言って有為は白いバスタオルを頭から被っている。
小学生の頃、蝉は流れ星みたいだと誰かに話した。蝉の一生について教えてもらったばかりの頃だった。蝉は暗い土の中で何年も過ごす。種類によっては十年以上も過ごす。
そして夏の夜に地上に出ると、僅か数日で命を燃やし尽くすべく鳴き続ける。流れ星が地平に落ちる瞬間、光芒を放つかのように――
そう、昼間でも星は流れている。
こんなことを話したら有為は呆れるだろうか。有理だったら何と言うだろうか。
リタだったら、静かに頷くのだろうか。
徹はサングラス越しに流れる入道雲を眺めながら、そんなことを考えている。
「有理のこと好きなの?」
有為がいきなり話しかけてきた。咄嗟にどう答えていいか分からず、徹は傍らを見たが、有為はバスタオルを被ったままで表情が見えない。
「有理のこと好きなの?」
もう一度有為が尋ねる。
そのまま何秒かが過ぎた。有為は身動ぎもしない。徹も何も訊かない。
そして、徹は答えた。
「そうかも知れない」
「有理は高宮先輩とつきあってるよ」
「ああ、知ってる」
お互いの顔を合わせないままの会話は、そこで唐突に終わった。
有為はその後プールに入る気配はなく、徹だけ競泳用プールで何本か泳ぐと、夕方どちらからともなく立ち上がって帰ることにした。
行きは辛辣で饒舌だった有為も帰りは言葉少なで、駅までの道は殆ど会話が無かった。徹から微妙な距離を置いて、外巻きにはねた生乾きの栗色の髪が揺れている。
周囲の視線を集めているのは相変わらずだった。だが、プールに向かう道すがらお互いの間に感じた秘かな緊張感と期待感――誤解を恐れずに言えばそれは幾ばくかの共犯意識だった――は、どこかに影を潜めてしまっていた。
駅まであと僅か。このままではいけないと思う焦りから、自分でも思ってもいなかった言葉が口をついて出た。
「写真撮ろうか」
その唐突さに有為が軽く瞳を見開く。
「最初は三人で撮ろうかと思って……もちろん嫌なら無理には――」
説明を始めたものの、話すほど言い訳めくのが自分でも分かる。しどろもどろになっていく。
目の前で眉根を寄せている、この少女の表情は嫌悪感なのかそれとも逡巡なのか。
とにかく謝ろう。そう思って徹が口を開きかけたその瞬間、
「いいよ」
有為が返事をした。
「すいません、 撮ってもらえますか」
徹の反応を待たず、有為は隣を歩いていた子連れの女性にお願いすると、徹の腕を自分の腕と組ませた。
肘に有為の身体の柔らかさを感じる。
(有理の匂いとは違う)
当たり前の事実に、今更ながらに気付く。
「はい、じゃあ笑って」
主婦の合図とともに、有為が軽く自分の腕を引き寄せるのを感じた。
シャッターを押してくれた女性に礼を言うと、有為は透を待たず歩き出す。が、二、三歩いた後、思い出したように振り返った。
その顔はいつの間にか、プールに行く前の有為に戻っていた。
「あのさ、有理も誘ってるって言ったのは、嘘だから」
「へ?」
有為は、徹の間の抜けた問いかけには答えない。
「じゃあね」
そのまま有為は夕暮れの駅に消えた。
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