10.カッツェ6
カッツェは確信があった。
この全宇宙に広がるネットワーク、通称、星間ネットワークのための認証だろう。そこに、カッツェの知りたかった情報があるのかもしれない。
レクトの部屋に入ると、そのままシンカを、デスクの端末のところまで引っ張ってきた。
デスクの側面の細いスイッチに指をかざすと、ふわりとホログラムが立ち上がる。
「うわ、なんだ?」
四角いスクリーンが、画面だけ空中に浮いているように見える。
シンカが一瞬驚いた後に、それに指を突っ込んでみる。
映像だけなのだが、シンカの指に反応してそこだけ虹色に歪む。
カッツェがシンカの腕をつかんで、強引とも言える力でリングの中央をホログラムにかざす。
ふわりと画面が数倍の大きさに広がって、白く光る。
が、次の瞬間、大きなそれは消え、もとの小さなホログラムが小さく点滅した。
「……今は、無効か」
不満そうにあごに手をやって、カッツェは考え込んでいた。
「説明、してくれないのか?」
シンカが鼻息をふんと吹き出して軽く睨んだ。
「……何も、言われなかったか?思い出してくれ、何も言われなかったか?」
肩をつかまれてシンカは天井を仰いだ。
この人、相手に説明するの嫌いなのかな。
「所長だって言ってたユーリって人が、なんか言ってたよ」
「なんて?」
「あの人もつける理由が分からないって。ぶつぶつ言ってた。そこは同感だったから覚えてる。不満そうだった。正式な何とかがないのにとか、なんとか」
「まあ、いい」
手で制されて、シンカは自分の番とばかりに早口で質問する。そうしないとまた、横槍を入れられてしまいそうだから。
「あの、カッツェさんは何を知りたいんだ?それと、これと、なんか関係あるのか?」
今度は、シンカがカッツェの袖を捕まえていた。
「あ、ああ。仕方ないな。君が特殊な存在なのは私も知っている。しかしね、ただユンイラの成分を取り出すためだけの検体であれば。何も認証なんかつける必要ないだろう?」
シンカは黙って首をかしげる。認証、自体になじみがない。
「認証は持つことで人として登録されているということなんだ。この星間ネットワークにね。戸籍を持つって事なんだ。おかしいだろう?実験で作ったとか、検体だとか、散々人間扱いしなかったくせに、なんで今、君に認証を与えたんだ?」
「……質問してるの、俺なんだけど」
「あ、ああ。私はね、シンカ。皇帝の目的が、どうもユンイラだけではない気がするんだ。そして、きっと、レクトもそれを知っている」
「目的?」
「それを、知りたくてね。だから危険を承知で君を地球に送ることにしたんだ」
そこで、シンカはにっこりと笑った。
「そうか。だから、あんなに反対してたのに、救出に行くことになったんだな」
嬉しそうに笑う。
「シンカ」
「なんで、何をそんなに心配してるんだよ、俺、大丈夫だよ。レクトを助け出せば、きっと、カッツェさんの知りたいことも分かるよ」
「……君の、その根拠のない自信は、どこから来るんだろうね」
あきれたように両手を挙げる男に、シンカは笑った。
「きっと、若さからだよ!」
「!」
小さく舌を出して、頭の後ろで手を組んでみせる。
いたずらっぽく笑うシンカ。
「なんかさ、俺、考えてもしょうがないって、思っちゃったよ」
「はあ?」
「俺、思ったように行動する。分かりもしないこと悩んでも仕方ないし、済んでしまったことで落ち込んでも、元に戻るわけじゃない。なんだか、分からないことばかり、たくさんありすぎてさ、逆に、どうでもよくなったみたいだ」
「投げやりって言わないかな、それは」
「それでもさ、俺は生きてるし。ミンクも、レクトも。今まで、俺なりにがんばって生きてきたしさ、これからも同じだと思う。感じたとおりに、生きるだけだよ」
子供だからなのか。
あきらめているのか。
それとも、それほど、心が強いのか。
カッツェは金髪の少年に目を細めた。
まぶしく感じた。
「俺、そう思ったらさ。ミンクにあいたくなった!行ってくる!」
「おい、夜中だぞ!おい」
シンカは部屋を飛び出していった。
静まり返った室内。広い、レクトのための部屋。今はここにいない部屋の主を思い、カッツェはつぶやいた。
「そうやって、母親の死も故郷の思い出も、背負う重圧も。乗り越えていくのか。ただ、感じるままに、生きることで?そんなに簡単なこととは思えないのだが。……レクト、お前すら乗り越えられないものを、あの子はもう笑って話すんだ。お前、すでに越えられているかもしれないぞ」
シンカはミンクの部屋の前に立って、一呼吸した。
「ミンク?」
ノックしても返事はない。開けてみると、かぎはかかっていない。