6.知らなかった世界7
ミンクがつないでいた手に力を込めるのが分かる。ミンクも驚いている。
若い男性が、かけよってきて、シンカの肩に手を置いた。すごくうれしそうに。
「よかった。無事だったんだな。心配したよ。」
心配って、俺はあんたたちのこと知らないけど・・シンカは思った。
「ダン、よく見つけたな。」
「いや、ロスタネスの墓に来ていたんだ。」
シンカたちは、大勢の白い人たちに囲まれてどうしていいかわからず、ただ、一人一人を
呆然と見詰める。
握手してきたり、髪に触れたり、涙ぐんでいる女性もいる。
「あの、何なんだよ。」
シンカの声もうまく届かない。
「もうっ!私たちにも説明してよ!」
ミンクが怒った。
一瞬、シンとなり、ダンが笑った。
「ごめんごめん。みんなすまない、奥の部屋を借りるよ。」
にこやかな白衣の研究者たちに見送られながら、四人は奥へと進む。
広い部屋の隣に、小さい部屋があった。
そこには、革張りの大きな椅子のようなものと、ガラスのテーブル、壁に絵のようなものもかかっていて、くつろげるようになっていた。
向かい合わせの大きな椅子に三人を座らせ、ダンは壁にある棚から、飲み物らしきものを取り出してきた。
氷の入った薄いガラスでできたコップに、淡い黄色の飲み物が入っている。
お腹のすいた三人は、すぐに飲んでしまった。おいしいというのかよく分からない味だ。
「お腹すいているのか。すまない、気付かなかったな。後で、何か作らせるよ。まずは、説明しないとね。」
ダンは、シンカの正面の位置に座った。
「まず、なぜ私たちがここにいて、何を研究しているかから説明するよ。」
ダンは話し始めた。
この、宇宙には、太陽帝国って言う大きな国がある。そこは、たくさんの惑星を持っていて、地球人が住んでいる。
太陽帝国は、新しい惑星を見つけては、そこに移住している。
太陽帝国に属さない惑星もある。そのほとんどが、地球人が住めない環境の惑星だ。
惑星はそれぞれ環境が違う。氷ばかりだったり、熱くて水もなかったり。地面がない星もある。
地球人以外のその惑星で生まれ育った人たちも住んでいたりする。
ダンのリドラ人は惑星リドラの原住民なのだ。
惑星リドラは、このリュードに大気成分がよく似ていた。地球人には住めないところだったのだ。
しかし、宇宙図の重要な拠点になりうるリドラ星を手に入れたかった太陽帝国は、その科学力で惑星リドラを変えてしまおうとした。
それは、見方を変えれば、そこに住んでいたリドラ人が生きていけない環境になるということだった。
そして、さらに悪いことに地球人は、失敗した。
一つの惑星の環境を、根本から変えるなどということは不可能なのだ。
その惑星が今の環境になるには、何億年という時をかけて、なるべくしてなったのだ。
鉱物の組成、惑星を囲むガスの成分、太陽からの距離、公転軸の傾きや距離、軌道、すべてが複合した結果が、惑星の環境になっている。それを、表面上変えようとしてもバランスが崩れるだけだ。
惑星リドラは、誰も住めない環境になってしまった。死の星に。
リドラ人は星を追われ、他の惑星への移住を余儀なくされた。リドラ人が生活できる環境のコロニーが出来上がり、地球基準の共有区域で生活するための特殊マスクが完成する
までに、数十億いた彼らは、数千人にまで減少してしまった。
その事実は、すべての惑星政府から非難された。有人の惑星では、その原住民で組織する政府がある。
太陽帝国の支配を快く思わない惑星も多い。そこで、強大な太陽帝国の横暴を防ぐために、「惑星保護同盟」という、団体ができた。
そこには、もちろん太陽帝国の皇帝も参加しているが、対等の立場で他の惑星の代表者が参加している。
リドラの事件から、惑星保護同盟は、新しい惑星を発見した場合、まず五十年間の調査をすること。
地球人が移住できる惑星でも、もともとそこに住んでいる人々の文化や歴史を壊さないようにすること、という約束を決めた。
リュードは最近発見されて、今調査の段階だという。
調査団は、大気に適応できるリドラ人で構成されていて、有人大陸に五チーム、無人大陸にニチーム派遣されていた。
「ここまでは、いいかな?」
・・・分かったような分からないような。
しかし、そのまま受け止めるしかない。
三人は先を促した。
「ここでの研究はもう三十年になる。」
「このリュードで、私たちはユンイラを発見した。」
三人の表情がこわばる。ユンイラは、ほかの惑星の人にも興味がもたれるようなものなのか。
「ユンイラは、人の、免疫に何かしらの効果がある。」
「免疫?」
シンカが聞く。
「そう、免疫というのは、人が自分の体に入ってきた毒素に対して、対抗手段をもつ機能のことだ。
一度入ってきた毒素を、覚えていて、次にまた入ってきたときに、攻撃をする。」
「ふうん。一度蛇にかまれたら次にかまれても平気ってことか?」
シキが想像している。
「平気ではないが、攻撃するすべを持っているということになるんだ。しかし、その機能は両刃の刃でね。その生き物が環境に順応するために免疫が邪魔になることもある。」
「順応とは、免疫があることとは違っていてね、我々リドラ人が、ここリュードで平気で息ができることと同じようなことだ。
免疫は、さっきの例でいうと蛇の毒を有害とみなすことなんだ。
このリュードの大気を、有害とみなして武装してしまう体は、常に戦っていることになる。だから、君たち山岳民族は長く生きることができないでいる。」
「うーん。」
シキがうなる。
「免疫は、生き物には必要なことなので、なくすわけにもいかない。ユンイラは、免疫という概念をなくしてしまうんだよ。」
「?順応できるようになる?」
シンカが、言ってみる。
「そうだ。まだ、研究中なのでその仕組みまではわかっていない。ただ、ユンイラを使えば、地球人だろうと、ぜんぜん環境の違う惑星の人だろうと、ここリュードで生きていけるようになることは、分かっているんだ。」
「そうか。それは、この星の歴史で実証されているんだ。」
シンカが思いついたように話す。
「環境が変わったここで、人が生きていくためにユンイラが必要だったように、その地球人がここで生きていくためにもユンイラが使えるってわけか。」
「そのとおり。基本的に、リュード人と地球人は似ている。」
ダンがにっこりと笑う。
「ただ、ユンイラ自体は、今この星と、この星の上空にあるステーションでしか栽培されていない。
なかなか、デリケートな植物でね。まだ、実用化にはいたらないんだ。」
「実用化したら、地球人とやらが、この国に大勢来るのか?そんな物騒な武器をもって?」
シキがムッとした表情で言った。
「そう、なるかもね。」
ダンが穏やかに言う。
「そんなの、困るよ。」
シンカの言葉に、ミンクが答える。
「でも、惑星保護同盟との約束があるから。ねえ、大丈夫よね?」
ダンはミンクを見つめた。
「つい一ヶ月前に、太陽帝国は同盟を脱退したんだ。」
「え!」
「なんと言っても太陽帝国は強大だからね。君たちが心配するように、同盟に参加している惑星の人々も心配しているんだ。
ユンイラを使って太陽帝国は、宇宙のすべてを地球人だらけにするつもりではないかとね。だから、同盟は、ユンイラの研究には反対している。」
ダンは続けた。
「レクトは、今、ミストレイアという会社に所属しているんだ。そのミストレイアも、帝国に対抗する組織だな。」
「会社?」
「ああ、同盟だけじゃなくて、いろいろな惑星政府の依頼を受けて活動しているんだ。まあ、傭兵のような仕事だな。」
シンカは拳をぎゅっと握り締める。
ダンは、じっとシンカを見つめた。穏やかな笑みは、不思議と彼らを安心させる。
「シンカ。そういえば、何でレクトのことを知っているんだい?レクトの仲間とか何とかって。
レクトとは昔、仲間だった。彼は、以前は帝国軍の軍人でね。この惑星を含む広い地域を管轄していた。」
「だって、あいつがデイラを滅ぼしたんだ。」
シンカがうつむいたまま言った。
「君は、見たのか?」
ダンは顔色を変えて、シンカの肩を強くゆすった。
さっきの傷が痛むのか、シンカが表情をゆがめても気にしない。
「見たのか?証拠があるのか?」
さらに強くゆする。その表情は、嬉しそうでもあった。
「痛い、放せよ!」
シンカが訴えるのと同時に、シキが、ダンを引き離した。
「あんた、止めろよ、痛がってるだろ!」
「あ。ああ、すまない。」
あれほど、穏やかな印象だったダンが、違う人間のように思えた。
「教えてくれないか。レクトがデイラの破壊に関わったという、確たる証拠があれば、あいつを犯罪者として指名手配できる。捕まえられるんだ。」
「捕まえる?」
「ああ、そうだ。君もロスタネスを殺されただろう?捕まえて、罪を償わせよう!な。教えてくれ。」
シンカは、うつむいた。
「どうした。デイラを破壊したんだろ?あいつが。」
「・・あんた、やけに嬉しそうだな。昔仲間だったんじゃないのか?」
シキが、シンカの迷いをかばうように、口を挟んだ。
ミンクがそっと、シンカの手を握る。
「レクトはね。冷酷な男なんだ。力もあるし、才能もある。太陽帝国軍にいた頃は、いや今もそうだが、ちょっとした有名人でな。若くして大佐にまでなって。軍の情報部の将校だったこともある。」
ダンは、室内を腕を組んだまま行ったり来たりしだした。
「あいつは、まあ、大げさだが、宇宙最強の軍神とまで言われたことがあってね。奴が軍を辞めたことは帝国軍にとって大きな損失だった。
しかも、なぜか、帝国軍に逆らうかのように、民間の軍事会社を立ち上げたんだ。」
「帝国の人間からすれば、裏切り者だ。皇帝陛下もレクトのことは気にしている。きっかけさえあれば、捕らえてしまいたいわけだ。今後の憂いを無くすためにもね。」
不意に立ち止まると、シンカの顔を覗き込んだ。
「な、教えてくれ。見たのか?」
シンカはぎゅっと目をつぶる。
「なあ、ちょっと待てよ。考えさせてやれよ。」
シキが、ダンの肩に手を置いた。
ダンは、ピクリと眉をひそめた。
「まあ、いいだろう。そろそろ、部屋も用意できているだろうからね。ゆっくり休んで、その後でもいい。」
シキの手を振り払うように、肩を引くと、ダンは身を翻して、部屋を出て行った。
まだうつむいているシンカに、シキが声をかけた。
「腹減ったな。」
クス。
シンカが笑った。
「シキったら。」
ミンクも笑う。
やっとシンカが顔を上げた。
「うん。お腹すいてたら、ちゃんと考えられないもんな。」
「ああ、そうさ。」
にやりと笑うシキ。二人は拳を合わせる。