王女様、どうしたい?
「ないわ。私、そういうの無理……ないわ」
アルテッサの座る足元でゆったりと寝そべった虎がぶつぶつと呟いた。
「ねぇ、あんなののどこが良いの? ないわぁ」
「んー」
アルテッサは悩んでいた。
どちらを選べばいいのか。
「だって、ずるいじゃない。すべて手の内を見せてて、与えるものも与えず、選択だけを委ねてるわけでしょ?」
「んー」
好きなものと必要なものの折り合いをつけるのは難しい。
好きだからといって自分に合わないものを身に着けることは、周囲すら不快にする場合がある。
合わないものを無理して身につけることもできるが、その無理は次第に窮屈になる。
「ねぇ、ちょっと! 聞いてる?」
「ん? うん」
「もう。やっぱり上の空ね」
アルテッサの目の前には2着のドレスが飾られていた。
今日は前々から作らせていたドレスの完成日。
今まではウサギのフィリックと一緒にドレスの最終チェックを行っていたが、フィリックが人間に変身したあの日から、試着など着替えがある場にフィリックは連れて行かないようになった。
代わりに虎のリリーテを妹から借りる。
ドレスを頬杖をつきながら眺める。
1着はフワフワなフリルのついた夕日色の可愛らしいドレス。
もう1着はシンプルなデザインが特徴的な真夏の空色の大人びたドレスだ。
夕日色のドレスはアルテッサがデザイナーに頼んだものだ。
孤児院に行ったあと、ジリアスの好みに合わせて作らせたもの。
そしてもう一つは、フィリックがアルテッサに内緒で作らせていたものだった。
今度の舞踏会で着るドレス。
何故かフィリックはアルテッサが用意したものとは別のドレスをどこからか持ってきた。
真夏の空色ドレス。
それはアルテッサが選ばなかった布地。
デザインもアルテッサ好みの、おそらくはアルテッサの身体に合ったドレス。
「……どちらを着るかは、貴女次第よ?」
「……う、ん」
寝そべった虎の頭をわさわさと撫で、アルテッサは立ち上がった。
そのまま、2着のドレスのところには近づかず、廊下へ出る扉に向かう。
「あら、どこいくの」
「うん、ちょっとね。行くところがあって……一人で行きたいんだけど」
「あら、それはダメよ。私の仕事は貴女の護衛ですからね」
やっぱり? 困ったなぁ。
「私ができるのは、何も見ず、何も聞かず、何もしゃべらず、息をひそめることだけ」
虎が大きく伸びをした。
ぐわっと大きく欠伸をする。あぁ眠いと言いながら。
「ありがとう」
アルテッサは部屋を出た。
向かうのは王宮の北の端っこに建てられた建物。
薄暗く誰も近づく者がいないそこは、アルテッサが所有する倉庫だった。
ギギッと錆びた金属音を響かせ扉が開く。
アルテッサはそこであるものを探した。
この倉庫のどこかに保管したはず。
目当ての物は小一時間ほどで発見できた。
手で埃を払い、握りこむ。
アルテッサが手に握ったのは、朱塗り笛だった。




