王女様、揺れる
腕を掴まれてアルテッサは動けなくなってしまった。
振り払って逃げたいのに、ジリアスを見つめてしまう。
「……ごめん、急に掴んで」
謝るもののジリアスは腕を離してくれない。
ジリアスが自分を追って来るとは思わなかった。
だって、キスしようとして逃げたときは追ってくれなかったのだ。
「でも、ちょっと聞きたいことがあって」
「何かしら」
「その…………あいつのこと、好きなのか?」
「え?あいつ?」
あいつ、と言われて咄嗟に誰のことだか分からなかった。
「あいつさ、最近公妾になった」
「フィリックのこと?」
「そう、そいつ」
ジリアスが苦虫を噛み潰したような顔をした。
「その……僕が言うことじゃないのかもしれないけど、あいつのことちゃんと分かっているの?」
急にどうしたのだろう。
「突然現れて近づいてきて、その……」
言い淀む。
「言いたいことがあるならはっきり言って」
「何かの罠なんじゃないのかと思って」
「え?」
ジリアスの腕を掴む手が僅かに緩み、代わりに手を優しく包み込まれた。
「心配なんだ。君のことが」
「心はあげられないと言っておきながら?」
勝手すぎる。
アルテッサはジリアスを睨みつけた。
「あなただって私以外の誰かに目を向けたわ」
「……ああ、そうだね」
「あなたに公妾のことで言われる筋合いはないはずよ」
「…………」
何かを探すような沈黙に身を硬くして待つ。
柔らかな綿に仕込まれた針は気づきにくく、時として深く突き刺さることをアルテッサは知っている。
「本当に好きで、僕との婚約を破棄するのなら構わない。でも、何か無理をしているのなら、もっとよく考えたほうがいい」
なんだか泣きそうになった。
せっかく決断したのに心が揺らぐ。
心配されるより私を見て欲しい。
そんな心配は求めていない。
もっと突き放してもらったほうが諦めがつくのに……。
毒だと分かっていても甘い言葉を飲み込んでしまいそうになる。
そこで手を離さず引き寄せてくれればいいのに、手を包んでいた暖かな温もりはあとを引きながら離れていった。
質量の伴わない言葉がアルテッサを縛る。
愛でなくとも思ってくれる想いを天秤にかける。
時間を掛ければ、私に振り向いてくれる?
その温もりは、そう思わせるには充分なほどの熱を持っていた。




