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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
3章(分岐、もしかしてルナ√ですか!?)
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幕間:モントルヴァル家にて

 分厚い絨毯に足を踏み入れるたび、足元が沈み込むような感覚を覚えながら、僕は執務室のドアをくぐった。


 モントルヴァル家当主の執務室。

 巨大なマホガニーのデスク越しに、父は僕を一瞥すると、手元の書類から目を離さずに淡々と口を開いた。


「退学の手続きは済ませた。既に学園に残した荷物の整理も使用人に命じてある」


 感情の乗らない、ただ業務上の報告をするような声。そこに娘を案ずる響きは一切含まれていない。


「はい」


 僕は短く応えた。

 女性であることが公になり、男の跡取りとしての役割を終えた僕には、もうどう口出ししても無意味だとわかっていた。


「ここから先のことは、すべてこちらで手配する。お前が口を挟む必要はない」


 父はペンを置き、組んだ指の上に顎を乗せた。それは家族に対する言葉ではなく、手持ちの駒をどう次の盤面に置くかを確認するだけの事務的な作業だった。


「お前はただ、言われた通りに顔合わせの準備をしておけばいい」


 つまりは、自分に都合の良い相手に僕を嫁がせ、当主としての座を盤石にするための新たな道具にするということだろう。

 

 嫡男のいない我が家の家督を守るためとはいえ、幼い頃から男として生きることを強要してきたのは他でもない父だ。

 ただ僕自身、それを当然だと思ったし、そうすべきだと思っていた。


 いずれは家督を継ぎ、表向きの婚約者を迎え、血筋を保つために裏で誰かと子を成すのだと。

 そして、父が急にその方針を変えたのは、僕にとって少なくない衝撃でもあった。


 正直、何があったのかはわからない。問いただしたところで父が僕に本当の理由を語ることもないだろう。


 秘密が露見して計画が破綻した今、僕の意思など初めから存在しなかったかのように、ただ次の役割を押し付けてくる。


「……承知いたしました」


 僕は静かに深く頭を下げた。


「下がっていい」

「はい」

「……そうだな、化粧のひとつでも勉強しておきなさい」


 その言葉を背中に受けながら、僕は執務室を後にした。


 自室に戻り、重い樫の扉を閉めた瞬間、僕は大きく息を吐き出して、そのままベッドへとダイブした。

 仰向けに転がり、華美な装飾が施された天井を見上げる。


 数日前まで、僕はあの学園にいた。

 家の方針という窮屈な嘘で塗り固められてはいたけれど、そこには確かに自由があった。共に笑い合える友人たちがいて、明日を思い描くことができた。


 シリル、アメリア、エレナ。

 彼ら彼女らの顔が次々と脳裏に浮かんでくる。僕がずっと嘘をついていたと知って、彼らは怒っているだろうか。それとも呆れて軽蔑しているだろうか。

 

 こんな裏切りをしては合わせる顔もない。

 できれば、後者であってほしいと勝手に願ってしまう自分がいる。


『ルナ様』


 不意に、脳裏に響いたその声に、僕は思わずキュッと口元を結ぶ。


 ノネット――エット。

 

 その名前を頭の中でなぞるだけで、冷え切っていた胸の奥に、ぽかぽかとした温かさが広がっていくのを感じる。

 いつも周りに振り回されているのに、いざというときは信じられないくらい強い意志と行動力で周囲を巻き込んで、だけど誰よりも真っ直ぐに僕を見てくれた。


 優しくて、明るくて、かわいらしくて。


 僕が男であろうと女であろうと、そんなことは関係ないというように、ただ一人の人間として引っ張り回してくれた。


 僕がここを出て、見知らぬ誰かに嫁ぐことになれば、もう二度と会うことはできないかもしれない。

 貴族の妻として、父や夫の顔色を窺いながら生きていく。それがこれからの僕の、逃れられない運命なのだと頭ではわかっている。


 けれど。


「……会いたいな」


 ぽつりと呟いた言葉には、悲壮感よりも、ただ純粋な願いだけがこもっていた。

 すべて終わってしまったと、大人は言うかもしれない。このまま家に従うしかないのだと。

 

 でも、エットならどうするだろうか。もしかしたら、あの時みたいに僕を救い出してくれたり――なんてね。


「会いたいな……」


 天井に向かって、そっと手を伸ばす。

 いつか形は違ってたとしても、またあんな騒がしくて愛おしい日々に手が届くことあるのだろうか。


 僕はそんなことを思いながら、そっと目を閉じた。

投稿遅くなり申し訳ございません。

やっと落ち着いてかける時間が確保できました(´;ω;`)


本編と地続きの幕間ではありますが、今回は短めです。


次回はGW中のどこか、できるだけ早めに!

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