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わたしを攻略するなんて聞いてないんですけど!?  作者: 藤乃意
3章(分岐、もしかしてルナ√ですか!?)
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6:八方塞がり

「どういうことなんですか!?」

「そうですわね。その言葉、そっくりそのままお返し致しますわ」


 わたしの詰問じみた問いかけにも、エレナは全く動じる様子を示さず、板書を手元のノートに書き込んでいた。

 その流麗なペン運びが、今のわたしには酷く冷酷なものに思えてしまう。


「ルナ様のことです!」

「ルナさんの?」

「エレナ様が知らないはずありませんよね!?」

「退学のことですか?」

「そうですよ!」

「知っていますわよ、もちろん」

「だったら――」


 なんでそんなに落ち着いているのか。

 そう続けようとする前に、エレナが静かに言葉を被せる。


「どうにかできることなら、どうにかしていますわ」


 エレナは一度指先でペンを弄ぶと、それを静かに机の上に置いた。

 カツン、という小さな音が、やけに教室に響く。


「彼女のご実家からの申し入れですわ。学園側に口出しをする権利はありません」

「そんな……そんなのおかしいです!」

「おかしい……? どうしてそう思われるのですか」

「親が子どもの学ぶ権利を取り上げるなんておかし――」


 言いかけて、わたしの思考が急ブレーキを踏んだ。

 心臓が、ドクンと嫌な音を立てる。


「……エレナ様、いま、なんと?」

「……? どうしてそう思われるのかと」

「その前です!」

「学園側に口出しをする権利は――」

「もうひとつ前ですよ!」

「何なんですか貴女……“彼女”のご実家からの申し入れですわ――これで、よろしいですか?」


 エレナの眉が、わずかに不快げに寄る。

 しかし、わたしはそれどころではなかった。


「な、なん、で……」

「なんで?」

「なんで……ルナ様を“彼女”と……?」


 わたしはエレナの顔を見る。取り繕うような焦りは、微塵もない。

 真っ直ぐにわたしを見据えるその冷徹な瞳が、それが意図的な言葉の選択であることを無言で告げていた。


「……知って、いるんですか」

「ええ、色々と事情を聞かせていただいたので……わたくしから言わせれば『貴女こそ知っていたのですね』となりますわね」


 エレナはひどく静かな声で、しかし決定的な事実を口にした。


「それに、退学の届出そのものはルナさん自身から提出されたものです。つまり、彼女も承服していることですよ」

「……っ!」


 頭を殴られたような衝撃だった。

 エレナは、わかっていたのだ。すべてを把握した上で、あの絶望的なほど落ち着いた態度をとっていた。


「ノネット!」

「ノネット様!」


 凍りついた空気を引き裂くように、教室の入り口から声が飛んだ。

 息を切らせたシリルと、焦った表情のアメリアがそこには立っていた。わたしが教室を飛び出したのを見て、追いかけてきたのだろう。


 エレナは小さく息を吐き出すと、やれやれといった様子でゆっくりと立ち上がった。


「あなた達まで……とりあえず場所を移しましょうか」


 エレナはわたしたちを視線で教室の外へと促す。


「皆さま、お騒がせして申し訳ございませんわ」


 エレナは呆然としているクラスメイトたちへ向けてごくごく冷静に、非の打ちどころのない完璧な所作で一礼した。

 そして振り返ることなく、静かに教室を出ていく。わたしも、入り口に立っていたシリルとアメリアも、彼女の背中を追った。


 * * *


 生徒会室。

 室内には静寂が落ちる。


「ノネットさん」


 席についた後、沈黙を破ったのはエレナの冷ややかな声だった。


「動揺は理解できますが、教室であのような騒ぎを起こすのは感心しませんわ……慎みなさい」

「……申し訳、ありません」

 

 正論だった。わたしは俯き、小さく謝罪する。

 無言で歩く生徒会室までの道中で、己の非を認められるくらいには頭も冷えていた。

 

 けれど、知りたい衝動を抑え込むことなどできない。それは、隣に立つ二人も同じだろう。


「エレナ。ルナが退学したというのは本当なのか?」


 口火を切ったのはシリルだった。冷静に見えるが、わずかに焦燥を滲ませた彼の問いに、エレナは淡々と頷く。


「ええ。本人から正式な退学届が提出され、すでに受理されています」


 ということは、昨日今日の話ではない。

 すでに何日も前からエレナはこのことを知っていた……?

 

「そんな……急すぎます! 何か理由があるんですよね!?」


 アメリアが悲痛な声を上げる。

 エレナは彼女へ視線を移し、静かに答えた。


「ご家庭の事情、とだけ」

「でも、さっき言っていたじゃないですか! ルナ様から全部聞かされたって!」


 たまらずわたしが身を乗り出すと、エレナは感情の読めぬ瞳でわたしを見返した。


「全部、などと述べた記憶はありませんが……退学の理由は“個人的”に聞いたものですわ」

「それは……?」

「あ、あの! その前に……」

「『彼女』?」


 アメリアとシリルが疑問を口にする。

 わたしとエレナのあの異様なやり取りを教室で聞いていた二人は、揃ってその単語に引っかかっていたのだ。


「説明してもらえないか……?」


 シリルが困惑の視線を向ける。アメリアもまた、不安げにエレナを見つめていた。

 二人の指摘に、室内の空気が再び張り詰める。


 エレナは小さく息を吐きだすと、口を開く。


「そのままの意味です」

「なんだそれは。まさかルナが女だと言いたいのか? ……冗談だろう?」

「冗談などではありませんわ」


 エレナは微塵も揺らがない声で、はっきりと告げた。


「ルナさんは、女性です。それはつまり、モントルヴァル家は長年、軍閥の跡継ぎの性別を国に対して偽り続けてきた……ということでもありますわね」


 息を呑む音が、ふたつ重なった。

 アメリアは言葉を失って口元を両手で覆い、シリルは目を見開いて絶句している。


「まあ、その事は今は置いておきましょう」


 エレナは茶化すように両手をパタパタと振った。

 

「ルナ様が女性だから、学園を辞めなくちゃいけないんですか……?」


 アメリアの震える問いに、エレナはただ淡々と回答を重ねる。


「いえ。こう言っては理不尽に思われると思いますが、学園内において性別の詐称は大きく咎められることはないでしょう。彼女程の有力貴族を“その程度の理由”で退学にはしませんから」

「じゃあ一体……」

「結婚が決まったからだと」

「……色々と唐突だな」

「そうですね。あまり憶測を口にしたくはありませんが、推し量るに――」

「政略結婚……」

「……さすが、察しが良いですね。ノネットさん」


 わたしはそれを知っている。

 ルナが女性であることが発覚し、政略結婚の道具として実家へと連れ戻される。

 

 だが、それはルナの個別ルートのお話の主軸。


 思考がぐちゃぐちゃに沸騰する。

 時期が、あまりにもおかしい。もっと……もっとずっと後のはずだ。

 ――本来なら、シリルがいくつもの事件を解決し、確固たる功績をあげた後でようやく発生するはず。

 

 どうして今!?


「だがルナは、そんな素振り一切、」

「待ってください!」


 混乱するシリルを遮り、わたしは必死にエレナに詰め寄った。


「あのルナ様が、素直に政略結婚なんて受け入れるはずがありません! 何か裏があるんですよね!? 例えば、誰かに脅されているとか……!」

「ノネットさん」

「なんですか!?」

「どうして貴女がそんなに必死になっているのですか?」

「どうしてって、当たり前じゃないですか! 望まぬ結婚なんて――」

「待ってください。望まぬ結婚、ですか?」


 エレナは小さく小首を傾げた。

 わたしを冷たく突き放そうとしているわけではない。ただ、純粋に疑問を口にするように彼女は問い返す。


「ノネットさん。貴女は政略結婚というものを、物語の悲劇か何かと勘違いしていませんか?」

「え……」

「我々貴族にとって、家を存続させ、より大きくし、国家への影響力を増すための婚姻は『あるべき姿』ですわ。それは決して悪ではありません。むしろ、貴族として生まれたからには果たすべき名誉ある義務です……それは貴女とて例外ではないでしょう」


 その説明に、エレナが残念がりながらも、特別焦る様子を見せなかったその理由をようやくわたしは理解する。

 

 突き付けられたのは、決定的な結婚観の違いだった。


「ルナさんは国内最大の軍閥を率いる家の嫡女という立場の人間です。己の婚姻がもたらす政治的な価値と、その責任の重さを、彼女自身が誰よりも理解しているはずです」


 エレナの言葉は、淀みない正論だった。

 それは作中でだって何度も語られていた話だ。


 貴族社会において、個人の感情よりも家の存続が優先されるのは当たり前なのだ。


 エレナは冷徹でもなんでもない。為政者としての視座から、純粋に思ったことを口にしているだけだった。


「加えて言うなら」


 エレナは淡々と続ける。


「家のため、国のためという理由を抜きにして……“恋愛”という面において、ルナさん本人がその結婚を本当に望んでいないと、どうして貴女が断言できるのですか?」

「っ……」

「彼女が一人の女性として、自らの意志でお相手との未来を受け入れた可能性だってあるのではありませんか?」


 純粋な疑問だった。

 エレナはわたしを責めているわけではない。ただ、貴族としての常識に照らし合わせて、わたしの絶対的な確信の理由が見えないのだ。


 どうして、断言できるのか。

 そんなの、決まっている。


 だって、わたしは……ルナから、告白されたのだから。


「……断言、できます」


 わたしはぎゅっと拳を握り締め、エレナを真っ直ぐに見返した。


「少なくとも、ルナ様が……絶対に好きな相手と望んで結婚するわけではないことだけは、わかります」

「それはどうして?」

「ルナ様の、好きな人を知っているからです」


 はっきりと告げたわたしの言葉に、エレナの目がわずかに見開かれた。

 シリルもアメリアも、わたしの強い語気に息を呑んで黙り込んでいる。


「……なるほど。そういうことですか、あなた達は仲が良かったですものね」


 エレナは小さく息を吐くと、何かを察したように目を伏せた。

 そして、これまでで最も静かな、けれど氷のように冷たい声でわたしに問いかけた。


「ですがノネットさん。貴女が彼女の想いを知っていたとして……婚姻をひっくり返すだけの大義はありますの?」

「え……」

「想いだけでは、家も国も救えません。ルナさん自身がそれを一番理解しているからこそ、実家に帰る道を選んだのではありませんか。貴女のその個人的な確信は、今の盤面においては何の解決策にもなりませんのよ」


 反論なんて、何一つできなかった。


 個人の感情を盾にして騒ぎ立てたところで、魔法のように事態を解決できるわけではない。

 今度のことは、そう簡単な話ではない。

 

 これまでゲームと違う展開の連続で。

 でも、何だかんだでどうにかなって。


 わたしはどこか、全てがうまくいくのだと、勘違いしていたのかもしれない。


 わたしは……わたしは、一体どうしたらいいの……?

投稿遅くなり申し訳ございません。

本当は、昨日投稿するつもりだったのですが、スマホが壊れてしまうという悲しい出来事があり執筆時間が確保できず……。


投稿タイミング告知用のXもログインできなくなってしまったので近々別アカウントを作成予定です。

次回も1週間を目途に投稿予定です。

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