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#7 リーフィスのさんすう

 いつも通りのうるさい金属音で目覚める。



 起き上がって、薄黒いベッドの隅に並べた昨日の団子を触ってみる。


 大きなビー玉ほどのその表面には、まだ水分が残っていて嫌な柔らかさが残っているが、普通に扱う分には大丈夫そうだ。


 これで数の授業が出来れば……。




 朝飯までのわずかな時間、鉄格子と壁越しに二人と話す。


 リーフィスは、緊張でカチカチに固まってしまっている。



 一方のリードは、隣の部屋なんで顔こそ見えないがいつも通りだ。

 今日は何をしてくれるのかと俺に聞いたり、自らの昔話や妄想を周囲の子に聞かせたりしている。


 彼女、この年にしては、言葉を巧みに扱えているような気がする。


 俺はこの頃の年に何をしていたかなんてさっぱり覚えていないんで、平均なのか、そうではないのかは測りようがなかったが、それでも話していて困ることは少なかった。


 話が突っかかるのも、俺が不用意に小難しい単語や言い回しをした時や、この世界や彼女の体験にないことを話した時だけだ。


 ちゃんと俺の話を聞くことができるし、自らのことをちゃんと伝えることが出来ていた。



「……リードは話すのが上手いな。てにをはシッカリ使えてるし、接続詞……繋げる言葉もちゃんとしてるし」


「お話、好きなんだもん。てには? とかいうのはわかんないけど……いろんな子といっぱいお話してきたからかな? あは……」



 彼女の声が、次第に小さくなっていく。



「……あと、お母さんがたくさんお話してくれたからかな。むかしばなし、たくさん聞かせてくれたの。それでねその後はずっと、あなたはぜったいハズレじゃないよって、何回も言ってくれて、スキルかんていが終わったら遊びに行こうねって。……でも」



 何も言わなくなってしまった。

 壁の向こうの表情は、微塵たりとも覗えないが、想像に容易い。





「…………きっと、この場所がわからなくて探しているんだよ……きっと、きっと……」




 俺は適当にはぐらかすことしか出来なかった。



 愛された後に突き落とされる悲しみを理解出来る体験は俺にはない。

 俺の両親は、最後まで俺よりも金を愛していたから。



 ただ、誕生日に限っては親として振る舞いたいのか帰ってきて、聞かれたとき適当に言った物をわざわざ無駄なラッピングに包んで持ってきた。

 でもたまにそれさえくれない時があったぐらい、その程度。

 仲のいい人間もいなかった、全員打算上の薄っぺらい繋がりだけが冷たく伸びているだけ。



 だから、俺にはわからない。わかってやれない。



 だけど、胸が痛い……。



 俺に出来ることがないのが辛い。


 馬鹿みたいな嘘をつかなければならないのが悲しい。




 彼女も、もう愛されていないこと、助けに来てくれるわけがないことは薄々気がついている。




 俺たちよりも前にいるのだから、少なくとも一年はこの地獄で生きているもの。


 一年以上待って誰も来ない、隣にいた人が衰弱死していくのを見せつけられ、居なくなった者にまで暴言を吐き、同情や憐情の欠片も分け与えてくれない世界、この世界を当たり前としている人間を、どうすれば盲信できるというのか。



 彼女はもう何も紡がない。


 俺ももう励ませる力がない。




「ごめん、リード……気が利かなくて……ごめんよ……」



 正面のリーフィスが目を丸くして、彼女の部屋の方を見ている。


 泣かせてしまったのだろうか。ああ、前世で無駄だと人付き合いを怠ってきた弊害だ。


 俺は、俺は……。



「すまない、本当に……」



「いい。いいの、あやらないで! リード、これからがんばっててんさいになるから、おべんきょう、よろしくね!」




 はっきりとした声が、返ってきた。



 震えもなく、弱々しさもない。子どもがこんな真剣な声を出せたのかと驚いてしまうほどに、決意に溢れた声。



 普通に生きてるだけの大人じゃあ出せないだろう。普通でない俺も、きっと無理だ。



 堅く、芯が通って、揺らぎも曲がりもない。



 てっきりしくしく泣いているのだと思っていたから、心臓をどつかれたようにびびった。




「……辛くないのか?」



「辛いよ。辛いけど、お母さんのところへ行くには、やらないといけないでしょ? ずっと泣いてても、何も起こらないもん」



 すぅ、と、息を吸う音が聞こえた。



「それに、死んじゃった友だちたちのことを、聞かせてくれた夢を、リードは覚えておいておかなくちゃいけないの。そのためにはもっとしっかり言葉を知らないと、駄目だから」



 思っていたよりも、ずっと、相当、彼女は強い……。



 どうやらリーフィスも、彼女の姿に覚悟を決めたみたいだ。

 猫背でもじもじしていたのに、頭に浮かぶ心配を振り払うように首を振るった途端、背筋はぴんと伸び、目は凜々しくなった。



 思っているよりもずっとずっと、子どもというのは……強くて意思のある存在だったんだ。俺も、彼女らの覚悟と決意に応えなければ。皆を普通へ導かなければ……。





────────────────



 朝飯の時間になり、俺たちは食堂へと集まった。


 残飯を貪り終えた子どもたちが、続々目を輝かせてやってくる。


 食べるのが間に合わない子にも、後で教えてやってくれと頼むと、みんないい返事をしてくれた。



 多勢の瞳が、リーフィスを焼く勢いで見つめている。


 こんな状態を前にすると、彼はやっぱり緊張しちゃうようだけど、さっき話していたときより、ずいぶんほぐれてて気楽そうだ。



「ね、レオリ。何から教えればいーかな」



「数を教えてくれ。この団子を一から、十まで」



「わかった!」




 リーフィスは教えてもらった年齢が俺よりもすぐというのもあってか、俺より教え方が上手かった。




 彼は、かつて教えてもらったことを、なにがわかりやすかったか、そして自分がどう覚えたかを思い出しながらやっているんだ。




 こんなに優しく丁寧に勉強を教えた人、きっと両親が、彼をここに閉じ込めたという事実が辛かった。やっぱり、人は何を考えているのか表面じゃ絶対に計り知れないんだな。



 こんなに頭がよくて、優しくて、いい子なリーフィスを、たった一つの理由で、しかもとんでもなくくだらない「武器生成スキルだから」という理由で、見下し、見捨て、見ないふりをする。



 授業を聞いていて、彼の人柄と優秀さを知るたびに頭に疑問符と感情が混線してもやもやする。



 むなしいのか、悲しいのか、苦しいのか、それとも怒っているのか、下界の人間を軽蔑しているのか、哀れんでいるのか、心がむちゃくちゃに掻き乱されてもはや自分が今どの気持ちでいるのかさえわからなくなってしまった。



 リーフィスはときどき緊張で言葉を詰まらせながらも、順調に数を教えていった。


 その後はなんとこっちにつなげるのがわかりやすいかな? と自答して、足し算を教え始めた。


 まあ、まだ一個増えるといくつになるか、なんてレベルだけど。





 俺たちに与えられているのは、食事の時間。食事後の自由時間は含まれてないんだ。


 まだ教えたいことがたくさんあるけど、偉人の気配がして急遽解散させた。






────────────────



「あああ! きんちょうした! レオリぃ、ぼくがんばったよね?」



「ああよく頑張った! とんでもなく君は凄いぞ、素晴らしい! 夜も頼むぞ!」



「ねー、リードもはやくせんせいやりたいよー」



「うん、部屋に戻ったらたっぷり時間あるし、明日の授業考えような!」



 糸が切れて足を震わせるリーフィスを二人で支えながら、楽しげな子どもたちの川に流される。



 まとまって入れる檻を探しつつ、先ほどのオリエンテーションを省みる。



 口頭だけだと聞き逃したり、覚えきれなかったりしそうだ。

 記入し見返せる紙とペンが必要だな。でも、どこから仕入れればいいのやら。



 ……そもそも、文字は書けるのか?


 周囲の子に聞いてみたら、大半は話すことは出来ても文字を書くことは出来ないようだ。

 日本で生きているとてっきり忘れてしまう。


 声と文字は別の言語みたいなものだ。

 片方が出来るからといって、もう片方も出来るわけじゃあない。



 そうだな。五十音表も用意しておきたい。




 一応残飯もまたポケットに突っ込んで来たし、とりあえずできることやってみるか。



 無理そうだったらベッドの側面剥がしてみるか? 次使うやつに悪いけど、代用品がないししょうがない。






 ようやく部屋を見つけて、中へ入った。




 続きを考えながら残飯を粘土のように床に押しつぶす。



 まだ水分が多量に含まれたそれは、不快なほどに手にへばりついた。



 だがしばらくすると、小さな穴だらけのコンクリートと埃に潤いを奪われて生地のようになった。


 厚みを出来るだけ減らそう。

 その方が量を作れるし、厚かったりこねすぎたりすると、手垢やら床のゴミやらで黒くなって、文字が見えなくなっちまう。


 鉛筆とかペンは……いくら武器ですとすっとぼけても、インクまで出てきやしないし、この能力じゃ無理だな。炎を出せる奴なら、レシートや烙印みたいに印字できただろうによ。


 カッターやナイフで、穴を開けるしかないだろうな。ペラペラのステンシルみたいに……。




 そんで、用意できたら……明日の飯は二人でなにを教えりゃいいかな。



 ああ、小学校の国語の教科書には何が載ってたかな。

 ひらがなのポエムがあった気がする。


 暖かい草原だか花畑やらの挿絵があって。


 音読の宿題があって……壁に読み聞かせていたな……。

 はぁ……。(一応聞いてくれる日もあったけど大抵は仕事で疲れてて、もう今すぐに寝たいって顔だったし、これを聞いてると定義していいのか怪しいな……)




 まあとりあえず、五十音と、なんか簡単な詩とか作って、一緒に音読してみればいいかな。


 詩はリードに考えてもらって、うん、それがいい。

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