軍人、潜入する
岩山都市から少し離れた見晴らしの良い場所に、大きな屋敷が建っていた。
大きな、というレベルではない。
半径100メートルくらいあるんじゃないだろうか。
帰らなくなったノウムたちがいる事を考えても、あまりにデカすぎる。
「これだけ巨大な建築物だ。中で何をしているかわかったものではないぞ……どうする? いっそ正面から尋ねてみるか?」
「いや、ここから中を探る術がある。ここは任せてくれ」
そう言って俺は透明化したシヴィの方を見た。
『何となくそうではないかと思いましたが……はぁ、仕方ありませんね』
『頼む、シヴィ』
『了解』
シヴィはやれやれと首を振りながらも、屋敷の方へと飛んでいった。
飛行速度は遅いし内部スキャンにも時間はかかる。
しばらく暇になった俺とセシルは食事を取る事にした。
腹が減っては戦は出来ぬ。
「さ、軽く腹ごしらえをしようぜ」
「そうだな。先日の礼だ。今日は僕が食事を作ろう」
「おっ、そりゃありがたい」
セシルはずだ袋から鍋と水の入った皮袋を取り出し、中へ注ぐ。
火打石で薪に火をつけ、その中に干した野菜やら肉やらを切って入れて煮込むと調味料をさっと一振りした。
おう、干し野菜や干し肉はそのまま食べるのかと思ったが、調理して使うのか。
良かった、恥をかくところだったぜ。
セシルは手際よく料理をしていく。
そして煮込むことしばし……
「完成だ」
出来た品は肉と野菜のスープである。野外でさっと作った割に美味そうだ。
「さ、食べるといい」
「いただきます」
セシルから器を受け取ると、一礼して食べ始める。
むっ、これは肉と野菜の味がちょっと違うぞ。
深みがあるというか、いい香りがするというか、干した肉や野菜は旨味が凝縮されると聞いたことがあるが、その効果だろうか。
「美味い! こいつは美味いぜセシル! うん、いい嫁さんになるぞ!」
「そ、そうか……?」
女だったらよかったのになぁという意味の冷やかし言葉だったが、セシルは何故か照れている。
あまり冗談が通じない奴だな。相手を選んで言うべきだった。
食事の片づけをしていると、セシルが声をかけてくる。
「ところで屋敷の件はどうなった? さっきから何もしていないように見えるが……」
「仕事はやってるさ。多分そろそろ……おっ」
シヴィが戻ってきたようである。
『ごくろうさん。首尾はどうだった?』
『屋敷の周囲を回りながら内部をスキャンしましたが、どうにも妙ですね。とりあえずデータを送信します』
シヴィから送られたデータは、確かに妙なものだった。
屋敷の居住スペースらしき場所は外周にしかなく、内部は庭になっている。
不思議なのは地下が写っていないのだ。
地中すら映らず、遮断されているのである。
『なんだこりゃ? 見えなかったという事か?』
『恐らく電波を通さない特殊な金属で蓋をされているものと思われます。現在中に人はいませんので、直接調査した方が早いかと』
ふむ、ただの屋敷ではなさそうだ。
ともあれ俺は地面に屋敷の見取り図を描いていく。
「……屋敷のこんな感じだ」
「すごいな。こんなに詳細に中の様子がわかるとは……それも魔術なのか?」
「ま、そんなところだ。今のところ中には人は見当たらない。おそらく地下室にでもいるのだろう。中に潜入してみよう」
「わかった」
俺たちは屋敷へと近づいていく。
近づいて見ると屋敷はやはり巨大で、門も見上げる程の大きさだった。
セシルが扉を押してみるが、びくともしない。
「くっ、やはり鍵がかかっているな……どうするアレクセイ?」
「鉄製の閂で止めているだけの簡素なものだな。これなら普通に断ち切れる」
その前に念の為、ジョブに『盗賊』をセットしておく。
今は人がいないようだが、いつ地下から出てくるとも限らない。
気配察知で読み取る限りは……うん、大丈夫そうだ。
俺はサバイバルナイフを取り出すと、門の隙間から閂に刃を押し当て、力を込める。
かきん、と鋭い音がして閂は真っ二つになった。
金属を斬るには、押すようにして一気に引くのがコツだ。
「さて、中に入るぞ」
扉を開け放ち、中に入る。
屋内は生活感はなく殺風景で、生活感が感じられない。
部屋を開けて中を見ると、寝るためだけの部屋といった感じでベッドが幾つも並んでいた。
他の部屋も似たような感じで、長い廊下とベッドのある部屋と、食堂しか見当たらない。
「生活している気配はあるが、誰もいないな」
「やはり本命は地下か。どうにかして壁の向こうへ行くしかないな」
通路をぐるりと回ったが、屋敷の中央部は壁で塞がれ、見れないようになっている。
「魔術で壁抜けは出来ないのか? アレクセイ」
「ぶっ壊し抜ける事なら出来るがな。流石にバレてしまうだろう。恐らく隠し扉があるはずだから、もう一度注意深く探して……」
言いかけて止まる。
中央部に人の気配が生まれたのだ。
俺は人差し指を唇に当て、セシルを黙らせる。
気配は俺たちの方へと近づいてくる。
「……何者かがこちらに来る。隠れて様子を伺うぞ」
セシルと二人、物陰に隠れる。
気配は壁の向こうで立ち止まっている。
俺たちには気づいていないはずだが……息を潜めて待っていると、ズズン! と音がして壁が開いていく。
ここが隠し扉だったのか。
中から出てきたのはノウム族の男だった。
男は扉を閉めて食堂の方へと歩いていく。
「どうやら拘束されているわけではないようだな。どこへ行くのだろうか……あとをつけよう、アレクセイ」
セシルの言葉を聞くその前に、俺は男の背後へと滑り込む。
音もなく背後に立つと男の口を塞ぎ、サバイバルナイフを首元に突き当てた。
「騒ぐと殺す、声を出しても殺す、動いても殺す。……理解したらゆっくりと頷け」
「うわぁ……」
『極悪人ですかあなたは』
シヴィとセシルがドン引きしている。
何を呑気なことを。先手必勝は基本だろう。
俺は構わず続ける。
「おい、聞こえなかったのか?」
「……」
だが男は微動だにしない。
よく見ると目は虚ろで、口も半開きだ。
その表情からは意思というものを感じ取れなかった。
こいつはマジに催眠術でもかけられているのか……そうだ。
俺は『魔術師』のジョブをセットし、鑑定で男を見てみる。
ハインズ=ローラ
男、ノウム族
レベル3
状態、魅了
やはり状態異常にかかっているようだ。
丁度いい。あれを試すいい機会である。
俺は『僧侶』のジョブをセットし、キュアを発動させる。
すると男の目に光が戻った。
「……はっ!? こ、ここは一体……ぎゃーっ! な、なんだべあんたはっ!?」
「落ち着け、あんたを助けに来た者だ」
「ひいっ!? こ、殺さんでけれーっ!」
男は俺の持つナイフを見て、悲鳴を上げる。
そんなにビビらんでも。
しかしキュアで回復するという事は、どうやら魅了はスキルによる状態異常のようだ。
という事はそのスキルを得て狙った女に魅了をかければ、好き放題できるやもしれん。ぐふふ。
……まぁでもマグロ女は趣味じゃないしな。
やはり男なら自分の魅力で落としてこそ、だ。




