軍人、事情を聞く
「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
セシルに抱きつかれながら落ちていく事しばし、ようやく地面が見えてきた。
地面というか、先刻床を貫き地面に突き刺さった氷の塊が、だ。
このままでは激突してしまう。
落ちる距離が伸びて速度での落下。この状況、俺はまだしもセシルがやばい。
――だが手はある。
俺はファイアアローを発動させ、氷の塊に向けて放った。
放たれた火の矢が氷の塊に突き刺さり、どんどん溶かしていく。
氷は水に、そして湯へと変わっていく。
氷の塊は中央が溶けて湯溜まりとなり、俺たちはその中へと落ちた。
どぱぁん! と水しぶきと共に着水した俺は、すぐ水面に顔を出す。
「ぷはっ!」
見ればセシルも無事、浮かび上がってきた。
水をクッションにする作戦は上手くいったようである。
ぷかぷか浮かびながら氷から降りようとして、止めた。
ジョブを『盗賊』にして気配察知を発動させておこう。
床をぶち抜いて下の階層にまで落ちたのだ。
ダンジョンは下に行けば行くほど、強い魔物がいるらしい。
水から出る前に安全かどうか、周囲の確認をしておいた方がいいだろう。
俺はジョブを『魔術師』から『盗賊』にセットし直す。
すると今まであった氷が消え、地面に落ちた。
『氷が消えた……?』
『分析の結果、あの氷は魔素で構成されたものでした。魔術師でなくなった途端、魔素が霧散したので元の元素に戻って消えたものと思われます』
なるほど、つまり魔術というのは空気中の元素と魔素を化学的に融合させ、超常現象を起こしているのだ。
魔術師でなくなればそれは解除され、何もない状態に戻るというわけか。
辺りに少しばかりの水が残っているのは、氷が溶けて水になった為に元素が変化し、魔素が霧散しても消滅し切れなかったのだろう。
天井を見上げると、ぶち抜いた箇所が早くも修復されつつある。
『ダンジョンを構成する物質には魔素が多く含まれています。構造が変わったり、魔物が出現するのはこれが理由かと』
『魔術で出来た氷と似たような構造で作られてるというわけか』
このダンジョンは町が出来る前からあると聞く。
製作者が意図的に設置したものだろう。
そこへ現地民が町を作った、というわけか。
「おっと、それより大丈夫か? セシル」
「つつ……あ、あぁ。大丈夫……だ……」
自力で起き上がろうとするが、難しいようだ。
仕方なく手を貸してやると、ようやく立ち上がってきた……が、突如苦悶の表情を浮かべてしゃがみ込む。
「ぐ……っ!?」
右脚を押さえ、蹲るセシル。
どうやら着地の衝撃で足を痛めたようだ。
しかしそれでも立ち上がり、歩き始める。
「おいおい、そんな身体でどうするつもりだ。一旦休んだ方がいいぞ」
「……助けてくれたのは礼を言う。だが、僕はこんな所で立ち止まってはいられないんだ……!」
痛めた足を引きずりながら、剣の鞘を杖にして歩くセシル。
だがそれも長くは続かず、すぐに崩れ落ちてしまった。
「言わんこっちゃない。ほれ、ちょっと見せてみろ」
「な……き、貴様! 何をする!」
「いいからいいから」
無理矢理にセシルを寝かせ、グリーブとその下の長い靴下を脱がせると、細くてしなやかな素足が覗いた。
やたら綺麗な脚だな。女みたいだ。
セシルの足首は赤く腫れており、痛めているようだった。
「ふむ、軽い捻挫だな。ちょっと待ってろ。応急手当をしてやる」
俺は服の袖を破くと、セシルの足に強く巻き付ける。
テーピングをすれば歩けるようにはなるだろう。
「これでオーケーだ。しばらく休めば歩けるようにはなるだろうよ。試験は明日まである。今日休んでも明日までに帰ればいいじゃないか」
「しかし――」
「ま、これ以上俺に借りを作りたいならどうでもいいがよ。お前さん、人に迷惑をかけてでもバカをやりたいタイプの愚か者か?」
「……」
俺の言葉にセシルは押し黙る。
自分の立場をようやく理解したようだ。
先刻までの勢いはどこへやら、すっかり大人しくなった。
やれやれ、これだからガキは世話が焼ける。
『アレクセイ、体温が落ちています。身体を乾かした方がよろしいのでは?』
言われてみれば、びしょびしょだ。
これはいかんと思った俺は、おもむろに服を脱ぎ始める。
それを見てセシル驚き目を丸くする。
「な、何をするつもりだ!? アレクセイ」
「何って……身体を乾かさないとだろ。ほら、お前も服を脱いだらどうだ」
「ぐ……し、しかし……」
何故かセシルは顔を赤らめ、服を脱ごうとしない。
男同士で何を恥ずかしがっているのだろうか。
「ま、いいけどな。とりあえず火を出しておくから暖まれよ」
気配察知によると近くに魔物はいないようだ。
俺はジョブを『魔術師』に戻し、ファイアアローを最弱で発動させる。
焚き火ほどの大きさの炎が生まれ、それを維持する。
ふぅ、暖まる。
「は、は、はっくちょい!」
セシルは口元を押さえ、大きなくしゃみをした。
「だから言ったじゃないか。ほれ、こっち来い。セシル」
「う……わかった……」
服は脱がずだが、セシルはこちらに寄ってきて火に当たり始める。
温まってきたからか、青白かった顔色はすぐに赤みを取り戻していく。
そうしてしばらく、俺とセシルは無言で火に当たっていた。
「……魔術師は嫌いだ」
セシルが沈黙を破る。
「卑劣で、姑息で、汚くて……凄まじい力を持っているくせにそれを自分の為にしか使わない、身勝手に力を振るう奴らが、嫌いだ」
お? なんだ? 喧嘩売ってんのか?
折角助けてやったのにば馬券雑言並べられると、いかに温厚な俺でもムカっときたぞ。
「相当魔術師が嫌いなようだな? あん、魔術師に親でも殺されたか?」
「……そうだ」
一瞬、言葉を詰まらせた俺にセシルは言葉を続ける。
「僕は貴族の家柄だ。リードレッド家といえばその地では知られた名だった。僕はそこで何不自由なく暮らしていた。……しかしある日、旅行に行っていた僕が家に帰ると屋敷が燃えていた。両親も、跡継ぎだった兄も殺されていた。後でわかったが、家で雇っていた魔術師の仕業だったらしい。金欲しさに僕の家族を皆殺しにし、家に火を付けたそうだよ……!」
ぎり、と唇を噛むセシル。
悔しさに涙を浮かべていた。
「奴を見つけて復讐すべく、僕は冒険者になった。上位クラスになれば得られる情報も桁違いだし、実力を上げるにももってこいだ。金を得られればリードレッド家の再興も出来るだろう。だから――」
「こんな所で立ち止まってはいられない、か?」
こくり、とセシルは頷く。
なるほど、ギルドで会った時からやたらと俺に突っかかってきたのはそれが理由か。
八つ当たりも甚だしいが、気持ちはわからんでもない。
その目は復讐に燃えている。戦場でよく見た目だ。
敵討ちに燃える鋭い瞳、しかし険しく釣り上がっていたセシルの目がふっと緩む。
「……だがアレクセイ、君のような魔術師もいるのだな。先刻までの非礼を詫びよう。本当に済まなかった」
セシルはそう言って頭を下げる。
拍子抜けした俺は、急に照れくさくなってきた。
「いいってことよ。そんな理由があるなら、尚更休んどけ。こんな所で焦って死ぬわけにはいかないだろ?」
言うまでもなく、休息は大事だ。
コンディションを維持し、任務を遂行するには適宜休息をとった方が効率が良い。
セシルも冷静になり納得したようで、頷いた。
「あぁ……そう、だな……」
そのまま、目を瞑りウトウトとし始める。
よほど疲れていたのだろう。
俺もちょっと眠くなってきた。
『シヴィ、少し寝る。敵が来たら教えてくれ。アラームを午前六時に設定。早起きしてから、地上へ戻る』
『了解、お疲れ様でした。アレクセイ』
俺はシヴィにそう命じると、横になり眠りにつくのだった。




