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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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7.命の天秤、カナンの祈り

妹の命か、三人の命か。

 カナン、ティアと別れたマルス達は、聖霊が眠るという神殿の最奥を目指して歩んで行く。

 地上のざわめきが一切届かない海の底にある神殿の内部は静寂に包まれており、一層神聖な雰囲気を生み出している。

 床や壁にはシアン色の透き通った石が規則正しく並べられ、柱や装飾としての彫刻は白波のような目映さを持つ白で統一されていた。

 壁からは外の海の光が幾らか差し込んできており、灯りを点けなくとも十分に足下が見える明るさだ。

 とはいえ、夜には海からの光はなくなってしまうため、所々に銀色の燭台が置かれている。


 姉妹と別れた入り口、そこにあった大きな扉を開けて三人が出たのは広い部屋だった。

 部屋の奥には下に続く大きな階段がある。

 階段以外にはこれといって目立ったものはなく、階段を降りて下に向かう他にする事はなさそうな様子だ。

 大して興味をそそられるものが無く、マルスは少々落胆した。


「あそこを降りるしかないみたいだね。下はどうなってるのかな」


 階段の方に向かって歩いて行くマルスの興味は、もう階段下に広がる空間へと移っていた。


「このまま何事も無く聖霊のいる所まで辿り着ければ良いんだがな」


「今のところ……魔物っぽい気配、しないよ……」


 聖霊クライスと出会ったシュトゥルム大氷窟で散々な目に遭った事を思い出したアイクは、今回は何事も無く聖霊と会えればと祈っていた。

 パルは彼の言葉に同意を示して頷きながら、ティアの言う通りこの神殿の内部には魔物がいないかどうかを確かめていた。

 自身の鋭い感覚と目に見えぬものや言葉を持たぬものと意思疎通出来る能力で周囲を探ってみるが、魔物らしい気配は一切感じられなかった。


 魔物がいないという点では安全である事を確認してから、三人は中央の大きな階段を下り始める。

 階段は他の床同様にシアン色の透明な石で出来ており、石の中には貝殻が閉じ込められていた。

 明るい海の底をそのまま階段にしたかのようだ。

 三人は足下に視線を落として一歩一歩階段を降りて行く。




 *   *   *




 三人がキューマ神殿の内部を進んでいる中、カナンとティアの姉妹は海上に泊めていた船に戻って来ていた。

 カナンは十日後に控えている村での儀式に向け、そこで吹く笛の練習を船の上でしていた。

 海辺にのみ生える樹木から作られる横笛から奏でられる美しい調べは、海風に乗って響いていく。


 ティアは海に潜って、船の近くを泳いでいた。

 魚を追いかけてみたり、どれだけ長く潜っていられるかを試したりしながら、時々姉の笛の音に耳を傾け、それを真似た口笛を吹いてみたりもした。

 静かで、ゆったりとした穏やかな時間が過ぎていく。


「沖合は、村の近くじゃ見ない魚も見れて良いよね。どれだけ泳いでも飽きないよ」


 そう言いながら、ティアが船に上がってくる。

 泳ぎ疲れたのか僅かに呼吸を乱しつつ、彼女は船の上に仰向けに寝そべった。

 二人しか乗っていない五人乗りの船は広く、一番体の小さなティアが寝転ぶには十分な広さをしている。


「お姉ちゃん、良かったね。三人にちゃんとお姉ちゃんがどういう人なのか知ってもらえて」


「……別に」


 寝返りを打って姉の方に顔を向け、ティアは笑みを浮かべて言う。

 カナンは笛を口元から離して足の上に置き、妹の言葉に素っ気なく答えて顔ごと視線を海に向けた。


「私は嬉しいよ。ちゃんとお姉ちゃんの事、分かってもらえたから」


「……あんたには、頭が上がらないわ。時々ね」


 ティアの嬉しそうな笑顔と言葉に、カナンは小さく溜め息をつきながらそう返した。

 溜め息をつきながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。

 姉妹の小さな笑い声が船に響く。


 その時、ふと二人の上に影が落ちてきた。

 雲でもかかったのだろうかと思ったが、今日は文字通りの雲一つ無い快晴のはずだ。


「ご機嫌よう」


 姉妹が上空に視線を向けるよりも早く、上から声が降ってきた。

 咄嗟に上げた視線の先には、少女が一人、魔法によって宙に浮いていた。

 左横で一纏めにしている髪は目映い月の如く艶やかな金色で、長い睫毛に縁取られた瞳は妖艶さすら感じさせる濃い紫色だ。

 着用している赤紫を基調としたフィッシュテールドレスは、大腿部ほどまで黒のタイツに包まれた長い足を惜しみなく見せつけていた。

 両手には手の形にぴたりと合う薄手の黒の手袋を着用しており、手首や指の細さが一層強調されている。


「この辺りに、神の選んだ勇者達がいるって聞いたのだけれど……貴女達、ご存じかしら?」


 右手の指を顎に添え、少女は姉妹に問う。

 品のある所作や少女の見とれてしまうほどの美しさに、姉妹は一瞬気を取られそうになるものの、ひどく異質な雰囲気の彼女に警戒せずにはいられなかった。

 カナンはティアを守るように自身の後ろに下げ、少女を鋭い視線で見上げる。


「三人に何の用?」


「あらあら、質問しているのはあたしよ? まあ、この辺りにいるのは確かなようだけれど」


 少女はカナンの鋭い視線など気にも留めていないようだった。

 カナンの方は、ここに神が選んだ勇者達――つまりマルス達三人がいるという事を教えてしまうような言い方をした事に気づかされ、僅かに苦虫を噛み潰したような顔をする。


「情報提供、感謝するわ」


 少女はそう言って優雅に微笑む。


「三人がいる所は、あんた如きが入れるような場所じゃない。出直して来るのね」


 三人の居場所はそれとなく知られてしまったが、幸いにも三人のいるキューマ神殿は巫女か、神に選ばれた者の力なくしては入れない場所だ。

 目の前の少女を諦めさせるのも可能だろうとカナンは踏んでいた。


「そう……。でも、普通の人には入れない場所だから、貴女達がいるんでしょう?」


 少女の言葉に、カナンは僅かに動揺した。

 否、表面上は僅かであったが、内心では酷く動揺していた。


「アタシ達は、三人の付き添いで来ただけよ」


 動揺を抑え込み、平静を装ってカナンは答える。

 少女が三人を「神の選んだ勇者達」と言っていた事から、彼女が三人は特別な存在――普通の者では入れない神殿に入る事が出来る存在だというところにまで想像は及ぶだろうとカナンは思った。

 このまま巫女である事を隠し、ただの村娘を装えれば少女を諦めさせる事は出来る。

 もしくは、三人が聖霊の力を手にして戻るまでの時間稼ぎくらいは出来るだろうとカナンは考えていた。


「あら残念」


 少女はそう言って小さく溜め息をつく。

 諦めがついたかとカナンはその様子を慎重に窺った。


「素直に答えて案内してくれれば良かったわ。そうしたら、あたしもこんな手荒な真似しなくて済むのに」


 その言下、少女の右手から放たれた魔力がカナンの後ろにいるティアを襲った。

 驚いたティアが悲鳴を上げた時には、彼女は球状となった魔力の檻に閉じ込められていた。

 ティアは内側から押したり、叩いたりしてみるが魔力の球体が壊れる気配はない。

 驚いていた姉も脱出に力を貸そうとした時、少女が手を一振りすると、ティアを閉じ込めた魔力の球体は少女のそばまで浮き上がっていく。

 カナンが手を伸ばそうとも届かない距離まで、ティアは離れてしまった。


「お姉ちゃんッ!」


「ティア! このッ……!」


 助けを求める妹の声が響く。

 カナンは怒りの表情で叫び、勢いよく少女に両手を向けた。

 その瞬間彼女の手に魔力が集まり、彼女の周囲にいくつもの水の玉が浮かぶ。


「妹を返せ!」


 カナンの叫びと同時に水の玉が鋭い水の槍となって、凄まじい勢いで少女に襲いかかる。

 水槍の鋭さとその勢いは、まさにカナンの怒りそのものだった。

 水槍は少女を貫く事への躊躇いなど微塵も見せず少女に迫る。

 驚いたように少女は紫の美しい瞳を僅かに見開いた。


「…………嘘……」


 驚愕の声をこぼして一層目を大きく見開いたのは、少女ではなくカナンの方だった。

 怒りに任せ、全力と言っても過言ではないほどの魔力を込めた魔法の水槍は、全て少女の手前で見えない壁に弾かれ、呆気なくただの水に戻って海の一部となっていく。


 魔法とは、周囲にその魔法の属性に適した環境――水属性の魔法ならば海や川、氷魔法ならば雪や氷に覆われた場所など――があれば一層多くの精霊の力を得る事が出来るため、通常よりもその威力は跳ね上がるものだ。

 カナンは得意の水魔法を、最も適した環境である海で、全力の魔力で放った。

 今までこれで倒せない敵などいなかった。

 だが、目の前の少女はいとも簡単にその魔法を防いでみせたのだ。


「思っていたよりも強い魔力を持っているみたいね。ちょっぴり驚いたわ。でも、この程度の魔法じゃあ、あたしに傷を付けるどころか触れられもしなくってよ」


 まるで何事も無かったかのような口調で少女は言う。

 カナンは両の拳をきつく握り締めて肩を震わせていた。それは悔しさであり、怒りであり、恐怖であった。


「お姉ちゃん……」


 肩を震わせるカナンに、上からティアの弱々しい声が降ってくる。

 妹の声でカナンは再び両手を少女に向け、魔力を集中させた。

 妹を助けなければ。その思いが彼女から恐怖を拭い去り、再び彼女を奮い立たせたのだ。

 だが、カナンが再び攻撃に出ようとしたその時、少女は右の人差し指を右から左へ一振りし、盾にするかのようにティアを閉じ込めた魔力の球体を自身の前に移動させた。


「ごめんなさい。あたし、貴女の相手をずっとしていられるほど暇じゃないの。だからちょっと強引だけれど……妹さんの命が惜しいなら、あたしを勇者達のいる所までエスコートしてくださる?」


 少女は右手を差し出してそう言った。

 その仕草は優雅で、彼女の美貌と相まってさながらエスコートされるのを待つ姫のようだった。

 だが、その優雅で可憐な仕草とは裏腹に、「妹を殺されたくないのなら、マルス達の所まで連れて行け」と少女はカナンを脅したのだ。


「くっ……」


 カナンは再び拳を握り締める。

 最愛の妹であるティアの命は絶対に守らなくてはならない。

 だが、引き換えに三人を危険に晒す事は正しい事なのかとカナンは一瞬悩んだ。


「ティア……」


 カナンはもう一度ティアの姿を見上げた。

 そして、決意する。


「…………分かった。案内する。だから、妹には危害を加えないで」


 少女に視線を向けて、カナンはそう答えた。


「お姉ちゃん、ダメだよ! 三人が危ないし、こんな危険な人を神殿に連れて行っちゃ――」


「アタシには……アタシには、聖霊様よりもあいつらよりも、あんたが大事なのよ、ティア。お願い、分かって」


 ティアの制止の声を遮ってカナンは言った。

 彼女にとって妹以上に守らなくてはならない存在などなかった。

 ティアの方はこれ以上何も言うなと言わんばかりの姉の言葉に、返す言葉が見つからなかった。


「話が早くて助かるわ」


「……ついて来て」


 少女を睨むように一瞥してから、カナンはついて来るよう言うと海に飛び込んだ。

 少女はティアを魔力の球体に閉じ込めたまま連れて、彼女の後を追って海に体を沈める。

 海に入った瞬間、少女の体は三人が神殿に向かった時のように水泡に包まれた。

 カナンは僅かに視線を後ろに向けてその様子を一瞥すると、再び前を向いて海底へと向かって泳ぐ。


 カナンは何となく魔力で感じ取っていたが、少女の入っている水泡は自動的に空気を生成する事の出来る高度な魔法だった。

 村の魔法が得意な者でも、自動的に空気を生成する水泡を作り出すのはそれなりに難しい事を彼女は知っている。

 それを苦もなく作り出せる少女は、やはり恐ろしいほどの魔法の才を持つ危険人物なのだとカナンは感じていた。


(ごめん、許して……)


 胸中でカナンは三人への謝罪の言葉を呟いていた。

 彼女は自分の今の行動が、三人に妹のために死んでくれと言っているも同然な事であると自覚していた。


(聖霊様、どうか、どうか三人を守って下さい……)


 誰にも聞こえぬカナンの祈りが、海の青に溶けていく。

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