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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第6章 海の底に眠りしは
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3.酔いどれ村巫女

想像と違う、は衝撃的なものだ。

 ティアに連れられて三人がやって来たのは、どういうわけか村の小さな酒場の前だった。

 夕暮れ時になって酒場は営業を始めており、店の前には「営業中」と書かれた立て札が置かれていた。

 既に客がいるらしく、中からは料理の匂いや酒のかすかな香りと共に、客達の話す声も聞こえてくる。


「えっと……酒場に何の用が……」


 ここに連れて来られた理由が分からず、マルスは率直にそう尋ねる。


「あのね、神殿に行くには巫女の力が必要なの。あ、巫女っていうのは、村の十八歳以上――成人を迎えた娘の中から選ばれるのね。三年ごとに変わるんだけど」


 聖霊が眠るという神殿に行くには、この村の巫女の力が必要らしい。

 巫女というのは三年ごとに、成人を迎えた村の娘の中から選ばれる存在で、漁の安全祈願や大漁祈願などの儀式を執り行う役目を担っていた。

 ちなみに、地上界ヒュオリムでは男女共に十八歳で成人という扱いだ。

 しかしながら、ティアの答えではまだここに連れて来られた理由は掴めない。


「でね、今の巫女は私のお姉ちゃんなの」


「そうなんだ。それで、ここには何の用が……」


 現在の巫女がティアの姉ならば一層話が早く進みそうだと思いながらも、やはり酒場の前まで連れて来られた理由の分からないマルスは、もう一度同じ質問を彼女に投げ掛けた。


「お姉ちゃん、多分酒場(ここ)にいるから」


 ティアから返ってきた答えに、三人は面食らった表情を浮かべた。


「えっ、ここ酒場だよね? ここにいるの? 巫女なのに?」


 マルスは浮かんだ疑問をそのまま口にしていた。

 三人にはティアの姉が巫女である事も、目の前の建物が酒場である事も理解は出来る。

 しかし、巫女が酒場にいるという事だけはどうしても理解出来ない。


「お姉ちゃん、大のお酒好きなんだよね。巫女って言ってもそんなに縛りが厳しいわけじゃないから、お酒は飲んでも良いんだけれど、儀式とかの十日前からは断酒しなきゃいけないの。で、明日から断酒期間に入るから、多分今日はずーっと入り浸ってると思う」


 ティアの姉は大の酒好きだった。

 巫女としての規則はさほど厳しくはないものの、儀式などの十日前には断酒をしなくてはならない。

 明日からちょうど十日後に村での儀式があるらしく、巫女である姉は断酒期間に入らなくてはならなかった。

 大の酒好きである姉には、十日も酒が飲めないのは拷問に等しい。

 そのため、今夜は気が済むまで酒を飲みに来ているだろうというのが、ティアが三人をここに連れて来た理由だった。


「まあ、細かい事は置いといて、行こ行こっ!」


 ティアはそう言うと、酒場の扉を押して中に入って行く。

 三人はまだ成人していない自分達が酒場に入る事にやや尻込みしていたが、自分達よりも年下のティアが何も気にせず入って行ったため、後に続かざるをえなくなってしまった。

 互いに顔を見合わせてから、三人も意を決して酒場の扉を開けて中に足を踏み入れる。


 中に入ると、酒の独特の匂いが鼻を突いた。

 まだ夕暮れ時とはいえ、酒場には既に五、六人ほど客がいる。

 皆この村に住むシャウム族の漁師の男達で、今日の漁はどうだった、沖の方で巨大な魚を見たなどまさしく漁師らしい会話や、嫁と喧嘩した、もうすぐ子どもが生まれるなど彼らの生活が垣間見えるような会話が聞こえてくる。

 扉が開いて三人とティアが入ってきた事に気づいた男達は、一斉に視線を入り口に向けた。


「よお、ティアちゃん! 今日は早いお迎えだな」


 客の一人がティアに手を振りながら声を掛けてくる。

 彼の言葉から、ティアが姉をここに迎えに来るのはいつもの事なのだろうと三人は感じた。


「うん、お姉ちゃんにお客さんがいてね。おじさん、あんまり飲み過ぎちゃダメだよー」


「へいへーい。……お、ヒュム族の客たぁ珍しいな」


 ティアの言葉に男は適当な返事をしてから、彼女の後ろにいる三人に視線を向けた。

 やはり、この村を訪れるシャウム族以外の種族は珍しいようだ。

 三人はどう返して良いか分からない様子ながらも、とりあえず声を掛けてきた男とこちらに視線を向ける他の客に軽い会釈をして、奥へと入って行くティアに続いていく。


 ティアが足を運んだのは酒場の一番奥――カウンター席だった。

 カウンターを挟んだ向かい側ではこの酒場の主人と二人の店員が酒や料理を作っている姿が見える。

 そして、そのカウンター席の真ん中には、やや癖のある腰ほどの長い水色の髪をしたシャウムの女性が、右手に酒の入ったグラスを持ったままカウンターに突っ伏していた。


「お姉ちゃん! お姉ちゃん、起きて!」


 ティアはその女性のそばまで行くと、彼女の体を揺さぶって声を掛ける。

 酔って寝ているのか、彼女はすぐには目を覚まさない。

 三人はその女性がティアの姉である事を理解するも、想像以上に飲んだくれている様子を見て本当に彼女が巫女で大丈夫なのかと不安を抱き始めていた。


「んもー! 今日はいつにもまして起きないなぁ」


 明日から断酒期間に入るためか、相当酒を飲んでいるようでティアも今日ばかりは姉を起こすのに手こずっている様子だ。

 ティアが大きな溜め息をついていると、ふとカウンターの向こうにいた酒場の主人が声を掛けてきた。


「今日は開店と同時にかなり飲んでいたからねぇ。お姉さんにお客さんなんだろう? ()()やっちゃって良いよ」


「ホントすいません……。よーし、こうなった最終手段だからね、お姉ちゃん!」


 ティアは申し訳なさそうに主人に一度頭を下げてから、姉に向けて両手を翳した。

 すると、彼女の手のひらに魔力が集まっていく。


「起きて、お姉ちゃん!」


 その直後、ティアの手のひらから弱い雷が放たれ、姉の体を包む。

 弱いとはいえ幾らかの衝撃や痛みはあり、姉は体を震わせると驚きの声を上げて、突っ伏していた頭を勢いよく上げた。

 その衝撃でグラスに残っていた酒が僅かにこぼれる。


「ちょっとティア! 何すんのよ!?」


「お姉ちゃんが起きないから悪いんでしょー!」


 カウンターを叩くようにして姉は勢いよく立ち上がり、怒りの形相でティアに詰め寄った。

 だが、ティアも負けじと強い口調で言い返す。


「……既視感のある起こし方だな……」


 姉妹のやりとりを見ながら、アイクがそんな呟きをこぼす。

 彼の呟きにマルスとパルは「確かに」と頷いていた。

 どうやっても起きないならば、軽い雷魔法で衝撃を与えて起こすそのやり方は、眠りが深いマルスを起こす時にパルが使用する最終手段と全く同じだった。

 初めて自分がされている事を客観的に見たマルスは、何とも言えない顔で苦笑いをこぼしていた。


「あのね、お姉ちゃんにお客さんだよ。巫女のお姉ちゃんに話があるの」


 ティアは姉に事情を説明して、後ろに控えている三人を姉に紹介する。

 振り返った姉の鋭さを持った瞳と目が合ったマルスは僅かに肩を竦めた。

 妹と同じ黄色の瞳はやや吊り気味で鋭く、強気そうな性格が表れていた。


「ヒュムの子がアタシに何の用よ? 気が済むまで飲んでる途中だったってのに」


 姉はそう言いながらマルスに詰め寄って来た。

 断酒前最後の酒を気が済むまで飲んでいるところを邪魔された怒りで、眉間にこれでもかと皺を寄せ睨むような目付きで詰め寄って来る姉にマルスは思わず小さな悲鳴をこぼす。

 そして、彼女から漂ってくる酒の独特の匂いが鼻を突き、その慣れない匂いにマルスはさらに顔を顰める。


「あ、あの、えっと……実は、海に眠ってる聖霊様と神殿について聞きたい事がありまして……」


 マルスは震える声で用件を伝える。

 聖霊、神殿という文言を出した途端、姉の眼光はより一層鋭く強いものになり、マルスは変な汗が止まらなくなった。

 魔物と戦っていても感じないような恐怖に彼は襲われていた。


「あっ、いや、でも、お酒飲んでるとこですもんね! 明日出直して来ます!」


 これ以上何を言っても彼女の機嫌を損ねてしまいそうな気がして、マルスは咄嗟に早口で明日出直してくると言い出した。

 傍らのアイクとパルは一瞬、突然何を言い出すんだとでも言いたげな顔をする。

 だが、今の彼女をこれ以上刺激するのは確かに良くないと思い、自分達も彼女に謝罪して明日出直す旨を伝えようかと口を開きかけた。


「お姉ちゃんに気を遣わなくていいよ! どうせこのまま飲み続けてたらお姉ちゃん二日酔いで苦しむんだし、その看病するの私なんだし。だから、気にしないで」


 アイクとパルが口を開くよりも早く、ティアが姉への文句を交えつつ気を遣わなくて良いと伝えてきた。

 彼女の言葉に姉は強く反応して、怒りの滲んだ声で妹の名を呼び、その鋭い視線をマルスから妹へと移す。

 鋭い視線が自分から逸れ、ティアには悪いと思いながらもマルスは安堵して胸を撫で下ろしていた。


「あんた、今日が断酒前最後の飲酒可能な日だって知ってるわよね? アタシにとって今日の酒がどれほど――」


「そんな事言って、お姉ちゃん毎日お酒たくさん飲んでるでしょ! んもー、巫女に選ばれたらちょっとはお酒我慢するかなって思ってたのに、断酒直前まですんごい飲むし、そんなにお酒強くないクセにいっぱい飲むから二日酔いになって私が看病しなきゃだし、ちょっとくらい巫女と姉としての自覚持って我慢してよね! お客さんの前で恥ずかしいったら」


 姉の文句を遮って、ティアは捲し立てるように姉への文句をぶつける。

 姉に反論の隙を与えず紡がれる文句を聞いて、三人は彼女のような相手とは絶対に口喧嘩などしたくないものだとも思うのだった。


「それにね、じじ様も天国のばば様も、お姉ちゃんの酒癖の悪さには……」


「あー、もう! 分かったわよ! 今日はこれでやめるし、そこの子達の話聞けばいいんでしょ!?」


 これ以上の言葉は聞きたくないというように、今度は姉の方が妹の言葉を遮って声を上げた。

 ばば様の存在は姉にとって大きいらしく、その名前を出されてしまっては流石に反抗する気がなくなってしまったようだ。

 姉は遮られて外に出なかった文句をグラスに残っていた酒と一緒に喉の奥に流し込む。

 そして、グラスをカウンターに置くとその向こうにいた酒場の主人に声を掛け、不満げな顔をしながら今夜の酒代の支払いを済ませた。


「で、巫女としてのアタシに用があるんだっけ?」


「あ、は、はいっ」


 不満な様子が見て取れる表情をしながら用件を確認してきた姉に、マルスは僅かに怯えつつ返事をする。

 姉はマルスよりも少し背が高く、目付きの鋭さも相まって威圧感が強い。

 マルスが怯えてしまうのも無理はなかった。


「そう。まあ、話を聞くくらいならしてあげて良いけど」


「んもー、上から目線だなぁ……。じゃあ、話は私達の家でしよっか。案内するね」


 姉の何とも上からな物言いにティアは小さく文句を呟くが、姉はそれを聞き入れる気はないとでも言うかのように鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 小さく溜め息をついてからティアは三人に視線を移し、家まで案内すると言って酒場の出入り口に向かい歩き始めた。

 彼女に続いて三人は賑わいが増してきた酒場を後にするのだった。

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