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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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13.だから前を向いて

あなたが教えてくれたから。

 盗賊――もとい魔族を倒し、壊されてしまったとはいえブローチを取り戻した四人は、パルの治癒魔法で傷と疲労を幾らか癒やしてからブリックの街へと帰還した。

 警備隊への報告もしなければならなかったが、一刻も早くエレノアに無事を報告し、ブローチを彼女の手元に戻したい一心で四人は真っ直ぐに彼女の屋敷を目指す。


 屋敷に到着した四人はエレノアが中庭にいる事をメイドから聞き、ルストの案内のもと足早にそこへ向かった。

 中庭はさほど広くはないものの綺麗に整えられており、花や草木が昼下がりの太陽の光を浴びて柔らかく煌めいている。


 その中庭にあるテラスで、エレノアは白い椅子に腰掛けながら四人の帰りを待っていた。

 四人を送り出してからずっと、心配でならなかったのだろう。

 彼女の表情はどこか強張っているように見える。

 テーブルに置かれた紅茶も、淹れられたばかりのものと大して量が変わらぬ内に冷めてしまっていた。


「奥様、只今戻りました。四人共、無事にございます」


 ルストは彼女に声を掛けながら、左胸に手を当てて頭を下げる。

 四人の姿を見た彼女は心底安堵したように顔を綻ばせ、椅子から立ち上がった。


「お帰りなさい! ああ、無事に帰って来てくれて、本当に良かった……」


 エレノアは大袈裟なほどに胸を撫で下ろす。

 よほど心配だったのか、彼女の柔和な緑の瞳はどこか潤んで見えた。


「それでブローチは……?」


 四人の無事を確かめたところで、エレノアはブローチを取り戻せたのかどうかを尋ねてきた。

 どう説明するのかと、マルス達に僅かな緊張が走る。

 だが、そんな彼らとは対照的にルストは落ち着いた様子でエレノアを椅子に座らせ、彼女の前に跪いた。


「盗賊を倒し、ブローチを取り戻す事は出来ました。……ですが……」


 ルストはそう言って懐から、ブローチを包んだ白いハンカチーフを取り出す。

 そして、それをそっと開いてエレノアに見せた。

 開かれた白の上に転がる、痛々しく砕けたブローチの欠片。

 ようやく戻って来た息子との思い出は、無残な形と成り果ててしまっていた。


 エレノアは震える手で砕けたブローチの欠片に触れる。

 触れた瞬間、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちて、儚げに光る欠片とルストのハンカチーフを濡らした。

 彼女はただただ静かに涙をこぼす。


「……申し訳ございません、奥様。私が不甲斐ないばかりに、奥様の大切なブローチを盗賊に破壊されてしまいました……」


 ルストはブローチの欠片を手に乗せたまま、俯いて謝罪の言葉を口にする。

 彼女を敬愛するルストには、彼女の悲しい顔を見るのが心苦しくてならなかった。

 黒い瞳を潤ませ、眉間に皺を寄せ、唇を固く結んで、ルストは彼女の悲しみに寄り添うしか出来なかった。


「……エレノアさん、ごめんなさい。オレがもっと強くて、迷ったりしなかったら、こんな事にならなかったんです」


 責任を負うのは自分だけで良いとルストは言っていたが、やはりマルスには責任を彼一人に押しつけるなど出来なかった。

 自分が迷ってしまったから戦闘が長引き、ブローチを破壊されてしまったのだとマルスはエレノアに告白する。


「それを言うなら、私も。敵の術中に嵌まり、戦いをルストさんとマルスに任せてしまう事になってしまった私の不甲斐なさにも責任はあります」


 マルスの様子に感化され、アイクも堪らず声を上げた。

 エレノアに向け丁寧な口調で、自身が戦いの途中で戦線離脱する羽目になってしまい、それ故にこのような結果に結びついてしまったのだとアイクは告白する。


「私も……。呪い魔法のせいで、戦えなくなって……ルストさんと、マルスに……協力、出来ませんでした……。だから、私にも、非があります……」


 パルもいつものぽつりぽつりとした口調に、深い反省の色を滲ませて自身にも非がある事をエレノアに伝えた。

 そして、三人揃ってエレノアに頭を下げた。

 しばしの沈黙が中庭に流れる。


 中庭に吹き込んだ柔らかな午後の風が優しく皆の髪を撫でた時、エレノアは顔を上げて四人を見た。


「……みんな、顔を上げてちょうだい」


 そう言う彼女の声は、とても優しいものだった。


「四人が一生懸命に取り戻そうと戦ってくれたのは、よく分かったわ。だから、もう謝らないで」


 涙で濡れた目元をハンカチーフで押さえながら、エレノアは優しく微笑む。


「で、でも……ブローチは……」


「いいの。いいのよ」


 どれだけ自分達が懸命に戦ったのだとしても、ブローチが壊されてしまった事に変わりはない。

 彼女の悲しみはブローチを奪われた時と同じ、いや、それ以上だろうとマルスは思った。

 だが、彼女は優しげな笑みを浮かべたままマルスの言葉を遮る。


「このブローチがなくたって、私は前を向けるわ」


 エレノアはそう言うと、ルストの手に乗せられたブローチの欠片達を手に取って椅子から立ち上がった。

 そして、中庭の端――多くの花が揺れる所まで歩いて行く。

 四人は彼女の行動を不思議そうに見ながら、彼女の後に続いた。


 エレノアが足を運んだ中庭の端には、彼女の腰ほどの高さをした一つの石碑があった。

 そこには「アレン・ラコルト」と刻まれており、それが彼女の亡き息子の墓である事はすぐにマルス達も分かった。

 息子の墓の前まで来るとエレノアはその場にしゃがんで、墓前に砕けたブローチの欠片を置く。


「……ルスト、後で一緒にこれを埋めるの、手伝ってちょうだい」


「し、しかし奥様……」


 エレノアは墓前に欠片を置いて祈りを捧げてから、ルストに後で欠片を土に埋めてしまうのを手伝うよう頼んできた。

 思いも寄らぬ頼みにルストは思わず面食らった表情を浮かべる。

 あれほど大切にしてきたブローチを埋めてしまうと言い出した彼女には、マルス達も驚きを隠せなかった。


「本当に、ごめんなさい……」


 無残な形になってしまったブローチを見ているのが辛いから、エレノアは欠片を埋めると言い出したのだろうと思ったマルスは、ますます心を痛めながら謝罪の言葉を口にした。

 アイクとパルも静かに頭を下げる。


「謝らなくて良いって、言ったでしょう? 顔を上げて、三人共」


 エレノアは優しくそう言いながら、三人の前まで来る。


「私なら、大丈夫よ。もう落ち込んだりなんかしないわ。だって……」


 柔和な緑色の瞳を細めて彼女は笑うと、マルスの顔を見た。


「会えなくなったとしても、一緒にいた時間も思い出も嘘じゃない。それを覚えていれば前を向ける。……あなたが教えてくれたのよ、マルスくん」


 エレノアはマルスの海色の瞳を見つめながらそう言う。

 それは、ブローチを盗賊に奪われて悲しみに暮れる彼女にマルスが言っていた言葉だった。

 自分の家族はもういないも同然だが、一緒に過ごしてきた時間も思い出も消えるものではない。

 ましてや嘘などでもない。

 その記憶さえあれば、前を向いていられるのだとマルスは彼女に言っていた。


「私も息子との……アレンとの記憶をずっと忘れない。だから、ブローチがなくたって、私は前を向いて進んで行けるわ」


 エレノアの緑色の瞳には、もう悲しみの影など存在していなかった。

 ただ確かな希望の光だけが煌めいていた。

 だが、彼女の言葉にマルスはどこかばつの悪そうな表情を浮かべている。


「……ごめんなさい、エレノアさん」


 またしても謝罪の言葉をマルスは口にしながら、そっと目線を下げる。

 その謝罪がブローチとはまた別の事に向けられているように感じたエレノアは、僅かに首を傾げた。


「オレ、エレノアさんにそんな事言ったくせに……たくさん、後悔しちゃったんです」


「後悔……?」


 まだ彼の言葉の意味が理解しきれないエレノアは、首を傾げたまま彼の言葉の続きを待つ。


「一緒にいた時間も思い出も全部嘘じゃないし、それを大切にして前を向いていかなきゃいけないのに……あの時オレが守れればとか、オレが強ければとか……後悔ばっかり浮かんできて……」


 エレノアには、彼がこの戦いで何を見て、何を感じたのかは分からない。

 だが、彼が家族への未練を感じた事、強い後悔の念を抱いた事は何となく感じ取った。

 俯く彼にエレノアは小さく微笑むと、そっと口を開く。


「……後悔なんて、たくさんしてしまうものよ」


 エレノアから返ってきた言葉は、マルスの思いもしていなかった言葉だった。

 思わずマルスは顔を上げ、彼女の顔を見る。


「どれだけ前を向こうって思っていても、後悔してしまう事はたくさんある。私もそう。だから、いつまでも思い出に浸って、後ろばかり見ていたわ」


 そう言いながら、エレノアはいつもブローチを着けていた左胸に触れる。


「でもね、後悔する事だって、きっと大切な事だと思うわ。後悔するって事は、それだけ大切に思っている証拠だし、ずっと忘れられないほど大切なものなんだっていう事でしょう?」


 後悔してしまうほど忘れられなくて、大切なもの。

 マルスにとっての家族も間違いなくそうだった。


「前ばかり向いていたら、きっといつか忘れてしまうもの。時には忘れなきゃいけない事もあるけれど、あなたにとっての家族も、私にとっての息子も、決して忘れちゃいけないものだわ。だから、時々後悔したって良いのよ」


 エレノアは微笑みながらマルスの手を取った。

 彼女の手からあたたかなぬくもりが伝わってくる。


「時々振り返って立ち止まる、それも良いじゃない。ずっと前ばかり向いて歩き続けていたら、疲れてしまうわ」


 ふふ、とエレノアは優しい笑い声をこぼした。

 マルスは彼女の優しい言葉と微笑みに、肩の荷が下りたような気分だった。


「それにね、私には主人も、ルストもいる。私が後ろを向いてしまう時、そばで寄り添ってくれる二人よ。だから、前を向いていけるわ」


 エレノアはそう言って、傍らに控えていたルストに視線を向けた。

 どこか気恥ずかしげな表情を浮かべながらも、ルストは小さく頭を下げる。


「マルスくんのお友達も、きっとあなたが後ろを向いてしまう時、寄り添ってくれる素敵なお友達だと思うの。あなたが私に向けてくれた優しさに、賛同して協力してくれた子達ですもの」


 彼女の視線が今度はアイクとパルに向けられる。

 エレノアのブローチを取り戻すと言い出したマルスの優しさは、人によっては身勝手だと言う者もいるかもしれない。

 二人にきちんとした相談もなく言い出した事だったからだ。

 だが、二人は彼のその優しさに文句一つ言わず、快く賛同して協力した。

 エレノアはそんな二人の姿に強い好感を抱いていたのだ。


「だから、あなたもきっと大丈夫」


「……はい!」


 マルスはそばにいるアイクとパルの存在を嬉しく、そして誇らしく思いながら、胸を張って明るい声で返事をした。

 彼の海色の瞳には、いつもの明るい太陽のような光が戻っていた。

 そんな彼の様子にアイクとパルは微笑みをこぼしていた。

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