12.最期は儚く消えゆく
彼らのために、祈りましょう。
マルスは剣を、ルストは折れた短槍の柄を構えイヴリスを見据える。
二人もイヴリスも幾らか差はあれど負った傷は多く、疲労も溜まってきていた。
再び武器を交えた時、それが勝敗の分かれ目になる事は三者共に理解している。
「マルスくん、私に策があります。だから、マルスくんは彼の隙を作って下さい」
「分かりました」
やはり完全に迷いの消えていない表情を浮かべて、マルスは返事をした。
だが、ここでこれ以上迷っていては自分はおろかルストの命も危険に晒してしまいかねない事を理解した彼は「こうする事が、エレノアさんや街の人達の、そしてイヴリスへの救いなんだ」と、先程ルストに言われた事を心の中で自分に言い聞かせる。
そして、迷いを押さえ込むように剣を握る手に力を込め、イヴリスに詰め寄った。
剣と化したイヴリスの左腕と、マルスの剣が激しい金属音を立ててぶつかる。
今度は冷静に、確実にマルスは剣を振るい攻める。
「オラ、どうしたァ? 怒りが収まったらこの程度かよ?」
怒りに身を任せていた時に比べ、荒々しさも鋭さも薄れたマルスの攻撃をイヴリスは鼻で笑う。
だが、マルスは彼の挑発には耳を貸さず、素早く何度も剣を振るった。
何も考えないように、迷わないように。
ひたすらに剣を振るう中で、マルスはある事に気がついた。
右腕を失った分、イヴリスは右からの攻撃への反応が遅いのだ。
武器と共に腕の片方を失っている彼は、攻撃も防御も残った片方でするしかなく、どうしても右が無防備になりやすい。
冷静になった今だからこそ見えた彼の弱点だ。
この弱点を突くしかない、マルスはそう思った。
「はあッ!」
マルスはイヴリスを翻弄するかのように素早く剣を振るう。
右から、左から、下から、上から。
あらゆる方向から剣を振るう。
そのほとんどはイヴリスに軽く受け止められ、受け流されてしまう。
しかし、下から斬り上げた時だけは僅かに彼の体勢が揺らぐのをマルスは見逃さなかった。
左から振るった剣が受け止められ、弾き返される。
斜め上に弾かれた剣をそのまますばやく下方へとずらし、マルスは全力で下から斬り上げた。
「うおォォッ!」
勢いよく斬り上げたマルスの剣は、イヴリスの剣と化した左腕を上方へ弾いた。
体勢を崩され、イヴリスは舌打ちしてすぐに反撃しようとする。
それと同時にマルスも追撃すべく、彼の腕を弾いて上がったままの剣を振り下ろそうとした。
イヴリスは咄嗟に振り下ろされる剣を、剣の腕を盾にして受け止めようとする。
しかし。
「ふんッ!」
「うぐァッ!?」
何かがイヴリスの体を直撃し、その予期せぬ攻撃に彼の体は呆気ないほど簡単に地面へと倒れ込む。
彼を直撃したのはマルスの剣ではなかった。
剣を振り下ろすと見せかけマルスが渾身の力で放った右からの蹴りだった。
剣に気を取られており、尚且つ右腕が無い故の防御の薄さもあり、イヴリスは彼の攻撃をあっさりと許してしまったのだ。
「ルストさん!」
マルスが声を上げるやいなや、ルストは素早く駆けて来る。
その両手にはマルスにも感じ取れるほどの魔力が集まっており、彼がこの間ずっと魔力を溜めていたのだという事が分かった。
受け身を取る間もなく地面に倒れたイヴリスにルストは詰め寄ると、自身に向けて振るわれようとした彼の剣の腕を折れた相棒の柄で弾き、彼の二の腕辺りを強く打った。
打たれた衝撃と痛みでイヴリスが左腕をまともに動かせなくなった瞬間、ルストは相棒の柄から手を放し、彼の左脇に刺さったままの相棒の穂先を両手で掴む。
「雷の精霊よ! 大いなる裁きの力をもって、魔を滅したまえ!」
ルストが叫んだ直後、彼の手から凄まじい雷が放たれた。
彼の渾身の魔力によって生み出された雷は、これまでのものとは比べ物にならないほどに強力だった。
雷はイヴリスの体を包むだけでなく、刺さったままの短槍の穂先を伝って彼の体内にも強烈な衝撃と痛みを与えていく。
「グ……がはァァッ!」
裁きの雷はイヴリスの内部をも破壊していき、彼は堪らずその大きな口から大量の血を吐き出した。
抵抗しようにも、痛みと痺れで体はろくに動かない。
「クソがァァ! オレがッ、地上界の野郎ごときにィ……ッぐァァァ!」
「罪を悔い改め、次なる生ではどうか貴方にも救いのあらんことを……」
祈るようなルストの言葉が終わると同時に、雷の光は消え、イヴリスの叫びも消えた。
ルストの肩から力が抜けるのが見え、マルスは終わったのだと感じ取る。
彼が剣を鞘に収めると共に、ルストもイヴリスから体を離す。
イヴリスはもがき苦しんだ苦悶の表情で、自身の吐き出した血で体を赤く汚したまま絶命していた。
彼の体には焼け焦げたような跡と匂いも残っており、どれほど強烈な雷が彼を襲ったのか、マルスは想像しただけでも恐ろしくなった。
マルスが立って祈りを捧げているルストに歩み寄った直後、絶命したイヴリスの体が焼け焦げていくかのように黒くなっていく。
そして、音も無く灰となって彼の体は崩れ落ち、その場に僅かな黒ずみを残して彼は完全に消滅してしまった。
あまりに儚いその様子に、思わずマルスの口から「あっ」と声がこぼれる。
消滅したイヴリスの体に刺さっていたルストの短槍の穂先が、力無い小さな音を立てて地面に転がった。
「……終わったんですね」
「……ええ」
祈りを捧げ終えたルストにマルスは声を掛ける。
彼が着けていた白い手袋は自身の放った魔法の影響で黒く焼け焦げ、所々穴も空いていた。
「彼の弟妹も、解放されたようですね」
ルストがそう言って視線を向けたのは、傍らで倒れているデボラとトイフェルだ。
二人の命を吸収したイヴリスが消滅した事で、二人の命も完全に消えてしまった。
二人もまたイヴリスと同じように体が炭のように黒くなり、灰となって儚くその姿を消した。
マルスは言い様の無い思いが込み上げてきて、泣き出しそうな目をしながら俯く。
「……マルスくん、祈りましょう。彼らの魂が救われる事を。生まれ変わった時、彼らが本当の家族の絆で結ばれる事を」
ルストはそう言って胸の前で手を組み、祈る。
無言のままマルスは彼に倣って手を組み、祈りを捧げた。
自分達が信仰する神とは異なる神の下に生まれた彼らに輪廻転生があるのかは分からないが、そう祈る事でマルスの心はほんの少し軽くなった。
二人が祈り終え、組んでいた手を離した時、ふと背後の方から小さな呻き声が聞こえた。
それに気づいた二人が振り返ると、イヴリスが消滅した事によって呪い魔法から解放されたアイクとパルが目を覚ましていた。
「アイク! パル!」
マルスは心底安堵した表情で、まだ座り込んだままの二人に駆け寄った。
彼の微笑んだ顔を見て、二人も安堵したように笑みを浮かべる。
「一体、何がどうなっていたんだ?」
敵の魔法で昏睡状態に陥り、目が覚めた時には敵の姿がどこにも無いこの状況にいまいち理解の追いついていないアイクはそう尋ねる。
マルスは敵の使った魔法が呪い魔法であった事、イヴリスが弟妹の力を吸収しておぞましい怪物となった事、呪い魔法が運良く効かなかった自分とルストがどうにかしてイヴリスを倒した事を順に話した。
「そう、だったのか……。申し訳ありません。自分が不甲斐ないばかりに、ルストさんとマルスに全て任せてしまう形になってしまい……」
傍らにいたルストに視線を向けながら、アイクは呪い魔法に倒れ、結局何も出来なかった事を謝罪した。
彼に続くようにしてパルも控えめな声で謝罪の言葉を口にする。
「お気になさらないで下さい。呪い魔法は普通の者には防ぐ事など出来ぬものですから。それに、結果として盗賊達を……いえ、魔族の者達を倒す事が出来たわけですし、終わり良ければ全て良しというものですよ」
二人の謝罪に対して、ルストは優しい柔らかな口調でそう返す。
彼の優しい言葉に二人は声を揃えて礼を言った。
「マルスも、ありがとう。俺達の分まで戦ってくれて」
アイクはマルスにも感謝の言葉を向けた。
普段は大体怒られるか皮肉を言われるかしかない彼から珍しく感謝され、マルスはむず痒いような感覚を抱いた。
何とも言えない表情を浮かべながら、マルスは彼の言葉を頷いて受け止める。
「私からも、ありがとう……。それにしても……凄いね……呪い魔法、効かないなんて……」
いつものぽつりぽつりとした口調でパルは感謝を伝えると共に、マルスの体質に驚いた事を伝えてきた。
当のマルスはその凄さが分からないらしく、呪い魔法が効かない事がそんなに凄いのか、と首を傾げながら聞き返す。
彼は呪い魔法がパルの使った催眠魔法のような状態異常を引き起こす魔法と同列の物で、効く効かないはその時の状態などに左右されるものだと思っていたらしい。
だが、呪い魔法は禁術とされる黒魔法に準ずる危険な物であり、それが効かないのは限られたごく僅かな者しかいないのだとパルは説明した。
「オレってそんな凄い体質持ってたんだ! やっと人に自慢出来そうな取り柄があったぁ!」
彼女の説明を聞いたマルスは、得意げな表情を浮かべる。
アイクのように地位や賢さがあるわけでもなく、パルのような怪力や不思議な力があるわけでもないマルスは、自分にはこれといって人に誇れるような、自然とちやほやされるような取り柄など無いと思っていた。
しかし、自分が呪い魔法の効果を一切受けない特殊かつ希有な体質を持っていると分かり、彼はほんの少しだけ自分が思っている二人の凄さに近づいたような気がしたのだ。
「……さて、そろそろ街に戻りましょうか。きっと奥様も心配しておられます」
嬉しそうに笑みをこぼすマルスを微笑ましく思いながら、ルストが三人に声を掛けた。
そこでアイクとパルはここを訪れた目的であるエレノアのブローチの存在を思い出し、ブローチを取り戻せたのかを問うた。
「残念ながら、ブローチは盗賊によって壊されてしまいました。一応、欠片は全て拾い集めましたが……」
ルストはそう答えつつ、いつの間にか拾い集め、ハンカチーフに包んでおいたブローチの欠片を二人に見せた。
ブローチとしての原形は留めておらず、不透明な緑色の宝石にはひびや傷がいくつも出来て、その緑色を白く濁していた。
所々エレノアの息子の肖像画が剥き出しになっている物もあり、そんなブローチの姿は酷く痛々しく二人の目に映る。
「こうなってしまった責任は私が負います。お二人が、そしてマルスくんが気に病む必要はありません。奥様のために戦ってくださっただけで十分ですから」
ルストだけが責任を負うのは悪いと思った三人は、でも……と口を開きかける。
だが、ルストは柔らかく微笑んだまま三人に片手のひらを向けて、出かかっていた言葉を制した。
「さあ、長居は無用です。早く戻って、奥様を安心させて差し上げねば」
ルストはそう言いながらブローチの欠片を包み直し、懐に大事そうにしまう。
そして、短槍の柄を右手に、穂先を左手に持って出口の方を向いた。
マルス達はこれ以上彼に何かを言う事が憚られた。




