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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第5章 魔の世界に生きる者
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11.誰がための怒りか

その怒りは人のためか、自分のためか。

 静かな、だが激しい怒りを瞳に浮かべ、マルスはイヴリスに斬りかかった。

 振り下ろされるマルスの剣を、イヴリスは右腕を庇いつつ左腕の剣で受け流す。


 先程彼の右腕を斬り落としたような鋭さや力強さは薄らいだものの、それらに代わるようにして素早い動きをマルスはするようになっており、何度剣を弾かれ受け流されてもすぐに次の攻撃を繰り出していく。

 やはり、怒りの感情というものは、強さを授ける感情なのだ。

 そして何より、イヴリスが右腕という武器を失った事も大きい。


 イヴリスは残った左腕の剣でどうにかマルスの攻撃を捌いていく。

 彼に続いていかねば、とルストは思うものの、今の彼の攻撃には加勢出来る隙が見当たらない。

 下手に加勢すれば、かえって邪魔になってしまうような状況だった。

 まして、ルスト自身の武器は折れ、最も重要な穂先部分はイヴリスの左脇付近に刺さったままだ。

 ルストは手に握っている折れた相棒の片割れに視線を向ける。


「お前が折れたからといって、立ち止まってはいられぬな。マルスくんも戦ってくれているんだ。私達にも出来る事を考えよう」


 折れた相棒に向けてルストはそう呟き、顔を上げた。

 視線の先では、変わらずマルスが素早い攻撃でイヴリスを攻めている。


 マルスの瞳に浮かんでいた怒りは攻撃を重ねる度に強く、濃くなってきており、気づけば彼の表情すらも怒りに変わっていた。

 そして、その怒りを剣に込め、彼はイヴリスを攻める。


「なんだよ、なんでテメェがそんな怒り狂っていやがるんだ? あのジジイならともかくよぉ」


 イヴリスは攻撃を受け流しながら、マルスの剣が掠って傷の付いた顔を顰めてそう問いかけた。

 服装から、ルストがブローチの持ち主に仕えている執事だという事は察しがついていたが、マルスとブローチの持ち主との関係がイヴリスには分からない。

 ブローチを砕いてみせたのも、あくまでルストを挑発するためだった。

 だからこそ、何故マルスがこれほど怒りを露にして襲ってくるのかが理解出来なかったのだ。


 イヴリスの理解出来ないと言わんばかりの言動に、マルスは一層腹が立った。

 そして彼もまた、イヴリスがこの怒りの意味を理解出来ない事を、理解出来なかった。


「お前は! 他人(ひと)の大切な家族との思い出を壊したんだ! それだけじゃない! お前は自分の兄弟まであんな目に遭わせて……っ!」


 一言発する度にマルスは怒りの込められた剣を振るう。

 彼の言葉でイヴリスは、彼が何に怒りを抱いているのか、それは何となく理解出来た。

 だが、それを聞いてもやはり、彼がここまで怒る理由が分からない。


「お前はなんでっ、平気で他人(ひと)の家族の思い出を壊せるんだ!? どうして、自分の家族を大切に出来ないんだ!?」


 マルスの剣がイヴリスの頬を掠める。


 ――オレは大切にしたくても、出来なかったのに。


 剣を振るった直後、マルス口からか細く、今にも泣き出しそうな声がこぼれた。

 大切で守りたかった家族は、もう彼の手の届く所にいない。

 両親は戦禍の中で命を落とし、共に生き残ったはずの兄は今や生きているのかも分からない。


 形の無いものや形を失ったものは、どれほど大切しようと思ったとしても、形が無く不確かだからこそ、どうしようもなく恋しくて堪らなくなる時がある。

 他人(ひと)の家族の思い出を壊し、自身の家族すら犠牲にしたイヴリスの行動は、家族を失ったマルスにとって許しがたいものだ。

 そして、ずっと押し込め、無理矢理にでも前を向いて見ないようにしていた、失った家族への恋しさと過去の自分への後悔を彼の中に呼び起こしていた。


 怒りと寂しさと後悔を刃に乗せ、マルスは剣を振るう。

 その一撃一撃はイヴリスを攻めると同時に、過去の何も出来なかった無力な自分に向けてすらいるようだった。

 一番面倒な奴を怒らせたか、とイヴリスは思う。


「はッ!」


 マルスが勢いよく剣を振り下ろし、激しい金属音を立ててイヴリスの剣と化した左腕とぶつかった。

 剣は互いにせめぎ合い、二人の顔に剣が交互に近づいたり離れたりを繰り返す。

 マルスの剣を握る手に一層力がこもり、彼はイヴリスの剣を押し返し始めた。


「兄弟も……家族も大切に出来ない奴は、大っ嫌いだ……ッ!」


 言下、マルスはこれでもかと力を込めてイヴリスを押し返した。

 彼の力がこれまでで一番と言っても良いほどに強く、右腕が無いために体勢を上手く支えられず、イヴリスは押し負けて後方に倒れ込んだ。

 そして、倒れ込んだイヴリスの首元にマルスはすぐさま剣を突きつける。


「……お前のした事、オレは絶対に許せない。でも……でも、出来るなら、オレはお前を殺すような事はしたくない。反省して、償ってくれるならオレは……」


「反省だぁ?」


 剣を突きつけ、説得を始めたマルスの言葉を遮ってイヴリスが声を上げる。


「冗談じゃねぇ。オレは元々破壊のために生み出された存在だ。殺すか殺されるか、利用するか利用されるか、それしかねぇんだよ!」


「マルスくん危ない!」


 イヴリスがそう言い放ち、何かに気づいたルストが叫んだのは、ほぼ同時だった。

 イヴリスが振るった左腕から突如として突風が発生し、無防備なマルスの体は弾かれるように後方に倒れる。

 形勢逆転したイヴリスはすぐさま起き上がり、マルスの目の前に来ると左腕を振りかざした。


「死ねッ!」


 振り下ろされた剣は、迷いなくマルスの命を断ち斬ろうとしていた。

 ここまでか、とマルスが迫ってくる死を実感したその時。


「裁きの(いかずち)よ!」


 ルストの声が響き渡った。

 その直後、イヴリスの体を雷が襲い、再び彼の体を感電させて動きを一時的に止めてしまう。


「ぐ、ウァァァ……ッ! この、クソがァッ!」


 彼の体は大きく痙攣し、苦しげに彼は叫ぶ。

 その様子は、少し前に雷魔法を使用した時以上に苦しんでいるようにルストの目には映っていた。

 彼が動けずにいる間にマルスは起き上がって、素早く後方にいるルストのもとへ駆ける。


「無事ですか、マルスくん」


「はい……なんとか」


 多少は冷静さを取り戻したらしく、マルスは落ち着いた声でルストの言葉に応える。


「マルスくん、私が言えた義理ではありませんが……これ以上怒りの感情に身を任せるのは危険です」


 ルストは少々厳しい口調で言った。

 それはマルスに対しての戒めでもあり、自分に対しての戒めでもあった。

 互いに助け合う形で大事は免れられたものの、二人共に怒りの感情に身を任せて危機に陥ってしまった事は事実だ。

 そして、怒りが与えた力でイヴリスを幾らか追い込む事は出来たが、これ以上怒りに身を任せてしまってはいつか必ず、冷静でないが故の隙を突かれて負けてしまうだろう。


「……けれど、奥様のために、私のために、怒ってくれてありがとう」


 厳しい口調での言葉の後にルストから掛けられたのは、感謝の言葉だった。

 思ってもいなかった言葉に、マルスは戸惑いの表情を浮かべる。


 エレノアの大切な思い出を壊したから、彼女を敬愛する自分の怒りと痛みを分かっていたから、彼はあそこまで怒りを露にしたのだとルストは思っていた。

 勿論、怒りが必ずしも良い感情だと思ってはいないが、彼がエレノアや自分のために怒ってくれたのがルストは嬉しく感じていたのだ。

 だが、マルス本人は釈然としない表情を浮かべていた。

 

(……違う。オレが怒ったのは、エレノアさんのためでも、ルストさんのためでもない)


 マルスは胸中で呟く。


(オレは、自分のためにしか、怒ってない)


 マルスが許せなかったのは、エレノアの大切な思い出を壊された事でも、彼女の大切なものを彼女を敬愛するルストの前で壊した事でもない。

 勿論、それらもマルスにとっては決して許せない事だ。


 だがそれ以上に、自分が守りたくても、大切にしたくても出来なかったもの――家族を、イヴリスが大切にしなかった事が許せなかった。

 そんな自分のための怒りの感情で突っ込んでいき、危機に陥ってしまった事にようやく気付き、マルスはルストへの申し訳なさを募らせる。


「……ごめんなさい、ルストさん」


 ルストからの感謝の言葉に対して、マルスはそう一言だけ返した。

 何故彼から謝罪の言葉を返されたのか、ルストには分からなかった。


「休憩時間は終わったかァ? とっととケリつけようぜ」


 ルストがその理由を問おうと口を開きかけた時、雷魔法の戒めから解放されたイヴリスが声を上げた。

 二人は咄嗟に武器を構えて、彼を睨むように見る。

 その時、ふとマルスが視線を敵に向けたまま、ルストに声を掛けた。


「ルストさん……あいつとは、分かり合えないのかな……」


「……彼ら魔族は、戦いのために生み出された存在です。我々が彼のやり方や考えを理解出来ないように、彼にもまた我々……マルスくんの思いは理解出来ないのかもしれません」


 マルスの問いかけにルストは静かな声で答える。


「邪神とはいえ、魔族も神が創った存在です。我々が神の定めた運命によって生き、死んでいくように、彼らは邪神の命ずるままに戦いと破壊の中で生きて死んでいく、そういう存在なのでしょう」


 神話において、地上界に生きる者の運命は神によって定められていると言われていた。

 そして、神の国を侵攻するべく邪神によって創り出された魔族は、戦いと破壊を目的として生き、その中で死んでいく存在だ。

 どちらも創り出された時に神が定めたものに縛られて生きるという点は同じだった。


 だが、同じだからこそ、相容れない存在なのだ。

 地上界の者は神に従い、神に仇なす邪神や魔族を憎むべき存在と捉え、魔族は邪神に従い、神や地上界の者を殺すべき存在と捉えている。

 同じであっても互いに相反するものを持つ以上、両者は簡単に相容れるような存在ではなかった。


「我々と魔族は、相容れぬ者同士なのです。そして、魔族としての本性を現してしまった彼には……残念ながら、もう改心の余地は無いでしょう」


「そう……ですか……」


 ルストから返ってきた答えに、マルスは落胆するような声をこぼす。

 何となくそう返されるのは想像出来ていたが、実際に聞くと一層その答えが胸に刺さった。


「これ以上彼に苦しめられる者を、脅かされる者をなくすために、そして彼を戦いと破壊の定めから解放するために、ここで決着をつけましょう。それが、今私達に出来る何よりもの救いです」


「…………はい」


 マルスの迷いは簡単に消せるものではないと、ルストは感じていた。

 しかし、だからといってここでイヴリスを見逃して良い理由にはならない。

 警備隊に突き出した所で、魔族の本性を現してしまった彼が反省する事も無ければ、警備隊の者達が反省させてほしいというマルスの意に反して、異形の怪物と化した彼をすぐに処刑してしまう可能性も高い。


 だからこそ、ここで決着をつけるのが何よりもの救いなのではないかとルストは考えたのだ。

 彼の考えを理解したマルスは少し考えるような間を空けてから、重々しい声で返事をした。

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