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DESTINY―絆の紡ぐ物語―  作者: 花城 亜美 イラスト担当:メイ
第8章 ラエティティア・ルミノクス
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1.晴れの日に

晴天と共に訪れる再会。

 正義の海賊ユスティア・イグニスと別れ、アストルムの街の宿屋に泊まった三人は、雨の様子を気にしながら夕暮れから夜明けまでの時間を過ごす事となった。

 マルスは夕食前の雨足が弱まった頃を見計らい、おまじない用の飴玉を入手するため菓子店へと走った。


 宿から一番近い菓子店にマルスは入る。

 扉を開けた瞬間、菓子の甘く優しい香りが鼻腔をくすぐり、とろけるように自然と表情が緩む。

 店内はさほど広いものではない。扉の向かい側にはカウンターがあり、そこにはフルーツやクリームで美しく飾られた生菓子が並んでいる。左右の壁際には可愛らしい箱や紙袋に詰められた、比較的安価な菓子を陳列した棚がそれぞれ三台並び、店の中央には飴玉などの小さな砂糖菓子を種類ごとに詰めた瓶が並べられていた。

 壁や床、菓子が並ぶ棚など内装は木を主として造られており、温かな雰囲気が漂う店だ。


 店員は老婆と三十代ほどの女性で、マルスが入った頃にはそろそろ閉店の準備をしようとしていた。とはいえ、二人の店員は来店を嫌がるような素振りは見せず、柔らかな笑顔でマルスを迎え入れた。

 閉店間際に来た事を少々申し訳なく思いながら、マルスは二人に軽く会釈をして目的の飴玉を探し始める。


 始めは思わず他の菓子達に気を取られ、彼は店全体を何度か見回していた。

 両親が亡くなり、兄が失踪してからというもの、彼は菓子店になど滅多に行かなくなっていた。

 地上界では、甘味料は他の調味料に比べて少々高価な物だ。甘味料を主として作られている菓子も、当然それなりに値が張る。

 自分一人で生計を立てていかねばならなくなった彼には、菓子店で菓子を買う余裕がほとんどなかった。


 両親が生きていた頃は、週に一度くらいは菓子店の菓子が食べられた。母の手作りした菓子を食べられもした。

 両親が亡くなってからは、兄が二月に一度くらいは菓子店で好きな物を一つ買ってくれたものだ。

 棚に並べられた菓子を眺めて、マルスは家族と菓子の甘く優しい思い出を頭に浮かべ微笑みをこぼす。


 思い出に浸りながら店内を見回す中で、彼の視線が漸く飴玉の入った瓶に向けられた。

 二十センチほどの瓶にはそれぞれ赤、青、緑、黄色と様々な色の飴玉が色ごとに分けて入れられている。飴玉同士がくっつかぬよう、一つ一つには穀物を乾燥させて()いた白い粉がまぶされており、その白で飴玉の色は淡く可憐なものに見えた。


 何色の飴玉にしようか、マルスは少し悩みながらそれぞれの瓶を眺める。

 そして、どの色にするか決まったらしく、瓶のそばに置かれた小さなトングを持って瓶の蓋を開ける。瓶が並ぶ台の中央に置かれた手のひらほどの白い紙を取り、その上にトングで飴玉を乗せる。

 選んだ飴玉は橙色だ。ほんのりと柑橘類の香りがする。

 明日はこの飴玉のような明るい橙色の太陽が、この街を照らしてくれるように。そんな願いを込めて彼は飴玉を選んだ。


 トングと蓋を戻してから、マルスは会計を済ませた。その時に、閉店間際に来た事を軽く謝ると二人の店員は実に快く許してくれた。

 会計を終え、会釈をして店を出る。

 外ではまだ雨が降り続いていた。

 白い紙で包んだ飴玉を上着のポケットに入れると、彼は元来た道を急いで戻って行った。




 *   *   *




 翌朝、アイクとパルは朝の空気の冷たさを感じると共に、ある違和感を覚えながら目を覚ました。

 その違和感とは、マルスが起きていないという事だ。

 普段ならば彼がまだ寝ているなどいつもの事に過ぎないのだが、今日だけはその例外だった。

 祭りのような催し事がある日には、マルスは決まって誰よりも早く目を覚ます。幼い頃からそうだった。だというのに、彼はいつもと変わらず二人が起きても尚眠り続けていた。


 随分と珍しい彼に疑問を抱きながら、アイクは彼を起こしにベッドに歩み寄る。彼は今日が祭りだという事を忘れているかのようにぐっすりと眠っていた。

 相変わらず寝相は悪く、大の字に伸ばされた手足はベッドの縁からはみ出ている。毛布は左半身に辛うじて掛かってはいるものの、大部分はベッドから床にだらしなく垂れ下がっていた。


「おい、マルス起きろ、朝だぞ」


 寝相の悪さに小さく溜め息をつきながら、アイクは彼の肩を叩いて声を掛ける。

 無論、その程度で彼が起きない事などアイクは百も承知だった。


「今日は祭りだぞ」


 言下、マルスの体がぴくりと動く。

 次の瞬間、彼は文字通り飛び起きた。勢いよく上がった彼の頭が危うくアイクの顎を直撃しかける。

 飛び起きたマルスは寝起きとは思えぬ素早さでベッドから降りようとした。だが――。


「いったぁッ!」


 彼はそう叫んでベッドにうずくまる。


「大丈夫……?」


 彼の勢いにやや圧倒されながらも、パルが心配そうな表情で声を掛ける。


「だ、大丈夫大丈夫……。ただの筋肉痛だから……」


 二の腕や脹ら脛をさすりながら、マルスは苦しさの混じった声で答える。


「随分酷い筋肉痛みたいだな。昨日の戦いのせいか?」


「それも多少はあるかもしれないけど……。ちょっと筋肉でも鍛えようかなーと思って、アストルムに着くまでの時間とか、二人がお風呂入ってる時間に鍛錬してたんだ。張り切ってやり過ぎたみたい」


 痛む筋肉を揉みほぐしつつそう答え、マルスは慎重にベッドを下りる。

 ベッドから尻を浮かせ、床に立つと鈍い痛みが感じられたが、叫ぶほどではなかった。


「無理、しないでね……」


「うん、分かってるって。あ、それよりも祭り祭り! 天気はどうかな?」


 パルの気遣う言葉に適当な返事をしてから、彼は視線を向かいの壁にある窓へ向ける。

 柔らかな光を隠すカーテンを見て、マルスは期待に満ちた表情で窓へ近づき、力任せにそれを開いた。


 天気は快晴そのものだった。

 日の出からまだ時間の経っていない空はまだ白っぽい色であったが、雨が洗い流したかのように雲は一つも見当たらない。三階にあるこの部屋の窓から街を見下ろすと、石畳の道にいくつもある水溜まりが太陽の光を反射して煌めいていた。

 そして、街の商人や他国から訪れた商人達が露店の準備を始めている姿が見える。

 窓から見える光景は、無事に祭りが開催されるのだとマルスに告げていた。


「絶好の祭り日和だ! おまじないしといて良かった」


 マルスは晴れやかな空を見上げ、喜びの声を上げる。

 窓にぶら下げておいたおまじないの飴玉を取り外し、包み紙を取り払うと彼はそれを口に放り入れた。口内に甘酸っぱい柑橘の味が広がる。

 甘く爽やかなその味は、彼の喜びを表しているようだった。


「無事に晴れた事だし、早く祭りに行く準備しようよ」


 アイクとパルにそう言い、彼はすぐ着替えに取り掛かる。


「いつもは一番のんびりしているお前に、準備を急かされる日が来るとはな」


 普段ならば誰より準備を始めるのも、終えるのも時間が掛かるマルスに準備を急かされる状況に、アイクは意外だと言わんばかりの口調でそう呟く。

 いつもこのくらい素早く行動してくれれば、と言いかけたが、これは彼にとって余計な一言だとアイクは分かっている。朝から口喧嘩のような面倒事を起こしたくないアイクは、その一言を喉の奥に押しやった。

 そして、アイクとパルもそれぞれ身支度に取り掛かるのだった。




 *   *   *




 身支度を終え、宿屋で朝食をとった三人は、いよいよ街へと繰り出した。

 その頃にはもう祭り――ラエティティア・ルミノクスは始まりを迎えていた。

 三人はひとまず街の中心にある広場を目指して歩いて行く。まだ祭りは始まったばかりで、歩く人はまばらだ。

 だが、どの人々も期待の滲んだ表情をしており、街全体を包む空気は陽気なものだった。


 建ち並ぶ建物の窓辺や、歩道を彩る花壇など至る所が花で飾られており、街の景観は華やかなものになっている。

 街を飾る花はどれも、幾本もの深い青色の花の中に白い花がまばらに活けられており、星空のようにも、泡の煌めく海中のようにも見えた。


「青と白の花がいっぱいで綺麗だね! パル、あれは何て言う花なの?」


「青いのは……ラメールリトス、だったかな……。海の、そばでしか、咲かないの……」


 周囲を見回しながら、マルスは視界に入る花の名をパルに問う。

 花の名を教えてもらうと、それを復唱するように呟きながら花を眺めていた。


「マルス、頼むからもう少し前を気にして歩いてくれ」


 視線をあちこちに向けて歩く彼が通行人とぶつかる事を心配し、アイクは注意を促す。


「はいはい、分かってるって――っうわぁ!?」


 一瞬アイクを振り返り、いつものように適当な返事をしたマルスが、突然驚いた声を上げて大きく後方によろけた。

 曲がり角から出て来た人物とぶつかったのだと理解するのにそう時間は掛からなかった。


「っ、ごめんなさい! 前見てなくて……」


 体勢を立て直すと同時にマルスの口から謝罪の言葉が出る。


「いや、俺の方こそ悪かったな……って、なんだお前らか」


 ぶつかった相手から返って来たのは、謝罪の言葉と、少々驚いたような声だ。

 その声は三人にとって聞き覚えのあるものだった。


「あ、え、エヴァ!?」


「よお。久し振り、ってほどでもねぇか」


 ぶつかった相手、それは少し前に出会った魔導師の青年エヴァだったのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦いを終えて、マルス達にとっても久々の穏やかな時間を過ごす回でしたね(^^)テンションの差はあれど、3人とも祭りを楽しんでいる様子は年相応なところがあって、読んでいて微笑ましかったです。 …
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