第三十六話 イリニの反応
「何があったの」
私はアルにロクの傷の手当をするように指示を出すとそう尋ねた。
「今、城の中に賊が忍び込んでいます」
「賊?どこの者」
キーナは生まれ変わり、有効な交流を始めたところ。そんな状況で密偵を送って来るはずはない。しかし、他にこの国に戦争を仕掛けそうなところは他にないはずだ。
だが次のロクの言葉で自分の考えが見当違いなことに気付く。
「悪魔崇拝者たちだそうです」
一瞬理解できなかった。なぜ、彼らがこの城に侵入できたのか。本当ならそう考えるべきだっただろう。だが、私はそんなことを考える暇はなかった。
私はすぐに部屋を出ていく。
「イリニ様!」
ロクの驚いている声が聞こえてくるがそんなことは今どうでもいい。
急いでいかなければならないところがあるのだから。
私は全速力で走る。淑女の嗜み?そんなものはどうでもいい。出来るだけ早く。手遅れにならないうちに。
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「悪魔崇拝者たちです」
俺がそう言うとイリニはいきなり部屋を出ていってしまった。俺は驚きすぎて数秒イリニ様の後を追いかけるのが遅れてしまった。
「イリニ様!」
声を上げても全く気にした様子はなく、彼女はどこかに言ってしまった。
「アルさん!」
俺はイリニの執事であるアルに声をかける。彼は今俺のために包帯なんやらを準備しているはずだった。
「……アルさん?」
呼んでも返事はない。俺は不審に思い、痛む傷口を押さえながらアルがいるはずの場所へ向かう。
だが、彼はいなかった。ただ寂しくポツンと治療道具が床に散らばっているだけだった。
「……どういうこと?」
なぜならこの場所に出入りできる場所は俺が入ってきたところしかないし。もし出てきたとしたら絶対に気づくはずなのに、全く気づかなかった。
……前々から感じていたがアルには何か得体のしれないもののように感じる。何か普通の人と違うのだ。なんというか、自分たちと同じレベルではないというか……。
でもいい人なのだ。困ったことがあれば助けてくれるし、すごい優秀だ。もし彼がいなければ、イリニは生きていくのに困っていただろう。彼は何でも完璧にこなす。嫉妬すら起きないぐらいのレベルで。
……いや、今考えている場合ではない。
俺は頭から一先ず疑問を追い出し、イリニの後を追うことにした。まずは安全を確保しなければならない。
相手は悪魔崇拝者たち。彼らの目的がイリニかもしれないのだから。
イリニはどちらに……。
俺は部屋を出てからイリニが向かった場所を推測しようとする。
すると、今まで感じたことのないほどの殺気を感知した。そこで何かが起きているのは確実だろう。そしてそこは……
「第二王子の部屋か……」
イリニと同じ銀髪の髪を持つ王族の部屋。やはり悪魔崇拝者たちの狙いは銀髪の王族なようだ。俺はそう判断するとイリニを探すために別の方向へ向かおうとする。イリニがわざわざ悪魔崇拝者たちがいそうなところに行くとは思わなかったから。
「どこへ行くのですか」
だが足を踏み出すことはなかった。その前に誰かから声をかけられたのだから。
「誰だ!」
俺は急いで振り返り臨戦態勢を取る。だけどその必要はなかった。なぜならそこにいたのはアルだったのだから。
「……アルさんですか。……すみません、イリニ様が突然部屋を出ていかれまして今探しているところです」
俺は申し訳なく思いながらも本当のことを報告する。普通なら護衛失格ぐらいの失敗だから報告しづらいのだが、本当のことを言わないとイリニの安全が確保できないのだ。
「イリニ様は第二王子の部屋にいます。あなたはすぐに後を追ってください」
「えっ?」
俺は間抜けにもそう口にしてしまった。
「急いでください」
「ちょっ!」
理解が追いつかずにアルに色々尋ねようとしたがすでにアルはいなかった。
「どこに行った?」
そう思いながらも取りあえずアルが言う通りにすることにした。
そしてその第二王子の部屋で見たものはロクの想像できるものではなかった。
なぜならそこには怒りを露わにしたロクの主であるイリニが眠っている第二王子を庇いながら賊と相まみえていたのだから。